遠隔介護ブログ(第34回)

こんにちは。コーディネーターの渡邉です。

いよいよ年末になりましたね。
コロナコロナの1年。

第3波がここまで威力を増すとは想像していなかったので看護師さんにお仕事を紹介するという日々の私の仕事のなかで、医療現場のかたの想像を絶する大変さ、日々の不安、そして、人手不足、コロナ感染より怖い周囲のコロナ差別など、かなり身につまされることが多い日々です。

ただ、毎日いろんな看護師さんとお話させていただくなかで、今しか学べないことを学びたいと、自ら、コロナ感染者さんの看護ができる現場への勤務を希望されるかたもたくさんおられ、看護師さんだけではなく、臨床検査技師さんたちも、PCR検査に関わるお仕事を多くのかたが希望してくださり、医療職の方々の、向上心や、社会貢献への強い思いなどを改めて知ることができ、ほんとうに尊いお仕事に就かれ、志高く仕事をされているということに、尊敬の念が増すばかりです。

私が、わたしの立場で出来ることを、日々考え、動き、自分としての今出来る社会貢献を精一杯していきたいと思います。

世間がコロナ対策で大変な中、、
このブログの主役、父は、、
相変わらず自分中心の世の中を生きておりまして。

どれだけ、コロナ禍で、遠出が難しいこと、他の高齢者施設のほとんどが、家族面会すら禁止されていること、だから父の入居させていただている施設が面会も、近場であれば外出もオッケーしてくれてることは本当に寛大で幸せであることを説明しても、、翌日には忘れて、不自由や、出掛けたい、不幸やと連絡してきます。

なので、前回のブログで書いた「今年の年越しは一緒に出来ない、施設にいてほしい」を伝えるのは一苦労でした。

でした、、というのは、やっと伝えられたので過去形にしてます。

とにかくお正月に自分の実家では過ごせない(施設の暖かさに慣れた父には、日本家屋の実家は風が通りすぎて寒すぎる、バリアフリーではないのでトイレいくのも大変、大阪市内で働く私たちと一緒に居すぎてもしコロナ感染となったら大変等)というのを、かみくだいて理由も話したところで、「大丈夫や、帰りたい。」としかならないのは目に見えてます。

父の大好きなお寿司やさんでランチしながら耳の遠い父に誤解なく伝えられるように 紙に太いペンで大きな字で伝えたいことを書きました。

「年末から私は入院します。大晦日のお昼間だけ外出許可出たので、数の子とおせち料理持ってくるね、だから年越しは一緒に出来ない、ごめんね。」と。

入院は嘘です。辛いですが、それしかないと思いました。父は最初、楽しみにしてたお正月なのに、実家に帰れないと嘆き始めました。

主人が横で、わたしの入院より自分の楽しみが叶えられないことを嘆く父に呆れてましたが、私が、「おばあちゃんも、お母さん(私の亡き母)が入院中は施設で耐えてくれてたよ。」と書くと、泣きそうな顔になったあと「持ち帰りできつね(いなり寿司)が欲しい。」と、急に話題を変えてきたときはわたしも主人も爆笑してしまいました。

その後も、
「お前は大丈夫や、お父さんがついとるからな。泣いたらあかん、お父さんがついとるからな。お前まで失いたくない、夫婦二人で長生きしてほしい、お父さん頑張るからな。」と、まるで自分に言い聞かせるように何度も言ってきました。

そして、大丈夫やで、もう帰りやと私たち夫婦を施設から帰した2分後くらいに電話してきて「小銭入れがない。」と大騒ぎ。すぐに施設に戻り一緒に探すことに。なんともかんとも、感情の起伏が激しい父に振り回されます。

施設の介護職さんにも「お父さんはにくまれへんねん、わがままやし頑固やけど、すぐごめんなさいゆうてくれはるからね。」と言われました。

たしかに。。だから亡き母も、わがままで頑固な父を放っておけなかったのかもしれません。

トイレには行けるけど、ズボンをあげるのに時間がかかるので、私がいるときは、ズボンをあげてほしいと言います。
介護の勉強してない私も、トイレ介助をしたり、車椅子から立たせたり慣れないことだらけで奮闘し、上手くできず父を怒らせることもあります。

そんな私に主人が、「俺らには子供がおらんから、子育て学べない分、お父さんの介護で学ばせてもらってるな。」と言ってくれました。

ありがたい言葉でしたし、上手くできなくてもいいんだと思えました。

父に嘘をつくことも、もちろん心が傷むものの、私が全力で父と向き合い、疲れてしまってはもともこもありません。父に機嫌よく向き合えるためにも休憩出来る時間、父と向き合う策を考える余裕をもっておきたいと感じる日々です。

それを悪と感じないようにしたいです。

 

コロナ禍でなかなか友達に会えずリフレッシュもしにくいですが、読書や映画鑑賞はそんな私を助けてくれます。

12月ももう三本の映画を観ました。その中でも一番心を打たれた、「ミセス・ノイズィ」。

ご近所付き合いの中のすこしのずれが日本中を巻き込む大事件になるのですが、この物語、物事を正確に判断するには一方向からだけで見てはいけないということを教えてくれる、本当に勉強になる映画でした。

コロナ禍のなかでも、人が人を傷つけるようなニュースも沢山あります。無駄に他人のこころをしんどくさせない生き方をしたい、、そのためにも、観ておいて損はない映画でした。

 

さてさて、来年はどんな年明けになりますか、私はほんとうに穏やかに紅白歌合戦が観れるのか。また来年のブログで報告させてください。

世界中にコロナ禍のために故郷に帰れない方々、ご家族や会いたい人に会えない方々が沢山おられます。それに比べたら、ささやかすぎる位の悩みではありますが。。。

皆様も良いお年をお迎え下さいませ。

 

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遠隔介護ブログ(第33回)

こんにちは。コーディネーターの渡邉です。
少しご無沙汰してました。

遠隔介護ブログ33回。

落ち着いていたのかというと、比較的落ち着いた日々だったのかもしれません。

サ高住に入居して、半年がたつ父は、ようやく、暮らしにも慣れ、気心知れた介護職さんも数人でき、娘(私)に頼んだらけむたがられるような買い物も気軽にお願いできる施設内のスタッフさんにあれやこれやお願いし、お金を使いすぎたと嘆くことはあれど、初期のようにデイサービスを仮病で休んだり(そうなると、お風呂の回数も減るので体臭もしてました(T_T) )、施設のご飯を食べたくないと、お皿を投げてしまったり、自分の言葉が通じないと、「死にたい、自殺する。」と大騒ぎしたり、そんなもろもろはなくなり、施設のかたからの日々の報告、相談の電話もなくなりました。

これはひとえに、施設の方々の支え、協力あってこそで本当に家族のように一緒に考え、時には励ましてくださる施設の皆さんに感謝です。

同じ入居者さんたちのなかではおそらく、父が1番年下だと思いますが1番身体は不自由な感じだし、1番ワガママなので(笑)、ほかの入居者のおじいさまからも「お父さん、がんばってはるよ。」とか、おばあさまからも「よくみてあげてね。」などお会いすると声かけてくださる方がおられて、あ〜このサ高住にご縁があって良かったなぁと思うのです。

 

ここに、巡り会えたのは、数年前からお世話になってたデイサービスのときのケアマネさんがおられたから。

父の性格をよく分かってくださったうえで、施設形態としてもサ高住が良いこと、地域はこの地域なら友人や親戚も遊びに来てくれやすいことなど、様々な状況をふまえて選びご提案くださいました。

そして、弟も即動いてくれ、あれよあれよと、入居が決まりました。

予算ももちろんありますが、そこを考えると将来的な不安も出てきますし(元気でいてほしいけど、○年以上長生きするとお金がなくなる。。と)、どんな道を選んでも絶対ベストとは言えないとは思うのですが、年老いていく一人暮らしの父のことを考えるうえで、今回のサ高住を提案くださったケアマネさんには一生感謝するなぁと思います。

「もし、今年も、父があの田舎の家で一人暮らししてるとしたら」と考えると、冬の寒さ、コロナで外出も自由にしにくいことなども合わせて、絶対に不可能だったと感じます。

そう考えると、ほんとにギリギリまで一人でよく頑張ってくれたんだなぁと父のことを褒めてあげたくもなるのです。

 

生きていく中で、困ったときに相談できる人、アドバイスをくださるプロがまわりにいてくださることの大切さを日々感じます。

父と祖父の老老介護が始まったときに、「めぐみちゃん、もう、自宅だけでは無理や、まずはデイサービスと訪問介護、相談してみ。」と言ってくれた亡き母の親友の言葉も忘れられません。

相談するには勇気も時間もいります。

平日仕事してると、休んでまで、何か手続きをしに実家に帰ることにもかなり面倒さがあります。

でも案外、土曜も対応くださったりちょっとした相談は、平日時間外でもメールしてると、翌日メールで返事いただけたりもして、よっぽどじゃない限り(年に2、3回)は、平日に休みとってまでということもありません。

 

この少し落ち着いてきた日々のなかで次のわたしの課題は、「父をすねさせずに、施設で年越しをしてもらうように話すこと」です。

わたしは嫁いでからも、義母と主人の理解をもらい、年越しは実家でしてました。

男手一人で頑張っている父のそばにその瞬間はいてあげたいと思ってきました。

弟家族も同じように考えて毎年にぎやかな年越しができました。

途中からは施設に入ってた祖父も本当に身体が弱るギリギリまでは年越しだけは家でと、みんなでやってきたのですが、今年はコロナ禍であり、おそらく弟家族は帰れない。そして、実家は田舎の比較的大きな一軒家なので、今の父の部屋の暖房設備とは全く違い、どんなに暖房器具をそろえても全部の部屋が温まりきることはありません。

その上、暮らしていた頃は対応できてた階段の登り降りも、最近はとてもきつそうで、数時間なら滞在できても泊まりで、トイレも行き来する中で実家で過ごすというのはほんとうに不安で、わたしや主人が全く心が休めない年越しになりそうだと思い、もう、私達も元気いっぱいという年齢でもなくなってきましたし、うちの家に連れて帰ったとて、それこそ都会の真ん中、コロナ禍の怖さ、すべてがバリアフリーではない不安さもあり、施設に確認すると、ほかの入居者さんはほぼ、年越しも施設でされるということだったので、なんとか11月中に父には話し、何度も紅白歌合戦観ながら電話するから、また年明けにすぐ会いに来るから、年越しだけは安全のために施設で過ごしてほしいと話さないといけないなぁというのが、小さいことに思われるかもですが、父のかまってちゃんの性格を考えるとなかなか大きな課題ではあります。

 

父自身も、最期、療養病院で一人で亡くなった祖父のことを忘れられず、「看取ってあげられなかった。」と、日増しに悔やむようになり悪夢にうなされることもあるというので、それは、私達へももっとそばにいてほしいという本音のあらわれだと思うのですが、月に2、3回、ご飯と買い物に付き合う娘夫婦なんて、そこそこそばにいるほうだと思うので、そろそろまだ恵まれてるよと理解してほしいなぁと願います。

 

まだまだ空き家問題も抱えたままですし、新しい年にも問題を持ち越すのが決定の私ですが、悶々とする日々のなかでも1番のストレス発散は、映画鑑賞。

ここ2回たて続けに観た邦画、「浅田家」「罪の声」は、本当に、一生心に残ると言っても過言でない映画でした。

浅田家は実際の写真家さんの物語。

罪の声は昔発生した事件の真相がこうだったんじゃないかという、誰もが知る昭和の未解決事件を題材にした物語。

浅田家の浅田さんには、題材にされてる「家族写真」いつか撮っていただきたいと思います。写真展も行きたくなりました。

罪の声の原作者、塩田さんは私の大好きな小説家、湊かなえさんのお知り合いで、湊かなえさんもとても絶賛されている小説家さん。

それだけでもう、ファンになりましたが、その原作を忠実に、そして、誰にでもわかりやすく、あの事件を知らない世代にも伝わるような作品にされてる、映画のスタッフさんにも感動です。

コロナの第3波がきているともいわれる今、感染対策ばっちりの映画館で日本の映画ならではの情緒がしっかり反映された映画鑑賞、おすすめです。

来月は「新感覚三国志」を観るのがとっても楽しみです。

 

さてさて、私の年越し計画はうまくいくのでしょうか。父のために父の大好きな数の子も注文し、大晦日にしっかり塩抜きをして差し入れしようとも考えてます。

娘の思い、父にうまく伝わりますように。我が夫婦に平和な年越しがおとずれますように。皆様にも穏やかな年末年始がおとずれますように☆

 

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遠隔介護ブログ(第32回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

遠隔介護ブログ32回。

まだまだわたしの年齢の数字は追い越せませんが、ここまで書かせていただき、だんだん「読んでますよ」と言って感想もくださる看護師さんが増えてきて本当に嬉しいことだと思います。

まだ弊社に登録いただく前の看護師さんからも、ご登録でご来社予約をいただくと、弊社のホームページから私のプロフィールやこのブログも読んでいただいた上でご来社いただいてお話くださるのでとてもありがたく、もちろん照れますが、もっともっとありのままのお話をここで伝えさせていただきたいなぁと思う日々です。

 

コロナ禍はまだまだ続いてますね。半年前には、こんな秋も想像が出来てませんでしたが、いろんな価値観がこの半年で変わっていきました。

そのなかで、マスクの在庫管理はどこのおうちでも、とっても重要視されているのではないでしょうか。

手作りマスクや夏の冷感マスク、私のようなプロ野球好きには、各球団のオリジナルマスク、、様々なマスクを家にかなりの数置いてます。

毎年、兵庫県の家庭では、その家独自の「いかなごのくぎ煮」を作って知人宅に分け合うような習慣があるのですが、海がきれいになりすぎて今年はいかなごが本当に獲れなかったそうで、そのかわりに今年は「手作りマスク」の贈り合いが新しい文化になった(いや、きっと、くぎ煮のかわりではないのですが)ように思います。

不織布マスクもどんどん値崩れして、コロナ禍前の値段に戻ってもう買えない世の中ではなくなった9月、、

主人から「忘れてたけど当選したよ」と言われたもの、、それがシャープさんのマスクでした。

そういえば、申し込んでました。

値段は、いま、ちまたで売られてる日本産ではないマスクの3倍位はしちゃいますが、せっかく当選したし、まぁ、質は間違いないし今年のこの状況の記念として買っておこうということで、購入権使いました♫

 

そんなWithコロナの時代。

GO TOキャンペーンを利用して、父が前から行きたいと言ってた淡路島のホテルに旅行に連れて行ってあげようかと、デイサービスで歩く練習も頑張ってるしサ高住での日々もようやく落ち着いてきたので、父にも楽しみを増やしてあげたいと企画した旅行ですが、企画した頃、ホテルを予約した頃は少しおさまっていたコロナの新規感染者数もまたまた増加し、ついに父のサ高住やデイの近くの高齢者施設でも数名感染者さんが出た為、不特定多数のかたと接触するようなところへの外出は控えてほしいと父のサ高住のケアマネさんからもお話があり、旅行を断念。

短気でワガママな父にどう話そう、ようやく気分が落ち着いてきたのにまた荒れたらどうしよう、ヒヤヒヤでした。

もちろんそんなこともあるかもしれないとは思っていたので、父の部屋のカレンダーに「淡路島旅行、ただコロナおさまらなければキャンセルあり」とは旅行予定の日付のところに大きく書いてはおりましたが、電話では言わず会って顔見て言おうと。

 

私 「この近くで、コロナの感染者さんよぉけ出てたね。」

父 「せやな。」

私 「おばあちゃんとこの施設は、面会に行かれへんなったけど、ここは、面会と市内なら外出させてくれるからありがたいな。」

父 「せやな。」

私 「ほんでな、お父さん、市内はええけど、やっぱり淡路はあかんみたいやわ、ごめんな、こんだけ兵庫県も広まってたら、やっぱり行かれへんわ。だいぶケアマネさんらも考えてくれはったけど、お父さんがもろてきて、施設でひろめたら、お父さんより高齢のかたばっかりやから、命にかかわるからなあ。」

父 「やっぱりあかんか、行きたかったなぁ、なんもかんもあかんするな、コロナは。しゃあないな。」

私 「せやから、その日は焼き肉食べに行こか。」

父 「焼き肉嬉しいな。」

 

良かった、なんとか話ついた。。
と、ほっとした私。

GO TOキャンペーンが終わったとしても、また父を淡路島のあのホテルに連れて行ってあげたいと思いました。

 

このキャンセルになった旅行、人生で初めて、車椅子でも大丈夫な部屋ということで探したのですが、父の行きたいホテルが決まってたので、余計かもしれませんが、もしそこが無理ならとほかの淡路島内の旅館、ホテルで車椅子オッケーも探しましたが、けっこう、普通に行くよりお金が高かったり、「部屋はオッケーだけど食堂が掘りごたつだから座敷に上がって歩かないといけない」とか、色々、難しさがありました。

旅行だけではなく、車椅子の父を押しながら例えば300メートル位歩くだけで、「段差なんて感じたことないのに、こんなにガタガタしてるんや」とか、「こんなに道が傾いてて押しにくいんや」とか、自分にとってはなんともない道で不自由をたくさん感じます。

10年以上前、母の終末期はがん患者さん専門の病院で迎えたため母の車椅子を押すのはバリアフリーの整った院内のみ。

なので、普通の町で暮らす父の車椅子を押す度に、自分がどれだけ車椅子を扱うのが下手か、車椅子の方々がどれだけ日々の暮らしに不便や危険を感じておられるかを実感します。

 

そのうえ、、車椅子を押してる時、自分の心に余裕があるかないかでやっぱり押し方も変わるし、父を危険な目に合わせてしまう事もあり(道を渡ろうとして車が来たから急に止まると、少しでも道が傾いていたら父が前に落ちそうになり悲鳴をあげるなど)、医療機関や介護療養施設で働かれる方々が、お忙しい中でもどれだけ注意を巡らせ働かれてるかも想像し、またまた頭が下がる思いにかられております。

日々勉強、その4文字ではおさまらないくらいの実体験からの勉強をさせてもらってます。

きっと子育て中でベビーカー押されてるかたも同じですよね。

目も見え、耳も聞こえ、自分で歩けるそんな人だけが暮らしているわけではないことをわかっていても想像しきれてなかったこと、こうやって少しずつでも学ばせてもらってること、父の存在にあらためて感謝です。(しかも遠慮せず、今のん怖かったぞとか注意してきますので)

 

シルバーウィークの報道を見ると、けっこうGO TOキャンペーンを利用されてるかたの多さを知ります。すっかり流行に乗り遅れた気分です。

友人はお父さんぬきで行ってきたら?とも言ってくれましたが、父ありきで考えていたので、今回は断念でいいかという思いになったものの、やっぱりなんか勿体ないのかなとも思ってしまいます。

こんな風に思えるくらいコロナと共存していきつつあるのも医療職の方々のご尽力あってこそ。

心から感謝です。

 

書かせていただくたび父の機嫌や物分りの良さ、悪さは波があるのを実感してます。なんで今は落ち着いてるんやろな、、それはきっと私達家族、親族、施設の方々の関わりの努力があってこそですが、

父の大好きなプロ野球や大相撲、マラソン選手権が行われ日々中継がテレビで観れたり、ラジオで聴けたり、新聞で読める幸せと、ご贔屓のプロ野球球団が、ちょっとだけ強いということも影響してるかと思います。

プロ野球が好きだと認知症予防になると以前聞いたこともあるので、プロ野球が毎年開催されるような平和が続くことを祈るばかりです。
(何を隠そう父の私服は、毎日うちの主人がプレゼントした、ご贔屓球団のユニフォームです。デイサービスでも、夜寝るときも、法事ですら。数着プレゼントしてくれてるので毎日着替えてます(笑)。)

 

今年も暑い夏でしたが秋になるのも早く、朝晩冷える日々が続いてますね。コロナ感染予防もしながら、インフルエンザがくる季節に向けての予防も始まります。

より一層、手洗い、うがいも徹底しすこしずつ緩和された外出制限や人の集まるところの制限とも付き合っていきたいですね♫

 

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遠隔介護ブログ(第31回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。
遠隔介護ブログ31回目です。

まだまだ残暑が続きますね。
コロナ禍の中で、春から、通勤はしているものの、日光を浴びるようなお出かけをなかなかしていなかったなかで、長い梅雨が終わると一気に熱くなったので、日々にコロナの新規感染者さんより熱中症で搬送された方の人数のほうが多いようなニュースを見て、今年の夏の厳しさを痛感しています。

私も毎年一回は熱中症で嘔吐したり、寝込んだりするのですが(だいたい夏の甲子園、高校野球観戦で熱中症になります)、今年は家の中にいて熱中症になりました。

昨年亡くなった祖父の初盆のため、実家の仏間の掃除をしていたのですが、実家の仏間とリビングのクーラーが壊れていて、まぁもう誰も住んでない空き家、月に2、3回、私達夫婦と叔父がのぞくだけの家なら、他の部屋のエアコンは壊れてないし、仏間とリビングのエアコンが壊れていたとしても、支障はないだろうと思っていたものの、実際どんどん身体の熱があがり、初盆のおまいりが始まる頃には頭はフラフラ。。

ただ、お寺さんへのお茶出しもしないとと、とりあえず、1時間あまり乗り切ったものの、実家からの帰り道の2時間弱、猛烈な吐き気に襲われ、家まであと5分位のところで嘔吐、、ちゃっかり熱中症になってました。。

 

父にも「クーラー直しといてくれ。」と懇願され、身を持って、年に数回とはいえ、この暑さは、私以上に来てくれる親戚たちにも迷惑かかると、エアコンを新調することを決意。

空き家問題、空き家とはいえ維持していくにも本当に考えること多く、世の中の空き家を抱える方々の維持方法をお聞きしたいなぁと思ってしまいます。

そして本当に年々暑さが、厳しくなりますね。。
総じて不快指数も上がる、と、うちの話題の主役、父もイライラマックスを私にぶつけてきたり、施設でもわがまま放題訴えたり、本当にプチトラブルはつきません。

あれも食べたいこれも食べたい。。リクエストだらけ。

もちろん、コロナ禍もあって遠出も出来ないし、独りで暮らしていたときに自分で食べたいもの食べてたので、施設の決まった献立の毎日にちょっと寂しさ、辛さがあるのもわかります。

なんとかすこしでもストレスレスにしてあげたいけど、父が部屋でおやつやアイス食べると片付けないので、アリさんやゴキブリさんの餌食になります。共同生活なので他の部屋のかたにも迷惑かけます。

部屋での勝手な飲食は健康のためにも極力避けてほしいとケアマネさんにも言われており実際、間食の材料をおかなくなってから、かなり父の健康状態はよくなり、身体のむくみもなくなり、自分の足で歩ける距離も少し長くなりました。

 

主治医が褒めてくれるから自分でも嬉しくやる気になり、デイサービスでも歩く練習を頑張ってるようですが、そうなると余計にお腹がすくし頑張ってるご褒美もほしい。

そして、スイカ、葡萄(このふたつは、家で作ってたり、近所で作ってるので、実家にいたころは余るくらい家にあったので)を食べたい食べたいと言い出したり、とにかくアイスが食べたい、焼豚が食べたい、そうめんが食べたい、食べたいものだらけ。

そこで、介護さんに、父が食べたいものを渡し、入居者さん、皆さんでわけてください、父には多めに入れてやってください、という方法で父の望みを叶えられるようにしてみました。

今のところ、責任者さんからもそれに対してやめてくださいとは言われないので(いつも恐縮されますが)、父のわがままストレスに施設さんも、私達も、ふりまわされて疲弊しないように最善ではなくても出来る限りの策だと思ってます。

 

祖父母は施設にいても最初は「帰りたい。」とは言ってたものの、毎日毎日、今の父のようにあれこれストレスをぶつけてくることはなかったので、他の施設に家族を入れてらっしゃる家族さんはどうされてるのかなぁ、どんなふうに入居の状況と向き合ってらっしゃるのかなと思います。

ほんとにこっちがストレスで心身がやられてしまいそうです。

それをかんがえると、施設で父たち入居者さんを支えてくださってる職員さんたちはもっともっと日々の大変さがおありだろうなぁと思います。

何十年も生きてきた、いろんな価値観をもつ人たちの集まる共同生活。

自分は、年老いた親の面倒も家でみてきたのに、自分が年老いたら、子供にみてもらえず施設にいる、というストレスがある利用者さんもおられるでしょう。

でも、施設の職員さんは、祖父母のところもそうでしたが、皆さん、私達家族を気遣ってくださいます。大げさではなく、皆さん天使のような優しいお心だと思います。

 

手のかからない利用者に、早く父がなりますように、早く模範的な利用者になりますようにと思いますが、、それは遠い道のりになりそうです。

そんな父ストレスに振り回される私のストレス発散法は一番は、映画鑑賞。
長くなりますので、全ての感想は書けませんが、この1ヶ月で観た5本の映画の写真。

①甲子園フィールド・オブ・ドリームス

②コンフィデンスマンJP

③ブリット=マリーの幸せなひとりだち

④アルプススタンドのはしの方

⑤ジョーンの秘密

 

全部、満足度満点以上。
すかっとします。コロナ禍でも万全の感染防止対策で楽しめる映画鑑賞。秋も楽しんでいきたいです。

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◎看護師のお仕事探しはメディカルステーション

遠隔介護ブログ(第30回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

今年の梅雨は、なんだか本当に長く感じますし、雨の量も尋常ではないですよね。その上、新型コロナウイルスの新規感染者も増加傾向にあり、自分がどのように行動すべきなのか本当に考え考え、どれが正解なのかもわからないまま、気付いたらお盆が近付いているという、あっという間の令和2年の時の流れを痛感しています。

父がサ高住に入ってから実家は空き家です。
2週間に1回、私達夫婦が空気の入れ替えや断捨離に帰るのと、叔父が時々仏壇の世話に帰ってくれてます。案外頻繁に空気を入れ替えているように思いますが、先日帰省すると、、キッチンまわりや、リビングの机、椅子、床がものすごいカビ!

父が住んでるときには全く発生しなかったカビでした。
父は掃除が苦手でしたので、父が住んでるときは、私達夫婦が二週間に1回のキッチンまわりの掃除に2時間かかりました。その油汚れや日常のゴミ整理はなくなったもののこんなにカビが発生するなんて。。
という驚きで、必死に1時間掃除をしまくりました。

人が住まなくなると一気に家は衰える、というのを実感してます。

仏間のエアコンも壊れました。

雨漏りも3箇所。

田舎の家特有の造りのせいもあるかもしれませんが、「空気を入れ替える」ことの大切さ、こういうことなんだなぁと改めて勉強になります。

家は生きてます、家も生きてます。

 

父がサ高住に入れば、自分たちが帰省しても自由時間が増えると思ってた私達ですが、なんのなんの、自由時間、、少なくなってます。

まず父を施設に迎えに行き、日頃は自分の食べたいものを食べれてるわけではないので(サ高住でもデイサービスでもおやつやご飯を出していただいて、上げ膳据え膳で生きさせてもらってますが、なんせ今までが好き放題の暮らしでしたので)、私達と会うときくらいは食べたいリクエストを叶えてあげたいと思い、外に連れ出してランチ、そこから共に買い物、そして、サ高住に連れて帰り、買い物したものの整理、そこから実家に帰り、空気を入れ替えし掃除に断捨離。

そして、祖母の施設にも行ったり、なんだかんだ用事してるとすぐに夜。

自分が、帰省して行きたいところややりたいことは全く出来ないそんな状況ですが、時間があったとしてももちろん、コロナ禍で地元の友人たちに会えるわけでもないので、これが今の自分の使命、父や祖母に会えないコロナ禍の規制ではないだけでも、ありがたいと思おうと感じられます。

写真は、子供用のキッチンばさみ。

今回100円均一で購入。何に使うかと言えば、父が外で食べる時に、食べやすいように切るその名のとおりのキッチンばさみです。

父は子供の頃から身体が弱く、体育の授業もすべて見学。運動会にも1回も出たことがなく、50歳まで命が持たないと言われていた状態。

その中で、影響があったのが歯でした。

私が成人式くらいにはもう総入れ歯になってたと思います。

よく大工さんが出来てたなぁ、棟梁として大きな家いっぱい建てながら、50歳までの命って言われてたなら、ほんとに太く短くと考え、目一杯働いてたんだろうなぁ。だから、歯も食いしばり過ぎてこんなことになったんかなと、今の私は思いますが、若くしての総入れ歯は本当にかわいそうでした。

特にやはり、入れ歯で食べると食べ物が美味しくないようで、歯をはずして、歯茎で食べるほうが、何倍もその食べ物の本来の美味しさを感じられるので入れ歯は持ち歩くものの、はずして食べることが多いのです。

そのときに、ナイフとフォークを借りたり、キッチンバサミをお店に借りたりしてましたが、それも申し訳なくなり、子供用なら蓋もついてるのでそれを購入。
元大工だけあって、ハサミの使い方はかなり巧妙なので役立つこと間違いなしなのです。

ほかにも父と食事にいくときは、食べこぼし用の私の手作り前掛けと、口や手拭き用のウェットティッシュ(これも、お店におしぼり追加もらってましたが、すごい量になるので)を持参します。

もちろん尿もれ用の紙パットも必需品です。

よく、子育て中のママさんが大量の荷物でお出かけされてるのを見ますが、それと同じ状況。

以前、子育て経験された先輩主婦さんが、子育てって、もう一回、自分が子供からやり直したくらいの勉強量があるって言われてて、私は子育てをしてないのでその勉強量がない人生なんだなぁて思ったりもしましたが、、

祖父母や父のおかげで、もちろん子育てには到底及ばないと思いますが、かなり人生勉強はさせてもらってると思います。

 

毎日様々な看護師さんとお話をさせていただくのが私の仕事。

仕事をされながら、子育てや介護、妊活をされてるかたがたくさんおられます。

またそういった状況のため、一旦、仕事を休み、そろそろ落ち着いたので仕事を復活し、両立させたいというかたもたくさんおられます。

私自身、妊活もしました。

アノ頃はまだ、東尾理子さんが「妊活」という前向きな言葉を出される前だったので、まさしく「不妊治療」。

5年ほどはそれなりにやりました。その当時はまだ前職で営業をしていたので、お休みを都度いただいたり、営業活動中に少し抜けさせていただいたりしながら。

少しずつ自分の身体の妊娠しにくいという持病なども発覚し、自分の年齢、主人の年齢、私の母が死去し私側の実家には頼れないこと、主人側家族の、私達夫婦に子供がいなくても気に留めない優しさなども考え、子供は諦め、夫婦二人で人生を楽しむことにしました。

その経験はいま、妊活中で仕事との両立に悩んでおられる方と話させていただくときに活かせている気がしてます。もちろんじゅうぶんではないと思いますが。

先日は、お仕事相談で来社くださった看護師さんでご両親の介護を家でされていたかたに、私の奮闘や悩みを聞いていただき「神様は見ててくれてるから大丈夫!」と、逆に励ましていただきました。

もちろん妊活、子育て、介護、それだけではなく、いろんな人生での積み重ねが、なにかしら自分の公私で活かせることは多いと思います。

体験しなくても友人の相談、読書、映画やメディアからの情報などで学べることもありますが、体験することでの勉強量はとてつもなく大きいです。

 

父は前向きなので、「お父さんの身体が、こうなったからこそまわりの人間が学ぶことは大きい。」と、人に世話をかけておいて笑顔でいってきますが、「こんなになってもてごめんな。」と、日々謝られるよりは、笑えますし、「まだまわりのおじいさんらより若いんやからしっかりしてや。」と、言い返すことも出来るので、憎たらしいことがほとんどであるものの、あの前向きさや自分への甘さがゆえに、こちらの心が癒やされることも多いのだと思います。

いま、コロナ禍で経験しているあらゆる不自由さも、いつかきっと人生で生きてくると思い逞しく前を向いていかねばと思います。

 

今日も長くなりました。

前回、けっこう悲惨な父とのやりとりを書かせてもらいましたが、私が命をおびやかすような病気なのでとあまりつきたくはない嘘をつき、父にも、もう少し、私に負担かけないようにおねがいしたいと話してから、けっこう穏やかに過ごしてくれてる父ですが、どう頭が転換したのか、「めぐみちゃん、妊娠してるんやでたぶん。」と、言ってきました。

そう思うならそれでもう、私は父が穏やかに、サ高住のスタッフさんやまわりの住人さんに迷惑かけず過ごしてくれたらそれだけでいいと思うようにしました。

本来だったらオリンピック、パラリンピックがいよいよというこの7月。

来年には「やっと観れる!」と思えるように。

通常の世の中に、そして、より良い意味でのwithコロナになる日が早く来ますように。

 

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遠隔介護ブログ(第29回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

マスクでより一層暑いという日が続きますね。ひんやりマスクなども出てますが、昨年には考えてもなかったUVカットマスクや、水着素材のマスクや、新しい工夫がどんどん形になり、まさに新型コロナウイルスと共存していくための新しい生活様式が世界中で(特に日本で)考え出されていること、報道で観るたびにドキドキ、少しわくわくしている自分もいます。

が、わたしの悩みの種は、やはり新型コロナウイルスではなく父です。

サービス付高齢者住宅に入居させていただいて3ヶ月。落ち着いたかな、いやまた荒れてるな、あっ、落ち着いたな、いやより一層荒れてるな、の繰り返し。

緊急事態宣言が解除されデイサービスが復活して、サ高住に入ってから通うデイサービスも変わったのですが、(系列は以前のデイサービスと同じ)前のデイサービスでも持ち込みさせていただいていた、和太鼓を(もともとはわたしの弟が幼い頃あまりにも神輿祭りが好きで、神輿に乗せていただくときの為に家でも練習したくて祖母に買ってもらった和太鼓です)新しいデイサービスにも持ち込み叩かせていたただいたりなどして、色々ありながらも元気に楽しく過ごし、デイサービスでリハビリもさせていただくので、緊急事態宣言中に一気に太り、血液検査の結果もがくんと悪くなってたのも改善され、往診のドクターにも褒められるほどだったのですが、(緊急事態宣言中に買い込んだ、夜中に食べるカップヌードルやおかきなどのお菓子はすべてドクターによって没収されたという経緯もあります。)

そうなると調子に乗り、体にいいからと自然薯を介護さんに買ってきてもらい、キッチンですり、何日かに渡って食べようとして、この暑さなので介護さんに腐ってると捨てられ、それで怒って大暴れして暴言も吐き、それが何度もあり、もう、このままじゃ、施設にはいられなくなるというところまでの大騒ぎになりました。

自分で言うのもおかしいですが、わたしはそこそこ父親孝行をしてるつもりですし、主人の協力もとてもあります。弟家族もなにかと父を気遣い、息子夫婦という世間の立ち位置で考えるよりもだいぶ、父に寄り添ってくれていると思います。親戚も常に父を気にしてくれてます。

なのに、自分は誰もかまってくれない、死んだほうがええんやろなどと毎晩、悪態づいた電話をしてきます。

これ、ほんまに、家の中で一緒に暮らしてたら、あってはならない事件に発展する、なんてことがたしかに、想像できてしまうなぁと正直思う日々が続きました。

仕事も目一杯やって帰り道に昼間にかかってきてた留守電に吹き込まれてる父の愚痴、文句、怒鳴りを聞いてから慰めるために電話し、また悪態づかれて、施設さんからももうどうしようもないですと相談されて、わたしの心はもう崩れかける寸前だったある日の土曜日。

その日は父の母である祖母の命日。

祖母に心の中で訴えかけました。

あなたが産んだ息子さん、どうしたらいいですか助けてくださいと。

でも生きてるわたし達が乗り越えねばいけない事態なんですよね。

そして、これを書いてる今、乗り越えたかというと、そうでもなく、まだ悩みの中にいます。

が、とりあえずいま、施設から追い出されてしまうことは避けたい。ほかの施設を探すのがしんどいではなく、もちろん父が実家に戻り、一人暮らしをするのはもう不可能だと思いますし、(今のサ高住入居前は、もう一人暮らしは限界だと言ってましたし)私達子供の家にというのも共倒れになるという懸念もあるのももちろんですが、今のサ高住の施設長さんやケアマネさんの想いをお聞きし、何回もお話を聞き、これだけ入居者さんのことを考え、家族さんのことを考えられてるこの施設さんでお世話になっていきたい、ここで無理ならどこも無理という思いがとても強くあるため、なんとか今回も乗り越えていきたいと思うのです。

なので、、

とりあえずの策として、

私の体調がすこぶる悪くその原因は父にあり、あなたが困らせるストレスで私の体によくない病気が襲いかかっていると訴え、号泣をしてみました。。

ほんとにとりあえずです。

やっと父は謝ってくれました。

体が不自由になり、自分でもなんでも出来てきたつもりでいるのにそれがなかなか思うどおり出来ず、施設でこれも禁止、あれも禁止と、それは父のために言ってくださったとしても、なにもかも自分の敵だと思ってしまう。きっと父だけではなく、お年寄りや障がいのあるかたが少なからず思われることなんだと思います。

その時に、感情をむき出しにせず、まわりを不快にさせず心をコントロールする訓練が父には全く足りない、それが全ての私のストレスの種。

ただ、祖母が現在の施設に入居したころも最初の5年ほどほんまに色々ありました。祖母は日頃感情を出すタイプではないのに、同部屋のかたと喧嘩してその人を部屋から引きずり出すようなことまでやってました。

そう考えると、、全くなにもなく新しい入居生活がすんなりうまくいくなんて、余程の人間出来た方でないと難しいのかもしれないなぁと思います。

 

仕事中は、もちろん仕事に専念しているので全く父を思い出すこともないくらいです。

もちろん、仕事上のストレスは誰にでもあるものですが、私生活のストレスを忘れさせてくれる仕事があることに本当に感謝し、もし、介護や子育てでストレスを抱えられてるかたがおられるなら、もちろん趣味で発散もあるでしょうが、なにか没頭できる仕事でお給与もいただいて両立させていくのは大切なストレス発散方法なのではないかと思いました。

私が遠隔介護ブログをここで始めたのもその思いがきっかけでした。

まだまだ続く、ストレスの種との向き合い生活。

元気に乗り切れるように、本当に私が病気になってしまわないように、せめて父より長生きできるように、あしたからも頑張ります。

このブログもそんな私のストレス発散方法なのかもしれません。お付き合いありがとうございます。

そんなストレスの種の父に、こんなかわいい手作りマスクを渡した私。

できた娘だと思うんですけどね♪

でも免疫力をあげて、新型コロナに負けない体を作れるように、この夏も笑顔で乗り切っていきたいものです。来年の夏は、高校球児が、甲子園球場で戦う姿が観れますように・・と、

五輪ももちろんですが、通常の事が通常に行われる事を楽しみに強く生きていきたいですね。

 

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遠隔介護ブログ(第28回)

こんにちは、コーディネーターの渡邉です。

まだまだ新型コロナウイルスの影響をうける毎日ですが、医療職の方々におかれましては、私たちのような一般のものが感じている不安などより想像もつかないほどのご不安と緊張感の中で日々ご勤務、そして生活を送られていると思います。本当に毎日感謝の思いです。
まずはそのお礼から今回は始めさせていただきたいと思います。

いつも本当にありがとうございます。

 

毎回書かせていただいておりますように、この遠隔介護ブログの主役の父は一人暮らしの末に、サービス付高齢者住宅に4月から入居。その中で、この新型コロナウイルスの緊急事態宣言発生という状況を迎えました。

入居が4月4日でしたので、その翌週に緊急事態宣言が出されたわけですが、緊急事態宣言発令中の県には住んでいるものの、もちろん、市区町村によっても、感染者数の凸凹はあり、緊張感もやはり違います。

郊外に住み、そのまま同じ市内の施設に入居した父には、阪神間に住む私の緊張感はあまり伝わらず、入居してからは「好きな時間にご飯が食べれない」「せっかく行き出したデイサービスが、緊急事態宣言解除されるまで閉鎖になった」「目の前にスーパーマーケットあるのに、今は行ったらあかん言われる」「髪の毛も切りに行かれへん」「風呂も自由に入られへん」「トイレがウォシュレットじゃないから便秘になる」「友達に電話しても今は会いに行かれへん言われる」などなど、一人身の自由さから、施設入居である程度ルールを守った生活になるための不自由さ、そこに緊急事態宣言も加わった不自由さで、毎日、3回・4回と電話をしてきます。
もちろん私は仕事中なので出ないと、何度も何度も留守電に入れます。

私に言い足りない時には、施設長さんに電話をして直接嘆いたり(それも朝の5時~夜中まで)、以前通っていたデイサービスの所長さんや自分の弟や友人たちに電話して、自由がないと愚痴を言ったりと、本当に、「人の迷惑顧みず」「人の時間に土足で踏み込む」という甚だ迷惑な存在にどんどんなっていきました。

私が、3回も4回もの電話をとれずに、夜ようやく仕事が終わって電話すると、怒り口調で「わしを殺す気か(ウォシュレットにしてくれないから便秘がひどすぎて)」と怒鳴ったり、「情けない、もう死ぬしかない(食べたいものが食べれない)」と泣き出したりと、こちらがおかしくなるんじゃないかという思いで、新型コロナウイルスによるストレスも忘れるくらいのストレスを、父から4月は日々与えられました。

そんな中、以前お世話になったデイサービスに父がお借りしていた服を返却に伺うと、所長さんが「お父さん、こないだ電話くれたよ~また所長に会いたい、デイに行きたいてゆうてくださって、まだ頼りにされてるのが本当にうれしかったんです。」と言ってくださったんです。「ご迷惑ではないですか?」と聞くと、「とんでもないです。私らのこと忘れんとおってくださって、その上、会いたいって頼りにしてくださるなんて、本当にありがたい。またお祭りの時とかいつでも遊びにきて、いつでも電話してきてってお父さんには御伝えしましてん。」とのお答え。もう天使に見えました。それは父も甘えて電話したくなるくらいの優しさですよね。

現在の施設の施設長さんも、本当に、介護の知識・経験が豊富な方で、1週間もすれば父の扱いにも慣れてくださり、夜中や早朝の電話は出なくても大丈夫であること(緊急ではないこと)や、ウォシュレットトイレにも父の部屋だけ対応いただけること、食事も皆と同じ時間が無理なら、部屋におにぎりとおかずを届けてくださり自分の好きな時間に食べれるようにしてくださるなど、本当に施設自体の無理のない範囲で父に適応してくださりました。

そして、私が感動したのはとにかく、リモコンをなくす、財布をなくす父に関して、ベッドサイドに紐を何本もつけ、財布をつないだり、リモコンにはスマホアクセサリーで使うリングをつけてそれを紐でつないで、なくさないようにして寝ながらすぐにとれるようにしたりなどアドバイスをくださり、私と主人でその対応をすると、「物がなくなった」の電話はかなり減りました(それでも、薬をなくしたり、料理バサミをなくしたり、何かと紐でつなげないものはなくすのですが)。

このように書くと、どんどん問題は解決し、安心・安全に暮らしているように受け取っていただけるかもしれませんが、デイサービスが閉鎖されていることで、日々のリハビリがないため、とたんに歩けなくなり、今は、推し車だった生活から、自走式の車イスに変えて生活をしていますので、おそらく便秘もトイレがウォシュレットではないということよりも「運動不足」というのがありえると思います。デイサービスにも行かないと、朝に起きなくなり、規則正しい生活が出来てないので、それも体調不良、ずっとどこか不調という原因でもあります。

ただ、私たち家族ももう「健康で長生き」ではなく「生きている時間の父が少しでも機嫌が良ければ」という思いのみにかわっているため、「健康でいる努力」を父に求めるのは、期待するのはやめました。。。冷たいかもしれませんがそれが現実です。

緊急事態宣言でも、家族が外に散歩に連れ出すのはOKをしてくださってる施設なので、父の車イスを押して、施設の近所を散歩した時にとっても面白い銅像に出会いました。

今まで何度も車で通った道なのに。車イスを押しながらの目線で、ゆっくり歩くと、初めて発見出来た銅像。疲れ切った心が一気に笑顔になる銅像の表情に本当に癒されました。

そして、瀬戸内寂聴さんが介護をしている方へ送った言葉の中にある「まずは、(介護する相手を)褒めてあげてください。」というのを思い出しました。

そこからは、どんなに自分がつかれていても忙しくても、父からの電話には明るい声で出て「お父さん、今日もいい声やね。」「元気そうで良かった。」と出来るだけ、プラスの言葉をかけるようにしています。

そうすると少しだけ、父からうけるマイナスな言葉も減ってきたように思います。(期待するとどんでん返ししてくるのがここ数年の父なので、今の自分の心がけが成功しているのかどうかは本当にまだわかりませんし、気が抜けませんが)

でもやっぱり相手を変えるにはまずは自分から。
それを身近な家族とのやりとりで本当に教えられる毎日です。

そういったことを仕事や私生活でも活かしていって、心に余裕のある人間になっていけたらなあと、心底思います。
日々、やはり勉強ですね。しんどいことこそ、自分を成長させてくれますね。

 

まだまだ世界中の人たちがしんどい日々が続きます。

その中でも良かった事探し・・地球がキレイになっていっていること、自分磨きの時間が増えることなど、関わる相手をまずは褒める、自分を褒める、良かった事探しをするを1日1回ずつ心がけて、ちょっとでも笑顔の時間が増えるようにしていきたいものですね。

長くなってしまいましたが、今日より明日が少しでも良い1日でありますように、次書かせていただく時こそ「ようやくマスク外せそうですね!」と書けますように。

願いをこめて、遠隔介護ブログ28回目を終わらせていただきます。

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遠隔介護ブログ(第27回)

こんにちは。コーディネーターの渡邉です。
遠隔介護ブログ27回。

前回も、前々回も、新型コロナウィルスが早く終息しますようにと書かせていただきました。が、緊急事態宣言まで出るという状況になり、世界中のみなさんが日々、恐怖とストレスの中で闘っていらっしゃることと思います。

私はというと、、新型コロナウィルス以上に、施設入居を始めたばかりの父の我儘、自由奔放さにふりまわされ、いらだち、ストレスを抱えており、父のその言動のおかげで、新型コロナウィルスの脅威を忘れそうになることもあります。。

そのストレスについては今は少しおいておくとしまして。

父が施設に移ってから、主人と2人で父が暮らしていた実家の掃除を2週間に1回、2時間ずつくらいですがしておりまして。

冷蔵庫の中も、どこも、かしこも「なんでこんなんほかしてないのん。」という賞味期限のきれた食材や買い込んでる缶詰ものや、使いそうにもない物品だらけ。

どんなに体がしんどくても、流し台は洗いきれてない食器が山積みでも、父が必ず自分で掃除を続けていた大事にしていたお風呂場には、お掃除グッズも沢山。

家の中すみずみに、母が亡くなってからの11年、父が頑張って不器用ながらに生活してきた証があふれていました。

わがままで自由気ままでまわりを振り回す父ですが、ほんとに必死に生活していたんだと実感しました。

二度とこの家に戻らないわけではないけども、もちろんお正月などは、この家に連れて帰り、一緒に過ごせたらとも思ってますが、かつては家族6人で暮らした家に今はもう誰もいない、それがあらためてとても寂しいことなのだとわかり、なんとも言えない気持ちになりました。

昨年9月に亡くなった祖父のお骨は1周忌がくるまで、お墓には入れずに祖父が誇りにしていた大きな仏壇の前に供えています。

父が施設に入るにあたり、父以外の弟妹、祖父の息子、娘に持って帰ってもらおうかと相談すると、「おじいちゃんはこの家が好きやからこの家を守ってもらおう。」と、それこそ、ひとりぼっちで寂しいかもしれませんが、お留守番のお願いもこめて仏壇の前にそのまま居てもらうことに。
私達夫婦や、叔父が、2週間に1回ずつはお参りに帰り、お花をかえようということに。

父の施設生活は始まったばかりですが、冒頭にも書かせていただいたように日替わりでいろんなことが起こります。それはまた追々書かせていただきます。

 

次回、このブログを書かせていただくときにはなんとか、緊急事態宣言が撤廃されてると信じて今、自分が出来ることをしっかりやっていきたいと思います。

 

マスク不足のなかですが、我が家では、マスクホルダーをゲット。

キッチンペーパーさえあればマスクになる、素敵なアイデアを、四国のかばん屋さんが、自社のカバン作りで余った革を活用して作られたものです。

不足しているものをどうカバーするか、様々なアイデアが生み出され、物を大切にする風潮が広がっていることや、地球がきれいになっていっているのは憎き新型コロナウィルスではあるものの、人間として考えさせられる光なのかもしれません。

 

日々、この事態の中、闘ってくださっている医療職の方々に感謝をしながら、今回のブログを締めくくらせていただきます。


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遠隔介護ブログ(第26回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

コロナウィルスの影響でイベントなどは自粛。
ということで弊社も3月に予定しておりました、心電図セミナーと4月に予定しておりましたフィジカルアセスメントセミナーを中止させていただきました。
ギリギリまで開催したいと対策をねっていたものの、講師の先生も参加者様もドクター及び看護師さんということで、このコロナウィルスに最前線で注意を払われておられる方々、中止はやむを得ないという状況が理解できました。

もちろん、世界中の人たちが楽しみにしてたイベント、学校行事、観光等々を自粛して、家族で過ごされる時間も、想定以上に増えているかと思います。我が家もそのように、セミナーでの出勤がなくなったり、様々なイベント中止をうけ、もともと映画好きの夫婦ですが、いつもより多めに映画館に通えました。

映画館に行くのも自粛したほうが良いのかとも思いましたが案外、これが映画館、にぎわってます。
アカデミー賞最優秀作品賞の「パラサイト半地下家族」と、アカデミー賞最優秀主演女優賞の「ジュディ虹の彼方に」を、この2週間でたて続けに観ました。そもそも先に「フクシマ50」を観ようと思ってましたが、少しだけ、いま、コロナの不安で心がしんどいので、笑えたりほっこりするものを観たいなと。
なめてました、パラサイト半地下家族。心がえぐられます。
ジュディは、ハリウッドで活躍した実在の大女優の一生ですが、これもまた胸うつものがあり、幸せってお金で買えるのか買えないのかを考えさせられる2本でした。

本を読む時間も増えました。
何かしら、このコロナウィルスの影響もプラスに考えないといけないなぁと思う毎日です。

そんな中、この遠隔介護ブログの主役、我が父は、高齢者大学大学院を卒業、卒業式で無事に卒業証書をいただくことができました。
私は車椅子の父を押す担当で列席させていただきました。
他の市町村の高齢者大学は卒業式中止もあるそうですが、父の通う高齢者大学では無事に卒業式が開催できました。たしかに、コロナにかかると一番危険な年齢層が集められるので普通は中止ですよねと、事務長さんが自虐ネタも言われてました。

開催できた卒業式ですが、来賓や在校生の出席は無しで謝恩会もお弁当を食べるだけに変更されました。
決行することに至った理由や流れを説明されてる事務長さんは涙ぐまれてました。それだけ、やるも批判覚悟、やらないはつらすぎるというどちらにしても苦渋の決断だったのだと思います。

小中高の卒業式も来賓、保護者列席できないだらけだと思うので、日本で身内の卒業式に参加させていただけたのは私だけではないでしょうか。

仰げば尊しも蛍の光も、一緒に歌いました。

私自身の高校の卒業式では、父がPTA代表で挨拶しました。
2ヶ月前に心臓の大手術をしたばかりなのに名誉あることやと、挨拶は断らず痛い手術痕をおさえながら挨拶してくれました。

そんな父の目標だった高齢者大学大学院卒業を後ろから見守る私。

定時制高校に通いながら大工になった父は、学歴コンプレックスがあったそうで、本当に念願の高齢者大学〜大学院、6年間の通学だったようです。
卒業式の日までそんなコンプレックスを私には話さなかったのですが。

もちろん、休みがちでした。体調もありますし、元気な方のように修学旅行も行けず、お弁当も作れないし買いに行く車も失い、お昼ご飯がどうにも出来ず、泣く泣く休んだこともありました。でも、辞めずに卒業証書をいただきました。

車椅子押してくださいと言ってくださった事務長さんに感謝、そして、そのような理由での有給休暇を、快く認めてくださった上司に感謝してます。

ラスト大学院の校歌斉唱、その校歌は私の中学時代の恩師の作曲。
恩師は、とてもピアノが上手でその人のもとでいろんな歌を歌わせてもらい(中学生で、五輪真弓さんの「恋人よ」とか練習させてもらいました)、それが今の私のワークステーション音楽隊入隊にもつながっているので、恩師には感謝しかありません。

30年近く前、14歳の私は、故郷の歌を父に言われて作詞し、その詞に、その恩師が作曲してくださり、今でも、故郷では歌われているという田舎ならではの想い出もあります。

そんな私にとっても思い入れ深い卒業式も終わり、教室に戻り一言ずつ挨拶される中での父の挨拶は、「車椅子の自分がみなさんと一緒に卒業出来たのも、皆さんの優しさのおかげです、遠足のときも車椅子を押して下さりありがとうございました。みなさんも、わたしの存在で、障がいのある人への接し方を学んでいただいたのではないでしょうか(このへんが父の前向きなところです)、そして、わたしは4月から高齢者住宅◎◎へ入居が決まりました。市内にありますので、遊びに来てください。施設を考えてるかたは、とてもいい施設なのでぜひ入居してきてください。そして、施設に入っても皆さんの集まりには参加したいので、絶対に誘ってください。本当に6年間、ありがとうございました。素晴らしいクラスでした。」

何かを読むわけでもなく、自分の言葉でしっかりと、今でも私が思い出せるくらい端的に感謝と思いを全て詰め込んだ、良い挨拶だったと思います。

 

父は大学院卒業を1つのけじめと考えてました。
卒業したら施設入ってもいいと、ずっと言ってました。それが実現します。

来月の引っ越しに向け、私は土日、準備にもけっこう時間を使ってますが、父のその前向きさに助けられ、なんとか順調に手続きも、必要なものの購入もすんでいってます。
不安だらけですが、きっと父が1番不安なので、いつでも会いに行くからねというのを全面に伝えながら、春を迎えられるようにしたいと思います。

今回もとても長くなりました。
遠隔介護ブログ26回目。

次書かせていただくときには、コロナウィルスでのイベントや通学自粛が解かれてますように、願いをこめながら締めくくります。

遠隔介護ブログ(第25回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

遠隔介護ブログも25回目。
いつも長文になってしまうので今回は短めに。

前回書かせていただいた独り暮らしの父が、サービス付高齢者住宅に入居する事が決定したことの続きです。

自分の目で見学した父はとっても気に入り、実際の入居は4月からですのであと1ヶ月ちょっとあるのですが、もうそこに住んでる夢も見るくらいだそうで。

そして自分の友達にも電話で宣伝を始め、場所や中身の説明、そこから入居価格や、施設名の説明になると私に電話をかわり、最終その施設の連絡先まで教えて、新築なので部屋が空いてるうちに自分の知人もなんとか一緒に入居出来たらと積極的に活動する状況。

施設の社長さんの眼の前でもそんな電話を父が始めたので、「営業してくれてはりますね。」と、社長さんも微笑ましく父を見守ってくださいました。

なんにしても、この前向きさは見習わないといけないなぁとあらためて思いました。

ほんとは不安も寂しさもあると思います。
生きてきて、初めて実家を出て暮らすことになる父ですから。

 

私はというと、ここから休みの日は、ほぼ、父のその第二の住処への準備に走り回ることになると思います。
施設と言ってもマンションの一室と同じ。ちょうど春から、独り暮らしをされる学生さんや新入社員さんたちと同じように新しい生活用に色々準備することになります。

主人に、「カーテンくらいはお父さんに好きな色、柄、選んでもらったら?」と言われましたが、最近の父は暇さえあれば寝たいので、「買い物行こう。」と連れ出しても、お店に着くと「車で寝とくから買ってきてくれ。」なので、カーテンの柄がどうとかも、もうこちらに任せてもらうことに。

ケアマネさんも、今までデイサービスや在宅介護でお世話になってるケアマネさんとは替わります。施設のケアマネさんになります。

父は不安がってましたが、施設のケアマネさんも、今まで長年お世話になったケアマネさんのお友達と知って、ひと安心。要介護と認定されて生きるには、どんなケアマネさんに出会えるかで、確かに生活のしやすさは全くかわってくると実感します。

施設も、別のサービス付高齢者住宅を見ていたときに、入居時に印鑑証明や戸籍謄本や、用意するものが多くて、平日に仕事休まないといけないなぁと3月はただでさえ年度末で仕事忙しいのにどうしようと思ってましたが、今回決まった施設さんは、「介護保険証があれば不要ですよ」と言ってくださいました。

なので、後はお金のやりくりと、入居への日用品をそろえるだけ。
お金は確かにかなりかかります。高級有料老人ホームじゃなくても、それなりにかかります。父にも今までよりは少し節約してもらわねばと思います。

また違う闘いがここから始まるのです。
自分の老後も考えると、貯金ってすごく大事だなぁと思います。

 

でも、、やっぱり、頑張ってる自分へのご褒美と、食べたいものを食べ、欲しいものも買ってしまいますね。。
色んなものを我慢できませんが、私は観たい映画の我慢が出来ません。忙しくても体調不良でも金欠でも、観に行ってしまう映画。
2月は3本。

◎嘘八百
(関西人にはたまらない笑いがたっぷりの映画)

◎グッドバイ
(太宰治さんの未完の小説が映画化)

◎フクシマ50
(東北の震災時の福島の原発の実話)

で、来月はまずはパラサイト半地下家族をおさえようと思います。今更ですが。

 

なんにせよ、歳を重ねるほど、現実を受け入れ、意地をはらず、周りの人の意見を聞き、前向きに人生を考える、、
それがどれだけ大切か、父の今の状況から教えられる事が多い毎日です。

結局今回も長くなってしまいました。
次回書かせていただく頃にはCOVID-19が終息し、穏やかな春が来てますように。

 

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