遠隔介護ブログ(第17回)

こんにちは。コーディネーターの渡邉です。
遠隔介護ブログ17回目を書かせていただきます。

平成から令和へ。
弊社も10連休をいただきました。
連休後の仕事量を考えるとおそろしいと思いつつも10連休、1回だけ休息日を作った以外は全て外出をしました。
もちろんその中には、いつもどおりの私の実家への帰省と、主人の実家への帰省もあります。

私の実家への帰省は2回しました。
1回目は祖父の姉の50回忌の法要もかねてなので、50回忌ということもあり、そんなに大々的なものではなく、ほんとのほんとの身内だけ集まりお寺さんに来ていただき、お経をいただくというもの。
それでも掃除はいつも以上に念入りに行ったのでバタバタしましたが、、
主人にも手伝ってもらい無事に法要を終えました。

2回目の帰省は、わたし一人での帰省で、いつもどおりの掃除と、この時期ならでは、庭に除草剤を撒き、家中の虫除けを取り替え、ゴキブリ退治の薬を撒き、あれこれやっても、ムカデが出てきて「あ~ムカデ除けも買うべきだった」と落ち込み、、心底「都会に生まれたかった」と思いながらの作業をしました。

その日の夜には、地元の同級生と集まる予定だったのですが、地元の同級生たちは、けっこうな割合で、この時期は田んぼの用事(苗の世話や田んぼの整備など)を昼間手伝っているので、その後で来るという友人もいました。

わたしも、うちの母、祖母、祖父が元気だった頃は、もちろん田植えも稲刈りもありましたので、全部手伝っていました。
だからか、蛭も蛙もいまだにあんまり苦手ではないですが、やっぱり手伝いながらも「おっきなビルで働くサラリーマンのおうちに生まれたかった」と思っていたものでした。

田んぼ仕事をしなくなった今となれば、それも懐かしく良い思い出で、あの頃は家族みんなでおにぎり食べながら作業して幸せだったんだなぁと振り返る1コマでもありますが。

そんな、田舎ならではの夏に近づく虫たちの洗礼をうけながらのゴールデンウィークの帰省の中ですが、「田舎だから良かった、ありがたかった」というエピソードがいくつかありました。

父が免許返納になってから、買い物の介助(車の送迎も含め)をお願いしている業者さんが、ゴールデンウィークはお休みだったので、週に1回の買い物が父は出来ず、私が帰省するのを待っての買い物となったので、お店を3件はしごして買うわ買うわ、あれもこれもという状況だったのです。
わたしも、「そんなに要らないんじゃないか」と思いつつも、父の1週間分なので不安なのはわかるし口出し出来ないなぁと思っていると、お店の店員さんや、たまたま居合わせたお世話になっているケアマネさんや、常連のほかのお客さんたちに「保っちゃん(うちの父のニックネーム)、あんまり買い過ぎたらあかんで、それ、やめとき。」と言ってもらったり、「今日は娘さんとなんやなぁ、よかったなぁ」と声かけてもらったり。

靴を脱がないと入れない店では、父が店先で「こんにちは」と言うだけで、店員さんがさっと出てきて、車椅子のタイヤを拭いてくださってすっと入店できたり、ちゃんと地域で「顔馴染み」として自分が過ごしやすいように環境を作っていってる父の強さと、それを受け入れてくださってるまわりの方々の温かさを感じました。

また、この時期、実家ではかなり沢山の筍がとれるのですが、父はもう山に行けないので私の弟や父の弟が山に入り沢山採ってきて、父にも沢山置いて帰ってくれたのですが、父だけでは食べ切れないし、冷蔵庫や冷凍庫にも入りきらず、周辺に配るというのも、父としては自分の足では行けず、、どうしようと悩んでいたら、近所のおばさんが遊びに来てくれて、押し車で一緒にご近所に配りに回ってくださったとのこと。
本当に地域の方々のさりげない優しさに感謝するばかりです。

私はというと、私にはアク抜きする時間もないだろうということで、父がアク抜きまでして筍用意してくれてたのに「なかなか料理する時間がない」と父の優しさにそっけない言葉で返し筍の受け取りを拒否してしまいました。

道端に咲く花を見れば、父はすぐ花と自分の写真を撮ってほしいと言います。
車椅子を花の邪魔にならない角度に動かして撮影をしてとなると、なんとなくめんどくさくて「こんなどこでも咲いとる花の写真要るか?」と暴言を吐いてしまうこともあります。
それでも父は諦めず、撮影してほしいと言います。
邪魔くさいとブツブツ言いながら撮影をする私ですが、頭ではわかってます。
父は何も悪くなくて、自分の心がとても狭くなってるだけなんだと。

優しい祖母がいて、祖父も元気で父も母も元気で働いていて、みんなで土日に田んぼの仕事して、私や弟はのびのび学校行ったり、友だちと遊んだり出来てる頃にはわからなかった、少しずつのちょっとした不便。
自分の「のびのび」は、家族の支えのもと成り立っていたということを思い知る毎日です。

街中で、子供に怒鳴っちゃってるお母さん、親御さんらしいお年寄りと歩きながら、偉そうに注意してる中年の方などを見ると、昔は「(子供やおばあさん、おじいさんが)かわいそう」と思ってましたが、今は、「あのお母さん、よっぽど子育てしんどいんやろなぁ、孤独なんやろなぁ」「あのおじさん(おばさん)、親の世話に疲れてるんやろなぁ」と、目線がかわるようになりました。

私は、会社でもこのようにブログに書かせていただいたりもしてますし、公私ともにまわりの方に聞いていただいたり弱音吐いたり、主人や親戚にも協力してもらって、ケアマネさんやヘルパーさんたちにも助けてもらって、どっぷり介護ではなく、遠隔介護が出来てます。それでもやっぱり、思ってはいけないけど「父がいなければ、いや、施設に入れられたら」と思ってしまうようなこともあります。

反面、一人暮らしさせてごめんなさい、もっと頻繁に帰れなくてごめんなさいと、心底ずっと思ってます。

街中で、お子さんを怒鳴ってるお母さんも、自分の年老いた親御さんに暴言吐いてるひとも、思うようにお世話してあげられない自分へのイライラが、相手へのちょっとしたイライラもまじり醜態に出てしまってるんだなぁと、手をあげてない限りは私もここ数年、悪態づいてるほうの人に同情するようになりました。
もちろん虐待とは違うと思います。

 

父も祖父の介護を自宅でしているときは、「これ以上一緒にいたら、虐待してしまう」と私達に相談してきて、祖父も「息子が怖くなってきた」とつぶやくようになり、施設入居に至りました。
でもやっぱり、父もほんとは祖父と一緒に暮らしたいようで、「おじいちゃんに申し訳ない」とずっと言ってます。

うちの実家にそういう思いが何パターンもあるように各家庭に、介護であれ、子育てであれ、理想と現実の違いも含め、様々なドラマがあるのだと思います。

そういう切なさややるせなさ、どちらの立場になっても、相談できる人がいるかどうか、正論を押し付けるのではなく、何がベストかを一緒に考えてくれる人がいるかどうかで、家庭の中の大小かかわらず問題の結末も違ってくるのだと、「困りごとはすぐに誰かに相談」と考え生きてきた私は思います。

そして、「困りごとはすぐ誰かに相談」してきた私が、経験して乗り越えたこと、乗り越えられなかったことも全部、自分が誰かに相談されたときに、最適で最善を一緒に考えていける人間にならないといけないなぁと思います。

 

令和になり数日、次は、消費税アップに向け、どんな準備が必要か、友人たちと集まると度々そのような話題にもなります。
「ニコニコ現金払い」が大好きでキャッシュレスについて考えてこなかったのですが、いよいよそうも言ってられない状況になりました。こんなときも、キャッシュレスをうまく活用してる友人たちの話を聞きながら、自分に取り入れ、最善の方法で新しい時代を生き抜いていかないとならないなぁと思う令和元年5月です。

写真は、今年3月に尼崎に誕生した尼崎城です。
昔あったお城の再現をある大手企業の創業者さんが多額の寄付をして創られ、それに賛同する尼崎の方々や、市も全面的にバックアップし、尼崎が「尼ジョーのある街」として、より一層活気ある街になっています。
私はお隣の西宮に住んでますので、友人たちと1回、主人と1回、ゴールデンウィークに行ってきました。
お城という歴史あるものが、こないだできたものというアンバランスを絶妙に楽しめる素敵な施設でしたよ♪オススメです!

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遠隔介護ブログ(第16回)

こんにちは、コーディネーターの渡邉です。
このブログが弊社のホームページ上にアップされる時には、新元号も決まっているかと思うと、なんだか感慨深いものがありますし、ドキドキします。(ちなみにこれを書いているのは3月末です)

昭和から平成に変わるときには、まだ私も12才。
そこまでの想いがあったわけでもなく、昭和を振り返る番組などを観ても歴史を学び直すくらいにしか思えませんでしたが、今回はやはり、自分が多感な頃から、この42歳になるまでの30年間なので、平成を振り返る番組を観ると、全ての事件や出来事に、思い出すエピソードもあります。
新しい元号は、本当の意味の平和で、日本中にそして世界中に笑顔がもっと増える歴史がつくれるような日々が続くことを祈るばかりです。

そんな中、弊社でも2018年度の営業日が終わり2019年度が始まりました。

2018年度、お世話になったスタッフ様(ご登録看護師さんや医療職の方々)、そして紹介先の施設様や病院様に感謝しながら会社の2018年度お疲れ様でした会に参加し、翌日の土曜は例のごとく実家には帰るものの、そこまで朝早く帰らなくて良いので、今回は二次会まで残りたいなぁと、思っている最中に、父からの何度もの着信。
さすがに会社の飲み会中には出れず、飲み会が終わるとすぐに会場を出て、ある程度家の近くまで帰ってから落ち着いて電話をしました。

そう、2次会も出れずに。。

あ~よく、久々、子供置いて遊びに行こうって言ってる友達が、約束の日に限って子供が熱出して、約束がキャンセルになるってこんな感じかしら、、と思い、どうにもならないことにモヤモヤしたのですが、内容は、日々の孤独の嘆きと、すべってこけて脇腹打ったけど、元気に生きてます、というようなもの。
父はよくこけますが、なぜかいつも怪我はなく、打ち身だけで終わるので、かまってほしいからこけるのかなと思うほどなんですが、その日の不安そうな電話には父の感情について、思うフシがありました。

その前日に、今お世話になってるデイサービスの大好きな看護師さんが退職されたそうで、最終日として、ご挨拶もあり、父は号泣してしまったと電話で教えてくれてた翌日だったので、ちょっとした寂しさがいつも以上に一人暮らしの不安を大きくしたんだろうなぁと思いました。

そう考える中で、私の仕事は、看護師さんにお仕事を紹介することで、お仕事相談を受ける看護師さんと、紹介先の施設様や病院様との相性や条件などのすり合わせにはとても頭を使いますが、看護師さんがその職場を退職されることになったとき、その職場には、患者さんや利用者さんがおられ、今回のうちの父のように悲しくて寂しくて、毎日の生活の中での楽しさが大きく欠けてしまうこともあることを、当たり前であるのにきちんと想像が出来ていなかったことに気付きました。

ただ、転職相談させていただく中では、「今の職場は辞めたいけど、利用者さんのこと考えると、思いとどまることもあって」と、看護師さんからお話いただくこともかなりあり、看護師さんが、職場でどれだけお一人お一人の患者様、利用者様に責任を持ち、心を込めた看護をされているか学ばせていただくことも多いです。

大好きな看護師さんとのお別れを悲しむ父、そして、ちょっとしたことへの不安が膨らむ父の心のケアは、やはり家族である自分がしていかないといけないなぁと想いますし、それだけ頼りにできる看護師さんが、デイサービスにいてくださっていたこと、ほんとにその看護師さんにも感謝しかありません。

とはいえ、すぐに好きな人が出来る父なので、次も優しい看護師さんが入ってきてくださったら、頼りにし、セクハラまがいに懐いていくと思うのですが。なんせ、すぐ落ち込むけどすぐ立ち直るのが父の短所でもあり長所でもあります。

出会いと別れの季節。それが4月。
2019年度も沢山の看護師さんとお会いしてその方の人生にとってプラスとなるようなお仕事紹介やセミナー運営をしていきたいと思っております。

今年度もどうぞ宜しくお願い致します。

写真は先日観た「運び屋」というクリント・イーストウッドさんが監督、主演の映画です。
老いることの孤独や辛さ、しかしまた人生経験を積んだ強さを感じる映画でした。

おすすめです。

 

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遠隔介護ブログ(第15回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。
そろそろ春の訪れを感じるような、あったかいなぁと思える日も増えてきましたね。

うちは夫婦共働きのため、洗濯は夜にして、夜干して、また翌日、会社から帰るのが早い方が取り入れてたたむという生活なので、
冬は、外に干すと、冷たすぎて乾いたのか生乾きなのかもわからないようになるので、部屋干しを続けてましたが、ようやく先日から、外干しを復活させました。
ただ、、暖かくなると花粉が心配なので、外に干すのもまたまた考えもの、という、切ない日々です。

夫婦とも、そんなに花粉に大きくは悩まされませんが、布団を干した日から、鼻水が止まらなくなるという昨年の傾向もあるので、
これを読んでくださってる方々にも、なにか、洗濯物花粉対策があれば教えていただけたらありがたいなあと思います。

毎年、冬は、一人暮らしの父にもなにかと事件が起こるのですが
(水道管の中で水が凍り破裂して、夜中に大騒ぎになったり、エアコンを使いすぎて壊れたり、、が昨年です。ちなみにそれは昨年の今頃の遠隔介護ブログ第5回にも書かせてもらいました。)
今年は、電子レンジが壊れたくらいですみました。。
いや、まだ寒い日もあるので気は抜けませんが。

ちなみに、トイレのウォシュレットも壊れていて、裏口の扉の鍵も壊れてたので、いつもお願いしている大工さん(私の親友の旦那様)にお願いして、裏口扉の替えと、トイレのリフォームをしていただいたのですが、
それをお願いしてから、玄関のチャイムも壊れてることが発覚し(父は耳が遠いので、チャイムが壊れてることも、私が帰省したときに、遊びにきてくれた友人が気づくまで全く気付かずでした)、それも付け替えしていただきました。

そしたら、チャイム付け替え時に電気工事屋さんにも見ていただくと、固定の電話機の親機も、ネズミにコードをかじられて、電話機として機能してなかったことが発覚(これも、父は耳が遠いので気付いてないのと、親しい人は携帯にかけてくるので気付いてません)
怪我の功名と言いますか、1つの故障が見つかったおかげで隠れてたいろんな故障まで、修理がお願いでき、安心出来る出来事となりました。もちろん、修理代はその分重なりますが、来客の方、お電話くださってる方に迷惑かけないのは大切なことですよね。

もう一つ、最初に書いた電子レンジの故障。

私はだいたい、2週間に1回の帰省なので、帰省する時の近い日に何かが故障すれば私の帰省で対応できますが、
この電子レンジが故障したのは私が帰省した日の翌日。
そこからもう毎日仕事ですし、その後の土日も予定があり帰省出来ない、、でも、電子レンジがないと、父の食生活が安心して送れない。
ということで、、どうやったら、自分が戻らなくても新しい電子レンジが父のもとに届くか、

もちろん、こちらで買って送ればいいのですが、そこは、説明書も読めない高齢者。
使用方法をちゃんと伝えないと宝の持ち腐れ。

自分の友達や、これも大工さんにお願いしようか、叔父にお願いしようか、弟に帰省できないか聞いてみたりなど色々考えましたが、
電子レンジは案外毎日使うので、即対応いただける人、、
ガイドヘルパーさんの顔が浮かび、一緒に買物していただいて、電子レンジ設置、使用方法伝授までお願いできないかを聞いてみました。

あっさり、2日後には行けるので買物一緒にしますよ〜と。

予算と、父が使える最低限のことまで理解してくださり、それにあったものを選び、設置し、使用方法も教えていただいて
「今完了しました、使い方も大丈夫です。中に何か入っていないと、電子レンジが動かないものを選びました(今までのはターンテーブルだったので何も入ってなくても動いてしまったので)」と報告までくださいました。

しかも、新しい眼鏡を欲しがる(もともと運転してたときの眼鏡があるのに、ほぼつけなかったくせにそれが見えにくいとのことで)父に、いきなり眼鏡屋さんではなく1回、目を診察してもらおうと促し、私が何度言っても嫌がってた眼科にまで連れて行ってくださいました。

自分が近くにいないことでしかも、車がないとどこにも行けない郊外に住んでいて、ほんとに不便が多い高齢者一人暮らしで心配はつきませんが、
もちろん、父も不便を嘆くことがありますが、
運転もしてくださるガイドヘルパーさんや、「1」お願いしたら、「10」以上のことを理解して、アドバイスくれて改善してくださる大工さん、そして、それを見守ってくれる大工さんの奥様(私の親友ですが)がいてくださることもほんとに私には心強いですし、父も安心してなんでも話せるようなので、幸せなことだなぁと思います。

どんなときにどこに相談するか、

もちろん「もっと家族がなんとかしないと」とご近所さんたちには思われてることもあると思いますが
そして、それはそのとおりなんですが、自分の仕事も家庭もあるなかで、高齢の家族を孤独にさせないように考えていくこと、
これはほんまに難しいけど大切なことだと思いました。

そのようにまわりにお願いできることが増えると2週間に1回の帰省でも、数年前までのように切羽詰まって実家の用事をこなし、髪を振り乱して掃除するほどでもなくなり、ちょっと心に余裕が出たため、
昔、玄関にいた、たぬきちゃんの存在を思い出し、庭の方に置き去りになってたたぬきちゃんを拭いて、玄関前に戻してきました。

信楽焼のたぬきです。
いろんな飲食店の店前にあることが多いので、意味を調べると「他を抜き、地域一番になる」と言う意味があるようです。

うちの父も工務店を経営してたので買って飾っていたのでしょうね。

このたぬきちゃんは、亡き祖母に似てるので、久々に優しくて働き者だった祖母を思い出してほっこりしました。

今回も長くなってしまいました。
次書かせていただく頃に、花粉に悩まされてないように、純粋に春を楽しめているように、これから花粉対策頑張ります。

 

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遠隔介護ブログ(第14回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

ついさっき、2019年になったと思っていたのにもう1月も後半。1月は「いく」とはよく言ったものだなぁと思います。

お正月休みに映画
「こんな夜更けにバナナかよ」を観ました。
主演の大泉洋さん、ヒロインの高畑充希さん、どちらものファンだからというのが鑑賞の一番の理由ですし、かなりの話題作ですので、きっとこのブログを読んでくださってる方も、この映画を観られた方が多くいらっしゃると思います。

難病筋ジストロフィーを患っての車イス生活を、わがままでおしゃべりで自由に生きた鹿野靖明さんと、彼に出会って変わっていく人々の人生を、笑いあり涙ありで描く実話に基づく映画です。

これから観られる方もおられると思うので、ネタバレになることは書けませんが、なんせ、鹿野さんは自分を支えてくださるボランティアの方、介護スタッフさん、看護師さん、主治医の先生、ご両親に必要以上には感謝を伝えず、どちらかというと、自分を介護、看護してるおかげで、介護や看護の勉強が出来ていいだろうという、「生きた勉強をさせてやってる」という姿勢を貫かれてるんです。

ただ、それがうちの父とかぶりました。
この遠隔介護ブログを書かせていただきながら、父の人柄にもチョイチョイ触れさせてもらってますが、父は自分の足がだいぶ不自由になってきたり、耳もどんどん遠くなってたり、心臓がもともと弱いのでハードな動きが出来ないことなど、わかってるくせに高齢者大学では皆勤賞をとりたがりますし、遠足や旅行には行きたがるんです。

私はまわりの人に迷惑かける(高齢者大学の講義中に胸の痛み訴えて、自宅に送ってもらい寝かせてもらったりもありますし)ので、あまり無理な行動はしないでほしいのですが、遠足などに行った際も「お父さんがおるおかげでクラスメイトは車椅子の押し方、勉強できて良かったみたいやで」と、車椅子押してもらったことへの感謝ではなく、自分の存在が感謝されるべきだというような事を鼻高々に話してました。

祖父母とでかけると、自分に介助が必要なことを「ごめんね、ありがとう、助かるわ」と、必ず労ってくれるのですが、父にはほんとにその言葉が少しはあっても、こちらが思ってるほどではありません。

それは私が娘だからそうではなく、デイサービスでも高齢者大学でも買い物先でもお友達との集まりでもそのような様子です。

それでも父のまわりから人がいなくなることはなく、年末年始からの忘年会や新年会などに誘われるとお友達たちが送迎もしてくださって連れ出してくださるので「やっぱりお父さんは人気者や」と自分で言ってしまうくらいです。

私には理解ができない言動でしたが、こんな夜更けにバナナかよの映画を観て、鹿野さんの生き方を学んで改めて、自分自身が父のお世話を「してあげてる、だから感謝されねばならない」になっていたことに気付きました。

誰がどんな立場になるかわからない毎日、すべて「ねばならない」という価値観に支配されると、考えが偏り、相手が自分の予想外の反応をすることに苛立ったりがっかりしたり、マイナスな感情をつくりだしてしまうんだなぁということを、改めて考えさせられた映画でした。

 

その後、実家に帰り父が買い物から帰宅して疲れて寝ながら「大相撲が気になる、ラジオ持ってこい、ここに置いてほしいから、延長コードにつなげ、延長コードはあっちの部屋からとってこい」と、次から次へ指示してきたときも、今までならちょっとは自分で動いてほしいと言い返してしまったかもしれませんが、ある程度落ち着いて延長コードを探したりラジオの周波数を合わせたりが出来ました。

ただ、結局、ラジオだけではもの足らず、しぶしぶ起き上がって、リビングまで歩いてテレビで大相撲を観ておりましたが。

そんな父は、昔からえべっさんには出かけてたので(もともと大工で工務店経営してましたので商売繁盛を祈るという本来の目的でむかしから行ってました)
今年も、ちょうど地元のえべっさんが今宮や西宮や柳原、堀川などの大きなえべっさんと違い土日祝で開催ということで、私の帰宅と重なりましたので、一緒に行きたい、母が好きだった岩おこしとカステーラ買って仏壇に供えたいと言ってましたが、いざ当日になると、
「デイサービスの所長から、いま、インフルエンザが流行ってるから、感染したら大変なので人混みには出掛けないように」と注意され、えべっさん参拝を断念してきました。

おかげで父の介助を気にすることなく、たまたま遊びにきてくれた亡き母の親友と私の2人でえべっさんに参拝し、餅まきを見たり、福引に参加したり、カステーラを買ったり、思う存分楽しめたので、ありがたかったのですが、

やっぱり、高齢者になると、そういう自己防衛も大切ですし、まわりの人の忠告を守る素直な姿勢も大切だなぁと思います。
そういえば、父はすぐしんどいと寝込みますが、インフルエンザにかかったことは私が物心ついてから全くないと思います。予防接種も打ってはないはずなのに。
そもそも、日頃から無理をしすぎないというのが何よりの感染予防なんでしょうか。

そんな、実家の地元のえべっさんを楽しんだ私ですが、今住んでる西宮市のえべっさんも本来の期間に参拝しました。

西宮えびすは、皆さんご存知の福男のイベントもありますし、大マグロも拝めます。
福男のイベントには今年、元サッカー日本代表の前園さんも来られていて、前園さんがオーディションで選んだ西宮市出身の芸人さんが、2位になり、福男として選ばれる(3位までが福男なので)といういつも以上の盛り上がりもあったようです。

お正月には初詣も、三社詣りし、その後えべっさんも二社詣りという、なんでもかんでも神頼みみたいな私ですが、平成最後の年がとにかく穏やかな1年であることを祈るばかりです。

 

皆さんの1年もどうか幸せな1年になりますように。

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遠隔介護ブログ(第13回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

遠隔介護ブログも昨年、定期的に書かせていただき、今回で13回目となりました。
読んでくださってる皆様、本当にありがとうございます。

私は、医療も介護もプロの知識がありません。
弟は社会福祉士の有資格者ですし、実際、福祉施設で勤務させていただいたあと、自身でNPO法人を立ち上げ福祉施設を運営していますので、祖父母や父の生活の件で相談できる相手が身近にいるのはありがたいことだと思います。

だからこそ、弊社に登録いただいている看護師さんもそこまで親しいご親族じゃなくてもどの親族のかたより、率先してご親族の介護をされているかたなので、仕事のペースを落とさないといけなくなったという方のお話をよくうかがいます。

お身内の間でも看護師さんが親族の中にいると心強くてついつい頼りに、という気持ちもわかります。

 

私は特に妄想は好きなんですが、想像力が乏しくて自分が経験したこと以外に物事を想像して臨機応変に動くことが出来ないのです。

なので、母が闘病したり、義母の身体の疲れや父や祖父母の身体が不自由になり始めたことに寄り添うなかで、自分たちが良かれと思ってることが高齢者さんにはしんどいと思うことがあることを、1日一緒に過ごすだけで何回も感じます。

例えばトイレ。
祖父母を施設から外出させ親戚の家などに日帰りで一緒に行ったりすることもありますが、もちろん道中、疲れないか、なにか身体の異常は起きてないかなども気にはなりますが、
最初のうち「トイレに戸惑っている」ということに気付かずに、祖母の場合はトイレまで私がついていけるので、祖母のトイレの個室から「流し方がわからへん」と困ってる声が聞こえてきてオシャレなお店のトイレや、ショッピングセンターのトイレなど、ウォシュレットだとボタンもたくさんあるし、レバーに「これでは流さないでください」と書いてあるしで、たしかに戸惑うやろうなぁというのを、そのとき初めて気づいたのです。

祖父は祖父で九十歳超えても最初は足腰元気だったので外出先でも、私たちがついていかずとも一人でトイレ行くと、女子トイレに入ってしまって、次のお客さんをびっくりさせてたりもしました。

それもそれで、お店によって、男女で1つのトイレしかないとこ、男女別々のとこ、あまりにオシャレな男女別の描き方で、自分たちでも「これ、どっちが女トイレやろ?」と思うこともあるので、目も悪くなってきたり英語が読めなかったりする高齢者が間違うのは当然のこと。

それはお店が悪いのではなく、同伴者の私がトイレに対してその想像力がなかったのが1番浅はかだったのです。
結果的に、祖母も祖父もお店の人やまわりの人に謝ったり、情けなそうな顔をしてしょんぼりしていて、ちょっと切なくなりました。

ほかにも、他府県へのおでかけやイベントなど、親の世代でも楽しめるようなものを見ると良かれと思い「せっかくだから一緒に行こう」
この言葉はよく義母や父にも言う「良かれと思って」の言葉ですが、「遠いとこはしんどい」「人が多いのはしんどい」と返事が返ってくることが増えました。

母が闘病中もできるだけいろんなとこに連れ出して、楽しい思いをしてほしくて命が亡くなるまであと3ヶ月という頃に、兵庫県から三重県まで片道5時間位を車の中で過ごしていたこと、
足に水もたまってしまい、ほんとにしんどかったと思うのに、子供たちの想いを無にしまいと旅行中は寝てしまうこともなく、よっぽどじゃない限りは一緒に観光地を歩いたり温泉に入ったりしていて、あの1泊2日、ほんとは家でみんなでゆっくりが1番良かったんだろうなぁと、今となっては思い悔やまれる旅行もありました。

だからこそ、元気なうちにいろんなとこへと、先日もある大型施設のイルミネーションを見ようと父に伝えましたが、あまり気乗りしていなく、
結局は近所のとってもささやかですが数分あれば楽しめるイルミネーションを見に行き「これでじゅうぶんや」と1、2分行った後、「もう寒いから中に入ろう」とすぐ帰りたそうにしてました。

イルミネーションといえば夜なので、夜の寒い中イルミネーションを長い時間見ているよりも自宅でゆっくりお風呂につかり、早目に布団に入るのが何よりの幸せ

日本昔ばなしのエンディングソング「人間ていいな」を思い出す一幕です。

父が免許更新で、反射神経試験不合格でクルマの免許を取り上げられてから約1年、平日の父の用事に付き添いくださる介護運転手さんとは淡路島や出石など、遠出も付き添っていただいてるようですが、
平日だと人も少ないし、運転手さんということで仕事で付き添ってくださってるかただからこそ、父も自分の体調に合わせ自分の要望が言いやすく、私と出歩くよりも身体が楽なのだとも思います。

いつかきっと今の義母、父、祖父母の気持ちを実感する日が私にもくることでしょう。

相手のためにも、自分がしんどいことはしんどいと言えるようにしないといけないなぁと思いました。

お正月の初詣も数年前から父はもうしんどいから自分のぶんまでお参りしてきてと言って、家で留守番するようになりました。

神社はバリアフリーじゃないところが多いので、それも当たり前の言動なんだと思います。

寄り添うものの自己満足にならないようなお年寄りとの関係を築いていかないといけないなぁと実感してます。

 

今年もこのブログは続けさせていただきたいと思います。

看護師でも介護士でもない私の素人ながらの高齢者との向き合い方、
これが一般人の戸惑い、そしてそこから学んでいる現実を少しでも感じていただけるとありがたいです。

今年も、仕事と遠隔介護の生活を、前向きに学び、元気に生きていきたいと思います!

(とは言いつつ、年末はお正月準備のため、父が、自分で動けないのにあれやこれや思いついたことを、毎日毎日同じことをあーだこーだ、、、電話があり、墓参りの花をどうする、数の子どこで買うなど、仕事終わりに留守電を聞くと、ちょっと心がしんどくなるような留守電がだいたい日々、3回以上は入っててけっこう疲れたなぁと思ったのも本音です。。まぁ、毎年なんですが。)

皆様、2019年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 

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遠隔介護ブログ(第12回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

遠隔介護という四文字で表す自分の状況について、月に1・2度このようにブログを書かせていただいておりますが、文章にあらわすことでもやもやした日々の小さい悩みが落ちつく事があります。自分にとって「書く事」と、人の文章を「読む事」はストレス軽減の薬になると思い知らされる毎日ですが、今、読んでる小説の中に一生忘れられないなあと思う文章がありましたので紹介させていただきます。

ある少女が公園で四葉のクローバーを見つけ、その姿にその少女の母親が
「四葉のクローバー持って帰らないの?」
と聞くと
「私は今でももう十分に幸せだから、幸せになりたい誰かが見つけられるように、この四葉のクローバーは持って帰らない」
と返答した

という、もちろん小説の中の一文なのでフィクションなんですが、自分の置かれた環境に感謝し他人の幸せまで願える

こんなキレイな心、私にも子供の頃はあったのだろうかと、余裕のない日々を反省しながらこの小説の中の言葉を繰り返す日々が続いてます。

先日、大阪の住吉大社のパワースポットと言われる「五大力」の石探しに行きました。

ものすごく沢山の小石の中から「五」「大」「力」と書かれている石を見つけられたら願いが叶うとされていて、老若男女が必死になって石を探してるのですが、私が五と大を探し終え、あとは力だけで、一緒に行った主人がまだまだ探せてなかったので、主人の分も探しているとまわりにいたお子さんたちが「こっち、力いっぱいあるで」「こっち、五が多いで」と口々に教えてくれるのです。

自分のための石が手に入ってもまだそこに残ってまわりの幸せも応援する。

自分には出来ない行動で、先に書いた四葉のクローバーの内容と同じくらい心に残りました。
人の幸せまで祈れるように、それはまさに、自分の心に余裕をもつことが大切であるということだと思うのですが、今年もあと1か月半となり、年末年始の準備を考えると財布事情もスケジュールも段取りも余裕はまったくなくなる季節で、ほんとにため息が出るばかりなのですがもちろん、年末年始は日頃会えない遠くにいる友達や、親戚に会えたり美味しいものを食べる機会が増えたり出費と忙しさをカバーするだけの楽しみもあります。

ただ、ここ数年。。

寒くなるにしたがって、高齢の祖父や一人暮らしの父にトラブルが起こりやすくなり、夜中の電話や昼間も緊急の電話が入ることが増え、なんとなく落ち着かなくなる上に仕事も忙しい時期に入るので、自分の心身を正常に保つことが厳しかったという思い出で溢れてしまってます。

この冬はそうならないように祈るばかりですが、年々、父や祖父も年老いていきます。

施設にいる祖母も、心臓が弱いので寒くなると心臓に負担がかかり、心細くなるせいか、いつも冬に認知が進む印象です。春になるとまた普通に会話出来るので、脳に気温は何か左右してるのかと調べたくなるほど。

だからこそ、冬は、お年寄りにより一層心を広く優しくせねばと思うのですが。。。

今回は、出来ることまでとりあげないと、心に誓ったエピソードをひとつ。

実家はもともと農家なので、祖母も母も生きてる頃は、田植えも稲刈りもして、米を作っておりました。今はもう、農家はやめており、ただ、近所のおうちでとれた新米を買うので美味しい地元のお米が、スーパーなどよりずいぶん安く手に入ります。

私や弟は父が買ってくれたそのお米をいつもわけてもらって、自分たち家族のお米にしています。
おっきな米袋で購入するお米をうちと弟宅、そして、私のお姑さんち用に父がわけてくれるのですが、わけるときに周辺にいっぱいお米がこぼれるのです。

目も見えにくくなってるのでこぼれてる事にも気付いてない。

いつもは室内なので、こぼれたお米も集めやすいのに先日は、軒先でお米をわけてくれてまして、地べたにお米が散らばってました。

「米わけといたからな」と、誇らしげに言う父。
ゴミが混じらぬよう、散らばったお米を一粒一粒拾い上げながら「次からは私がわけるから、お米触らんといて!」と声をあげてしまった私。

父はしょんぼりしてました。

私が少しでも楽になるように曲がった腰をさすりながら、おっきな米袋覗き込んで、小さなおわんで、ちょっとずつ、米をわけてくれてたかと思うとなんてひどいことを言ってしまったのかとほんとに反省。

ただ、拾いきれないお米や、もう土にまみれてしまったお米は、「ごめんなさい」とお米につぶやきながら、箒で履いてゴミにしたのですが、その中に、ちっさな、20センチくらいの蛇の死骸もあり、このお米がここにこぼれてなかったら、わたし、ここの掃除してないから、蛇の死骸、このままにしてたかもしれない、、

もし、幼い姪っ子が帰省したときにこの蛇を見つけてたら…と思うとぞっとし、田舎の洗礼をまたまたうけた気分で蛇ももちろん処理しました。

掃除し終わって、お米の袋も室内にうつしたあと、以前、ケアマネさんに、「危ないから父にもう料理をさせたくない」と言ったときに、「今のガスコンロは、安全装置もしっかりしてるし、お父さんは料理が好きだから、今、それをとりあげてはいけない」ということを丁寧に教えていただいたのを思い出し、ここまでお父さんしてくれたんやね、ありがとう、後片付けは私がするねという言葉に、さっきの「次から私がやるから、お米触らんといて」の言葉を置き換えられたら、どれだけ良かっただろうと、

きっと、子育て中のかたもこうゆう思いってそれぞれされてるんだろうなぁと思ったエピソードです。

そのあとも、lunchに出向いたカフェで、私がいつも通り早々に食べ終わりスマホを眺めていると「まだまだ時間かかるけど、食べててもいいか」と父から確認が入りました。

さぞかし、わたしが、つまらなそうにそして、早く次の用事をこなしたそうにしてたんでしょうね。

父が冷蔵庫を開け、なにか用事をしてると、冷蔵庫から何分か開けっ放しだったら鳴る警告音も鳴ってますが、耳も悪いので全く気付いてないですし、色々身体が不自由になっていく中で、便利な家電すら、その便利さの機能が発揮できてないことも多々あります。

そして、ちゃんとバリアフリーの飲食店でも、入り口が自動ドアや横開きじゃなく、押し引きするドアの場合、押し車や車椅子のかた、もちろん、ベビーカーもだと思いますが、入るときにけっこう不便だったりもするので、せっかく中に、広い車椅子用のトイレがあっても、そのお店の入り口をくぐることを怖いということを、足が不自由になった年配の知人も話してくれました。

免許証を返納した父が買い物や食事に、ガイドヘルパーさんの運転、付添のもと出かけるとき、どういう店なら心身が不自由になってきた父でも押し車を安全に押して歩けるのか

そういうことも事前に家族である自分が察知して、担当のかたにお願いしておくのも大事だなぁと思います。
もちろん、ガイドヘルパーさんは介護のプロなので私なんかよりよく知ってくださってとは思うのですが。

健康な自分たちでも身体が縮こまるこれからの季節。

いつも一緒にいれないからこその貼るカイロの買い込みや、暖房器具が正常に動くかの確認、すきまから風が入ってきにくいような戸締まりなど、帰省したときに自分が出来ること、ちゃんと気にかけておかないといけないなぁと思います。

父自身にしてもらうこと、こちらで先回りしていてもいいこと、お互いのためにどう動けるか、そして、父の行動を信じること。

年々お互いに歳を重ねるからこそ学んでいかないといけないなぁと感じます。

トラブルは起こってほしくないけども、起きたときに慌てずにケアマネさんや主治医にちゃんと相談できるよう日頃から父がどんな会話を主治医の先生とさせてもらってるかもちゃんと聞く耳をもつ、やはりここでも時間と心の余裕、

まずそこが私には1番足りないので気をつけたいと思った秋の終わり、冬の入り口でした。

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遠隔介護ブログ(第11回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

早いものでこのブログも11回目。

遠隔介護ブログを書かせていただこうと思った時に構成も一応は考えて10回位で終わるなぁ、ネタもつきるなぁと思ってたのですが、、、

ブログって、小説ではなく、生きている限り、生活の中に書きたい・伝えたいという内容は転がっていて自己満足ではございますが、会社から止められるまでは書き続けさせていただきたいと思っております。
そして、たとえ一人でも読んでいただける方がいる限り、世の中におられる、高齢者の家族を抱えながら、でも仕事もしないといけないし、、と、忙しさに心がつぶされそうな方にも「大丈夫、なんとかなるから、一人じゃないから」という思いを届けられたらと思っております。

先日、「泣き虫しょったんの奇跡」という映画を観ました。

映画鑑賞が趣味ですが、中でも実話が好きで、この映画も、ある将棋棋士さんがプロ棋士になられるまでのプロセスを描いたもの。

プロ棋士になるには年齢制限がありますが、その年齢制限を超えても諦めず、周囲も巻き込み、プロになられたほんとの奇跡なんですが、この棋士さんにはお兄さんがいて、ご両親は、その棋士さんの夢をずっと応援してたものの、お兄さんは、早く諦めて、普通の仕事をしてお金を稼ぎなさいと何年も言い続けておられるんです。

主人と一緒にその映画を観ましたが、主人も妹がいる長男、私も弟がいる長女、として、「やっぱり夢を追えるんて下の子やな」と映画を観終わりつぶやきました。

何を諦めたわけでもない夫婦ではありますが、無難な道を選んで、なんとなく冒険せずに堅く生きる、すべての「上の子」に言えることではないかもですが、なんとなく、そういう傾向にあるんだろうなぁと。
なので世間で夢を叶えて称賛されている方が、「下の子」だったりすると「お兄さん(お姉さん)」の思いや背景もついつい考えてしまいます。
(そうではないよ~というご意見もあると思います。すみません、自分たちだけの妄想ですが、何かしら無難な道を選んだ事を生まれた順番のせいにしてしまう、ダメな思考ですね)

話はそれましたが、松田龍平さんの静かな演技がリアルなとてもホッコリする映画でしたし、脇をかためる俳優さんたちもめちゃくちゃ素敵でしたので、また機会あれば観ていただきたいです。

いつも書かせていただいているうちの父も、いわゆる「上の子」です。

もともとは三男坊なのですか、上2人が戦後すぐの栄養が足りない頃で、幼くして亡くなり、「上の子」になりました。
なので、長男として育てられ、お父さん(=私の祖父)からかなり厳しく育てられたようで、いつも、妹、弟を未だにうらやむ言葉を発します。
そのたびに、私は「ザ正論」で、父に言い返してしまいます。

結婚する時によく贈られる吉野弘さんの「祝婚歌」にも「正しいことを言うときは相手を傷つけやすいと知っている方がよい」という一文がありますが、それは本当にそのとおりで。。。

昨今、人との会話の中で最も大切とされている「傾聴」は、友達との会話や、仕事では心掛けることができてもいざ、近い身内になると、本当に難しくて最後まで聞くまでにキャンキャン言い返してしまい、それがどんなに自分が正しくても、やはり「言い過ぎた、もっと思いを傾聴すべきだった」と、反省するのです。

反省しても、謝るのがしんどいのがまた「身内」ならではで。

謝らなくてもまた普通に話せるのが「身内」でとなるのですが、「耳が聞こえにくい」「目が見えにくい」「うまく話しにくい」「早く動けない」そんな身体が不自由になっている父に対してもっと優しくするにはどうしたらいいのか。。

それは母が亡くなってから常に悩んでいます。以前はもっともっと悩んでいました。

母が亡くなった直後は月〜金曜日はフルで仕事、金曜の夜から主人とともに実家に帰り、一泊。
掃除したり買い出しして土曜夜、自分の家に帰り、日曜は自分の用事をしたり主人の実家に行ったりで、月に1回は弟が実家に帰るのを替わってくれて、、、
その時だけ、主人もしくは友達と遊ぶなどで息抜きをしていましたが、ストレスは知らないうちに溜まっていました。

なので、父が言う言葉にもすべてイライラで返してしまい、たいして怒ることでもないのに、怒鳴ってしまって主人に制されることもありました。父にも「めぐみは瞬間湯沸かし器やな」と揶揄されることも。

ちょっとずつ、息の抜き方や介護サービスを利用することなどに向き合い、今は2週間に1回の実家戻りになっているので、そこまでの負担はないですか、ほぼ毎日の父の電話にはやはりちょっと疲れます。

よく、奥さんを亡くした旦那さんは早く亡くなる、旦那さんを亡くした奥さんは長生きする
と言われますが、うちの祖父も父も思ったよりしぶとくて(笑)
母や祖母が亡くなったときに想像した未来とは違う現実が今ここにあるのできっとこれからもまだまだ続くのだと思います。

父が使ったあとの荒れに荒れたキッチンをみるとほんとにため息しか出ませんが、まだ掃除出来てない時に遊びにきてくれた友人が「うちのお父さんもお母さんがおらん日はすごい散らかしてるで、ほんまなんであんなに散らかるんやろ」と呟いてくれた事でちょっと心が楽になりました。

うちの父だけじゃないなぁ、あんまりガミガミ言ったらあかんなぁ。腰も曲がって、杖や押し車ないと歩けないのに一人で生活してるんやから、と、現実を受け止められて、心落ち着けて掃除も出来ます。

先日なんてやっと掃除が終わり、買い出しのためにスーパー行き帰ってきたらリビングの床が液体で水浸しに。
そばには父の大好きなジュースが、ペットボトルの蓋あけて落ちてちる。
私に怒られると思ったからか私が聞くまで、大相撲観ながら好きな力士の応援に夢中なふりをしている父。
またまた怒鳴りそうになりながらも、子育て中のひとも、お年寄りと暮らすひともきっと、こうゆう、プチイライラ、みんな抱えているんだろうなぁと思いながら心を落ち着かせました。

このブログ、会社ではなく休みの日にテレビを流しながらリラックスしながら書いてるのですが、今もある芸術家さんが元々は主婦で子育てに専念してたけど、子育てのイライラがすごくてストレス解消に独身時代の趣味を復活させてある作品の創造を始めたら子供にも優しくなれて、そのまま趣味と子育て両立してたら沢山作品が出来て、個展ひらいて、作品が売れてもっと楽しくなって、、と、語られていました。

趣味や仕事、友達とのおしゃべり、食べ歩き、色々人によって違うとは思いますが、家庭内の少し面倒なこと、それだけに向き合うとほんとに心が疲れてしまうので、自分が息抜きするめには何を利用して、どんな時間をつくればいいかも考えちょっとずつその時間を増やしていけるようになれば、現実とも優しく向き合えるようになるんだと思います。

まだまだ優しくないですが、ちょっとは前より優しくなれたわたしがいます。

(その時間の確保が一番難しかったりもするのもとてもよくわかります。。時間確保して息抜きしてても頭の中で「私こんなことしてていいんかな」と何かしら悪いことしてる気分になっちゃいますし・・・でも、家族に優しくするための自由時間だと割り切ること、だからこそ、家族や近しい人が、アップアップで困ってたら、自分もその人が自由な時間を持つために協力してあげることも大事ですね、それで少しは感じなくていい罪悪感からも逃れる事が出来ますよね、実際何も悪くないんですし)

わたしの息抜きは映画、友達とのおしゃべり、カラオケ。

そして、家でテレビを見ること本を読むこと。

人に自慢出来るような趣味は全くないですが、20代の頃は人に誇れる趣味を作りたく、フラワーアレンジメントや着付けやブリザーブドフラワーや、なんだかんだ習ってみたもののそれもなんか無理してる気がしたので自分が自然体でいられるものだけすることにしています。

SNSでリア充な友達を見てしまうと、なんでこんなに家族のことにふりまわされるんやろ、なんで遊ぶ時間がないんやろ、なんでなんでと自分だけが不自由だと思ったり、友達を羨みすぎたりすることももちろん私もありますが、それでもSNSを止めないのはSNSも自分にとって、アウトプットするストレス発散の場だから、好きだから。

長くなってしまいました。

これを読んでくださっている皆さんが息抜き時間を大切にして、何かの犠牲になってると思いながら生活されないことを祈って(私もまだそう思ってしまう時間もあるので)今回のブログを締めさせていただいます。

もう1枚写真。

私が愛用してるニベアクリーム。

看護師さんもニベア愛用されてる方、多いですよね。私も実は、子供時代に使ってから何十年も買ってはなかったのですが、弊社の登録看護師さんに6年前にすすめられてから再度使用するようになりました。

新しい柄缶が出ると買ってしまうので、まだ未使用があるのにまた買ってしまい、3つに。。ちびまる子ちゃんの大ファンなので、さくらももこさんへの追悼の思いでも発売されたら即購入した缶もあります。

乾燥する冬に向けて、ケチらず活用したいです。

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遠隔介護ブログ(第10回)

コーディネーターの渡邉です。

ようやく風が秋めいてきましたね。
我が家は例年のごとく、いやそれ以上に記念の100回大会ということもあり、夏の全国高校野球選手権大会に夢中になった夏でした。

始まる前と始まってからでは注目の高校も、選手も変わるのが高校野球の魅力でもあります。
どこが勝っても負けても泣けます。
それも魅力です。

オタクと言ってよいほどの野球好きの主人の影響で、わたしも友人たちから見ればオタク域に達していると思いますが、オタク達は、高校野球での有名高校の校歌も歌えてしまうんです。
その中でも私が好きなある高校の校歌のなかに「やればできるは、魔法の合言葉」というフレーズがあります。
ありきたりではあるかもですが、けっこう日々、このフレーズを思い出して励まされることもあるのです。

※ちなみに私はいま、西宮市民ですので、開会式の人文字にも参加しました。

野球といえば、年配の方でも、野球を応援すると、認知症になりにくいと聞いたことがあるのですか、96歳になる祖父も、昔から野球好きで、90歳を超えても野球をうちの主人とテレビで観ながら、インフィールドフライや、犠打、犠牲フライなど、様々なプレイやルールについて質問してました。
好きな野球チームの選手の名前は覚えてましたし、打順や成績も頭に入ってました。

野球だけではなく、きっと、なにか興味を持ち、それについて考え、頭を回転させるというのが、何かしら脳によい影響を与えるのかなぁと思います。

そんな祖父も今は施設や病院を行ったりきたり。

母方の祖母も施設でお世話になってるので月に1回は、どちらもに会いに行くようにはしています。

ただ、私の住む西宮から実家は片道、高速道路を利用しても90分は車でかかります。

平日働いて月に2回ほど土曜もしくは日曜を利用して、往復3時間で実家に帰り、父の一人暮らしの荒れた家を掃除し、買い物やご飯に連れ出し、たまった郵送物を仕分け。
そこそこの割合で、実家の用事の業者さんやお世話になってるケアマネさんと面会し…などをしていると、けっこういっぱいいっぱいで、祖父や祖母に会う時間も正直、5分〜10分が精一杯。

施設では面会室に案内もくださいますが、「すみません、長居できなくて」と断り、玄関先でちょっと話して、施設の方に月々の買い物などに使う小遣いを渡し(もちろん費用のお支払いもしたうえで)、バタバタと帰るという状況。

祖父も祖母も都度、嬉しそうな顔で始まり、寂しそうな顔で見送ってくれます。

いつも切なくなります。

二人共、私の顔がわかるときとわからないときが最近はあります。
わかってるのかわかってないか、こちらの理解が及ばない時もあります。

7月、かなり多忙が続き、実はここ十年、毎月会いに行ってた祖母の施設に行けませんでした。

6月末の土曜と、8月最初の土曜に行ったので、7月行ってないこと、祖母は気づいてないだろうなぁと思っていたのに、私の顔を見るなり、「せんどぶりやな(播州弁。久しぶりやなぁという意味)」と言った祖母。

それが、私とわかって言ってるのか、時々間違う祖母自身の妹のことを思って言ってるのか、面会中も結論は出ませんでしたが…
7月行けてなかった事を申し訳ないと思ってた私は、きっとその事を気づいてるんだろうなぁと、やっぱりちょっと反省しました。

祖父は祖父で、私と主人2人でお盆に会いに行くと、私の顔をまじまじ見てから
主人に、「しんちゃん(私の主人の名前)の、次の嫁か?」と、私のことをさして言いました。
これには私も主人も爆笑で、あとで、弟家族や叔父にも伝えたくらいのインパクトある一言でした。

祖父へも1ヶ月半ぶりくらいになってしまってたし、いつも下してる前髪もあげておでこ出してたのでだとは思いますが、もっと顔見せに行かないといけないなぁと思いました。

生まれてからずっと可愛がってくれた祖父母、自分が今出来るのは顔を見せることだけですが、もちろん私が往復3時間とはいえまだ会いに行ける距離。
もっともっとご実家から遠く離れて生活されてる方も多いと思います。

身内が施設にいたり高齢だとなかなか電話も難しいので、数ヶ月に1回でも、年に1回でもちょっとの時間でもまずは顔を見に行く、お互いの心を元気に保つために。
これってほんとに必要なことですね。

孝行のカタチに、もちろん「ねばならない」はないと思うのですが、
どんな人生であれ、一人で生まれ一人きりで育ったわけではない。
だからこそ、自分がここに生きてる感謝をどう伝えるか、大切なことだなぁと思いました。

先日、山口県の2歳のお子さんが行方不明になったときに、発見されたスーパーボラティアさんが言われていた「ボランティアをしてあげるではない、ボランティアをさせてもらってる」というお言葉、普段の全てのことにその気持ちが大切だとあらためて学ばせていただきました。

孝行というほど、大層なことではないですが、祖父母に会いにいってあげてるではなく、会いたいから行かせてもらってるとその気持ちをもう一度感じたいと。

祖父を担当してくださってる看護師さんや介護職さんは、私が自分の顔をわかってもらえなかったとき、また忘れられたと笑ってると、「本当におじいさんしっかりされてるんですよ」とぼそっとつぶやかれたんです。

いつも笑顔で祖父に面会する主人の顔はわかり、私がわからないというのは、やはり、心のどこかで忙しいなかで会いにきてあげてると思ってしまっていて私の傲慢さが顔に出てしまっていたんだろうなぁと、なので孫だと祖父が認識できなかったんだろうなぁと。。

そんな、「せんどぶり」の一言から、様々な思いをめぐらし、自分の日々の態度を考えなおす良いきっかけとなった、夏のエピソードでした。

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遠隔介護ブログ(第9回)

photo_watanabeコーディネーターの渡邉です。
本格的な夏、例年よりかなり暑く感じ現に熱中症で搬送される方のニュースも昨年までより多く聞かれる気がする今年ですが、皆様、ご体調はいかがでしょうか。

わたしは亡き母の親友から手作り梅酒をいただき、寝る前にコップ一杯、お湯で割って飲むという夏バテ防止法を取り入れてます。
お酒が一滴も飲めない主人には姑が作ってくれた梅ジュースを水で割って渡します。
どちらも手作り、ありがたいことです。
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看護師さんは、熱中症でしんどい思いをされてる方々への看護や、またそのようなかたを出さないような健康管理にお忙しい毎日かと思います。

わたしも一人暮らしの高齢の姑、そして、父が熱中症にならぬよう日々心配しております。

今回は、子育ても褒めて育てるという論が世間でも広まっており、本屋さんでその類の本も沢山見ますが高齢者の健康のためにも褒めるって大切なんだなぁと思った話です。

うちの父は妻を亡くし、父を施設に入れてからまったくの一人暮らしになり、
生きるモチベーションを保つことにほんとに波がありました。

高齢者大学に行ったり、障がいのある方々へのボランティアに参加したり、そこで知り合ったお友達とおでかけしたり、デイサービスに行ったり。
毎日、それなりに楽しんではいましたがもちろん、お金を稼いでるわけではないので年金や今まで残してきたお金でのやりくり、先々の不安もあります。

そのうえ、家に一人でいるときは話し相手もいなくて、田舎の広い家にぽつんと一人。
心が落ち込んだときは電話をしてきては、生きていてもしょうがないというようなことをこぼしてました。

すこし使い過ぎに思える電気代などを注意した冬には「寒いから暖房つけるんはしゃあないやろ、凍えて死ねいうんか、なんでもかんでもお父さんが悪いんか」と、早朝から何度か電話かけてきて怒鳴ってくることもありました。

父のネガティブな電話に、こちらの心もやられそうなことも母が亡くなってから何度も何度もありました。
主人や弟家族、いとこたち、そして、なんでも話せる友人がいなかったら、わたしのほうが先に健康被害が出るくらい思いつめてたかもしれません。

ただ、ありがたいことに父のまわりの方々が本当に厳しく優しい。

ケアマネさんも父に厳しく指導してくださいます、デイサービスの所長さんもしんどいのはあなただけじゃないよと、日々、みんながどんな思いで生きてるかちゃんと話してくださいます。

正直、歩くのも杖や押し車でやっとの父が障がいのある方へのボランティアに行っても出来ることは限られてますし、かえって父がまわりのボランティアさんたちに手間をおかけして、お仕事を増やしてしまいます。それでも仲間のボランティアさんたちは父を家まで迎えにきてくださいます。

すべて、父に生きる力を与えてくださってます。

それでもネガティブな日があります。

そんな父が先日、「おとうさん、あと20年は生きたい、そう思えるようになった、頑張る」と急に生きる目標を口にするようになりました。

そのきっかけがある、ピンバッチです。
そのピンバッチはわたしと主人が実家に帰ると大事そうに仏壇にある引き出しにしまわれてました。

父の住む市からボランティア賞をもらったというのです。
新聞にも広報誌にもそんな記事はありません。
でもボランティア仲間さんが推薦してくださり、代表で父がもらったと、そのお仲間さんが手渡してくださったそうです。表彰式も表彰状ももちろん副賞もない。
でも、ボランティア賞だそうで。
何十年もボランティアしてきたからみてる人はみてくれてる、もっとこれからも頑張らなあかん、もっと貢献できるように元気におらなあかん、だからデイサービスでもリハビリ頑張るねん、手足動かすねん。

と、いつも以上の饒舌で語る父。

わたしはなんとなく勘付きました。
これは、父を元気にさせるためのボランティア仲間さんの優しい嘘なんだろうなぁと。
いい感じのピンバッチがあったので父を励ますため、生きる力を出させるため、考えてくださったんだろうなぁと。
たしかに、何十年もボランティア続けているのも間違いないですし、ただ、私からすればほんとに父がボランティアにいくために、そこでボランティアをするために、支えてくださってるボランティアさんがいることに感謝感謝なのですが。

やはり、生活には優しい嘘は必要だと感じた出来事でした。いや、ほんものの賞なのかもしれませんが。

子供にも高齢者にも褒める、大事なことですね。
それでやる気になるなら、より大きな希望が出てくるなら。調子に乗らせるのは悪いことではないですね。
この経験、私自身ももっと寛大な気持ちで、人に接して、人をやる気にさせる力を身につけていかねばならないと改めて思わせてくれました。

遠隔介護ブログ、第九回目の今回は体や生活面だけの介護ではなく、心を介護する、そういったことを勉強させていただいたことについて書かせていただきました。

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遠隔介護ブログ(第8回)

photo_watanabe こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。
まだまだ梅雨が続いてますね。

雨の休日はとっても混んでる映画館ですが、先日、私は1日に3本映画を観ました。
観たい映画が6月は8本観たい映画がある中でしぼった3本。
空飛ぶタイヤ、焼肉ドラゴン、ワンダー、という邦画2本、洋画1本。
空飛ぶタイヤは仕事のなかでの自分、
焼肉ドラゴンは家族のなかでの自分、
ワンダーはコミュニティのなかでの自分、
を考えさせられる本当に観てよかった、人に薦めたいと思える3本とも素敵な作品でした。

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そのなかでもワンダーは、遺伝子異常で、顔が変形して産まれた子供とその家族、まわりのひとたちの生き様を描いた映画だったのですが、自分の生き方がどう人に影響を与えるか、
逃げないこと、相手を認めること、自分を認めること、人を許すこと、
様々な心の持ち方がまわりに与えていく影響を絶妙に描いており、
私がいつもこのブログで書かせて頂いてる父に
[お父さんは、ほんとに優しい人達に囲まれてよかったね]という言葉をかけると
父から返ってくるのが
[せやな、でも、お父さんがこんな体やから、お父さんと関わることでまわりの人も、車椅子のひとや、障がい者の人にどう接したらいいか勉強できるんやで]
という、なんだかポジティブなのかえらそうなのかわからない言葉も、
ワンダーを観たあとでは妙に納得してしまいました。

ただ、外出したときに、通りがかりの方がとても優しく父の車椅子や、押し車での歩行を助けてくださることがあるのですが、痩せ型の女性がこられると逆に父は[危ないから触らないでください]と、とても意地悪なことを言うのです。
心優しい女性たちは皆謝られます。
でも、なにも悪いことをされてないし、私にはなかなか出来ない行動なので尊敬し、私が追いかけて事情説明しその女性たちに謝ることもあります。

おそらく、何度もその心遣いにこたえ怖い思いをした父ならではの言葉なのだと思うのですが、その女性たちが次に誰かを手助けしたいと思ったときのトラウマにならないことだけを祈ります。
そして自分も人の親切はまずは感謝で、受け入れもし難しい提案なら丁寧に事情を説明してお断りしようと思いました。

話はかわるのですが先日、関西で大きな地震がありましたね。
阪神大震災を経験しながらも、南海トラフの話もどこかひとごとに思ってしまってたわたしを恥ずかしく思い、あらためて、災害について考える出来事となりました。
とっさにおきる災い。

阪神大震災をきっかけに私の大好きな女性漫才師、ハイヒールりんごさんは、当時独身だったのですが、このまま一人でいるのは嫌だと結婚をしたいと思ったと語られていたのが忘れられないエピソードなのですが、
実家の父も主人の母、私の姑も一人暮らしなので一人で大地震を経験するとどれだけ不安だっただろうと想像し、休日に会いに行ける距離とはいえ、離れて住んでることに少し申し訳なさも感じたのです。

でも、きっとそのように感じてる方々も日本中に何万といらっしゃるのが現実で、
遠くの親戚より近くの他人と言いますが、
例えば、うちの実家であればご近所の民生委員さんや、毎週きてくださるヤクルト配達員さん、
毎朝配達してくださる神戸新聞さん、そして何よりデイサービスのスタッフさん、
訪問介護師さんたちが近所にいてくださることを心強く思うわけで、
地域コミュニティとどう関わるか、今は親や祖父母のことで考えてますが、自分が年老いたときにもどう地域に身をおいていくか考えないといけないなぁと、思いました。
特に私は子供がいませんので、たとえば父や姑にとってのわたしと主人のような存在がいないわけで、しかも主人は年齢がものすごく上なので私自身のことはいまのうちから
終活ノートを作って誰に何を託すのか考えておかないといけないとあらためて感じた今回の地震です。
ちなみに9年前に亡くなった母は、終活ノートが今ほど話題になる前ですが、
末期がんとわかったときから終活ノートを作ってくれていました。

貯金のこと、保険のこと、葬儀のこと、そのほか、地域行事での役割、
土地のこと、自分がつくってきたあらゆる料理のレシピにいたるまで
母が生きてたら私にまるまる教えてくれること、すべて書いてくれてました。
そのノートを書きながらどんな思いだったんだろうと想像するとほんとに心が切なくなりますが、
元気なときから始めることが心身にもよいと思うので今年中に、いや、今日から始めなければ、と思います。

なにか災害や事故がおこったとき、看護師さんのお仕事の大変さやすごさをほんとに感じさせられます。
先日、ニュースにもなった、土俵の上で倒れた男性をとっさの行動で救ったのも看護師さんでしたが東日本大震災のときも避難所で、自分も被災者で避難している身なのにまわりの方々の体調を気にされ助けられていることもよく耳にしました。
そんな看護師さんたちのワークライフに携わらせていただいてる自分の毎日を本当にありがたく、誇りに思えます。

まだまだ小さいですが余震も続いてます。
ライフラインが戻ってない地域もあります。
関西がひとつになり助け合い生きていけたら、まずは自分になにが出来るかしっかり考えて生きていきたいと思います。

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