なべめぐのドすっぴんブログ第30回♪

こんにちは。コーディネーターの渡邉です。

先日、忠臣蔵でおなじみの赤穂浪士のお墓がある、東京の泉岳寺まで、赤穂浪士さんのお墓参りに行ってきました。

子孫でもなんでもないのに、なぜお墓参りに行くのか、それは忠臣蔵が好きだから。
父や祖父が、年末になるとずっと忠臣蔵のドラマ観てましたし、いや、あの頃は各家庭でおそらく、5時間も6時間も放送されている忠臣蔵のドラマをずっとは観れなくても、要所要所観て今年も面白かったなぁ、いや、去年のが大石内蔵助よかったで、など言い合って観られていたのだと思います。

兵庫県民で、赤穂市も身近なので、赤穂市の大石神社にも行ったりしましたが、47士がそのまま眠っているという、泉岳寺のお墓参り行かないのは赤穂浪士ファンとしてまだまだファン度が足りないと思い、行ってまいりました。

主人と2人。

泉岳寺駅降りて徒歩3分位で到着。
赤穂浪士の墓地の方に入るときに、線香代を渡し、お線香の束をいただき、浅野内匠頭、瑤泉院様(浅野内匠頭の奥様)、赤穂浪士全員のお墓にお線香を供え、お参りができます。

堀部安兵衛さんのお墓を写真撮影してたら
「堀部安兵衛のファンですか」と
話しかけてこられた、鼻ピアス、金髪、マツエクバリバリ、両腕に沢山のタトゥーという、私の友人にはいないタイプのお姉様。
こちらがぎょっとしながらも、堀部安兵衛さんがやっぱり好きでと伝えると、そこからどんどん赤穂浪士の話を掘り下げてくださり、知らなかったことも沢山教えてくださいました。
ボランティアガイドさんでした。

人は見かけで判断してはいけないと言いますか、一見、まったく違う世界に生きてそうなそのお姉様が、私より赤穂浪士がお好きで、詳しくて、一人一人に尊敬の念を抱き、忠実にこの討ち入りについて語ってくださる、なんて素晴らしい方だろう、そして沢山観光客はおられるのに、なぜ私たち夫婦に話しかけて下さったんだろうとありがたく思い、20分近くお話を聴き、泉岳寺に行く前より深く、赤穂浪士に尊敬の気持ちを持ち、赤穂浪士ではなく「赤穂義士」なんだと。
そして、47士ではなく48士なんだと、沢山学べた大切な時間になりました。

私は、忠臣蔵好き好きと言いながら、何にもまだまだ知らなかったと、ちょっと恥ずかしい思いにもなりましたし、
やはり
いろんな世間を観て、まだまだ小さい自分に気づき、人から吸収することの大切さを学んだ出来事でございます。

いま、いろんなコンプライアンスの関係で、討ち入り、仇討ちという意味が強く出てしまう、忠臣蔵をTVではなかなか取り上げづらいとされているようですが、
恩や絆を大切にした、日本の美しい歴史は正確に語り継いでいかないといけないなぁと思い、完全に私的な想いですが、ここにも書かせていただきました。

歴史を感じながら、新しく学べたことや、来たかった場所に来れたことで、満足しながら泉岳寺を出た所で、私と同い年くらい(アラフィフ)の女性とそのお母様らしき方がおられ、その私と同い年らしき人がずっとお母様(だと思われる人に)
「何回言ったらわかるの?」
「私をこれ以上怒らせないで」
と何度も怒鳴ってらっしゃって、お母様(らしき人)はうつむいてなにか、ぼそぼそ言われている感じがあり、その横を通り過ぎながら、何があったかはわからないけれど、あんな風に皆の前で怒らなくても。。と思いつつも
「私も、父にあんなふうだったなあ」
「レストランでも、スーパーの中でも父に怒鳴ってしまい、怒鳴りながら涙していた時があったなあ。主人やおばに、なだめられてたなあ」
と思い出しました。

その親子さんは、どうかわからないですが、私は母を亡くしてから、身体がうまく動かない父との関係に悩み、しんどく、自分の心が壊れそうになるギリギリのところで、父にイライラをぶつけてしまってましたが、今考えると、不自由な体で、妻も亡くし、高齢の祖父(父の父)とも一緒に暮らし、寂しさも不自由さもひとしおの中、頼りの娘に、何かある事にイライラされてた父には、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

私にはそんな私を
「イライラしてもしょうがないよ、めぐみさんは頑張ってるよ」
と言ってくれる親戚や主人や友人が沢山いましたが、それでもやっぱり、怒ってしまった後は、反省もしましたし、それでも、私に不器用ながらも愛を注いでくれる父が愛しく、大好きでもありました。

あの女性も、きっと後でとっても反省されるだろうし、自分で自分が嫌いになる事もあると思いますが、お母様と常に仲直りして、癒しあえるお時間があればと祈るばかりです。
おせっかいではありますが。。。

子育て・介護、様々な場所で、どちらにも感情があり、いつも穏やかにはいられないと思いますが、つながりあってる大切な時間を後悔のないように過ごす事が、大切なんだなあと、改めて思った出来事でした。

さてさて、涼しくなったり、また暑くなったりの季節ではありますが、様々なことで思い悩むことも多いこの世の中、リフレッシュの為にも、自分自身の好きなことに使う時間も大切にしながら、健康的に秋を過ごしていきたいですね♪

なべめぐのドすっぴんブログ第29回♪

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

8月末に心電図セミナー開催を予定しておりましたが、あのノロノロ台風10号の影響を考え、泣く泣く中止…
結局予定していた当日は
「電車普通に動いてるやん、案外、なんもないやん、雨もなんなら降ってないやん、えっ、プロ野球の試合あるやん」の1日で、中止したことを後悔するような京阪神の状況でもありましたが、もちろん日本各地では、大変な被害をうけられているところもありますし、今回のように判断したことも、あとあとの経験値として生きてくると考えていかないといけないなぁと感じました。

どこの時点でどう判断して、どう伝達をするか、、に悩みまくった1週間でした。

それというのも、私はとにかく昔から、えっ、なんで、という失敗が多く、幼い頃から「とにかく鈍臭い」が、キャッチフレーズのような人生を送ってきました。

幼い頃に観たドラマ「スチュワーデス物語」(このタイトルで、懐かしい~と思ってくださった方と語り合いたいくらい、おそらく弊社の社内でも、もう3割くらいの社員しかその時代に生まれてなかったと思います)
の堀ちえみさんが演じる主人公がよく言われていた「ドジでのろまな亀」というフレーズを、自分のことだと置き換えて生きてきました。

旧体育の日に生まれたのに、とにかく運動音痴で、徒競走もマラソンも毎回最下位争いですし、スキー合宿では、あまりにもスキー出来なくて、同級生たちにはいまだに語られる「スキー板担いで下山してきた事件」にも発展したり、もう上げたらきりがないくらいの出来ないっぷりでしたし、
学生時代のバイト先の室内遊園地でも、掃除してるだけなのに、なぜか消火器を派手にこかしてしまい、消火器が暴発して、室内遊園地中が真っ白になってしまったり、
学生時代、放送部に所属してたら、放送室のカフをあげたままで、独り言喋ってしまってたり、
きっとこんな感じで、覚えてるもの以上の何倍も覚えてない失敗をしてきたので、何も失敗してない日の方が、珍しいくらいなんだと思います。

慌てん坊、集中力がない、注意散漫、色々原因はありますが、これも全部、関西魂で「失敗はネタにしろ」という頭が働き、隠さず、すぐ誰かに話し、ウケなかったら、ウケるように、次の人には、ちょっと盛って話しをする事を、繰り返して生きてきました。これだから、反省も少なく、余計に、失敗だらけの人生なんだと思います。

SNSが発達してからは、口で喋るだけじゃなく、それを書いて発信することで、いろんな反応をもらうようになり、どうやったらええ感じで書けるかも、工夫を重ねるようになりました。

SNSって悪い影響もたくさんあるけど、やっぱり良いこともたくさんあって、1番わたしにメリットなのは「過去の思い出」が毎日、勝手にあがってくるので、SNSやりだしてからの「○年前の今日」っていうのが毎日観れて、あんなん書いてる、こんなん書いてる、こんなんあったんや、、と思い出のなかの自分に、呆れたり感動したり、笑ったり、が、ほぼ毎日あります。

ここ数年で1番笑ったのは、父が生きていた頃、カレー屋さんに行って食べてる最中に
「このカレー熱すぎて、食べるのに5年かかるわ」て言ったので
「ほな、5年後に迎えに来るわ」とわたしが返したエピソード。
父の困惑した表情と、美味しそうなカレーの写真とともにあがってました。

私のちょっと話盛るくせは、明らかにこの父の影響なんだろうなぁと思います。

失敗が多い私は、自動車教習所に通ってた時代も、まだオートマ限定で免許とるのがそんなに主流じゃなかったので(就職も、AT限定不可と応募条件に書かれてたことが多々ありました)
まぁ、田舎で、軽トラも運転しないといけないしと、ミッション車で免許とったのですが、坂道発進とか、ミッションでほんとに上手くいかなくて、落ちまくって、補講補講で、なかなか卒業できず、母に追加講習料を5万円くらい払ってもらって
やっと免許証が取得できた私に、唯一父が教えてくれたことが
「もし、運転中にパンクしたり、車にトラブルあったら、女の子は、車停めて泣いとったらな、優しい男の人が助けてくれるからな、自分でなんとかせんでええねんで」ということでした。

携帯電話も普及してない時代だったので、たしかに一人で運転してて、トラブルにあったら、自分ではなにも出来ないのはわかっています。

でも、それが父親として、娘に言うことなんやろかと、さすがの私も、なんじゃそれと思ってたのですが、実際社会人2年目のときに仕事中(毎日運転して営業にまわる仕事でした)社用車の車がパンクし(運転誤り路肩に派手にタイヤを乗り上げてしまったのが原因です)、一旦車を停めて、路肩に出て、途方に暮れていたら、すぐに通りがかりの親切なお兄さんが助けてくれて、スペアタイヤに替えてくれて、すぐに会社に電話して、整備工場に持っていくようにと教えてくれました。

お名前聞いても教えてくれず、お礼も、近くの自販機に売ってたコカ・コーラの
ペットボトルを渡すことしかできなかったので、そのあと数年、何度も探偵ナイトスクープに、あのお兄さんを探してほしい、お礼がしたいと依頼しようかと悩んだくらいでした。

でもあの時、真っ先に思い出したのが、父の「女の子は泣いとったらいい」という言葉でした。
実際は泣いてなかったですが、いいように変換すると
「困ったときは誰かを頼りなさい」
なんやろうなぁと今なら理解できます。というか、無理やり理解してます。

失敗が多い人生だからこそ、念には念をいれて準備したり、周りにもコツコツ型だと言われるくらい、何ごともコツコツ、早めから取り組んで、人の何倍もやらないと、みんなと同じ成果を出せないと頑張ることもありますが、どんだけやっても、なんじゃこれみたいな結果になることも沢山あるので、そんな私には
「困ったときに素直に助けを求める」は
人生において、けっこう重要な事なんだと思います。

そして助けてもらった時は、ちゃんと感謝を伝えること、助けてくれようとする人の優しさには素直に甘えること、困った時こそ、その想いも忘れずにということや、私自身も誰かが困っているときは、なにも出来なくても、とにかく声だけでもかけれる人間になりたい、そして人のしんどさがわかる人間になりたいと、日々思っております。なかなかできないのですが。。

このブログを書いている9月も公私ともに、なんでやねんという、失敗をくりかえしております。

今更一生傷のような、太ももに火傷も負っております。

子どもの頃は、40歳になれば勝手にW浅野になれる(この表現もわかっていただける世代は限られてると思いますが)と、かっこよくてシュッとした、ワンレンでロングヘアーが似合う女性になっていると思ってたのですが、全くなれないので
自分のこのバタバタした性格を受け入れ、人に迷惑をかけることを少なくする努力をし、困った時は素直に声をあげれることを大事に、生きていきたいと思います。

我が人生に常に父の名言ありです。

写真は、いま、ちょこっとプロ野球好きに話題の
「負けた~負けた~また負けた~」タオルです。
この裏は
「勝った~勝った~また勝った~」になってます。

ちゃらんぽらんさんという以前漫才をされてた、冨好さんという方が、とっても西武ライオンズファンなんですが、あまりにも今年負け続けるので
「負けた~負けた~また負けた~」と
負けをネタにして、TikTokで動画配信を毎日していたら、どんどんバズり、球場で、ちゃらんぽらんさんを知らない世代の若い人たちから、握手やサインを求められるようになり、若い人たちが真似して動画をTikTokにあげるようになり、それが追い風となってタオルまで発売され、私も買いました。
御本人も、こんなにバズると思われてなかったようで、急激に、若い人のファンも増え、単独ライブにも若いお客さんが増えたので驚かれてるそうですが
(しかも、単独ライブのチケットは数分で毎回完売します)

ほんとに人生、コツコツやっていることが、どこで花を咲かせるかわからないなぁと、この冨好さんのタオルからも学んだ私でした。ちなみにうちの主人は時々、冨好さんのTikTokの動画に映らせてもらってます。

人生に起こるいろんなことを、負けても勝っても、楽しめるように笑えるようにしていきたいなぁと思います。

なので、まだ事実をちょっとだけ盛る人生は続けていくつもりです。

今回も長々と失礼しました。

冒頭に書かせていただいた、今回中止になったセミナーですが、講師:寺町先生には、また3月末にご講義お願いしておりますので、近づきましたらこのホームページでも発信させていただきます。

まだまだ残暑が続きますが、皆様におかれましてもどうぞお疲れがでませんように。
実りの秋にむけて、鋭気を養いましょう。

ちょっとでもこの暑さの中の癒しになればと、日頃、動物苦手なので触れ合うことがないのに、無類の猫好きの友人とこれまた無類の猫好きの主人に付き合って行ってきた、猫カフェで華麗に猫ちゃんに逃げられている
私の写真を載せさせていただきます♪

なべめぐドすっぴんブログ第28回♪

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

夏の全国高等学校野球選手権大会、いわゆる、夏の甲子園が終わりました。

わたしは毎日、甲子園球場横を通って通勤しておりますが、夏の甲子園が終わると
甲子園球場を見ると、さみしくて泣けてしまうくらい高校野球が好きです。

もちろん現地観戦もします。
出場選手のデータが載っている本を広げながら観戦します。
選手だけではなく、その高校がどんな高校で、どんな出身者がいて、どんな監督がいてなども読み、頭に入れながら観戦しますし、中継を観るときも解説が、現役や元の監督さんなので、それぞれの監督さんの教える心情や、作戦への考え方なども、
野球を経験していなくともお聞きしながら、生き方、人生の勉強をさせていただいてます。

先日は、神奈川県の強豪校、あの松坂大輔投手が卒業した横浜高校の元監督 渡辺元智さんが、今年で解説からも引退されるということで、ラジオ出演をされ、今までの想いを語っておられるのを聴きました。

渡辺元監督の解説は、具体的でわかりやすく、選手・監督・ご家族・関係者へのリスペクトが端々に感じられる温かい解説で、大好きだったので、来年からはその解説をお聴きできないのは残念過ぎて、寂しすぎるのですが、80歳を迎えられ、今まで野球にささげた人生の中で出来なかった奥さん孝行をしたい、という想いをお聞きすると、本当に納得のご決断だなぁと思いました。

その渡辺元監督のお話の中で、勝てないチームをどうやって勝てるチームに変えたか、どうやっていい選手を獲得できるように体制を整えていかれたか、などのお話ももちろん命がけ、人生をかけてらっしゃって、心に残るものばかりでした。
時代に合わせて、選手との関わり方も変えてこられたお話。今でもプロ野球で活躍中の有名投手が、横浜高校時代も素晴らしい才能はあるけれども、コミュニケーションが取りにくく、話しかけても、まともに想いを聞き出すことが出来ないので、
どうやれば彼と向き合えるのか悩み、その当時、携帯でのメールが普及しだした頃だったので「メールの機能を覚える」と決意し、徹夜で携帯のメール機能を覚え、その選手にメールで連絡すると、きちんと想いが文字にして返って来たと。

その当時ももう、名門の横浜高校、しかも日本でも有名な名監督、渡辺監督が一人の選手、生徒とのコミュニケーションの為にメールを徹夜で覚えるなんて、わたしにとっては驚きのエピソードでした。

やはり、どんなに年齢や実績を重ねられても、時代に適応していける人が、時代の変化をきちんとわかり、学べる人が勝ち残っていける、それが世の中なんだとまた改めて学びました。

その日、そのラジオが聴けたのは、祖母が今年2度目の骨折をし入院をしたので、その手続と空き家の実家に空き巣が入り、その被害届けを出すための帰省で、会社に有給休暇申請をし帰っていたからなので、普段なら働いていて、ラジオは聴けない時間なので、ラッキーだったなぁと思いましたし、
祖母の入院も、思ってもなかった空き巣被害も、もちろんびっくりしましたし、空き家の空き巣、気持ち悪くて不安も沢山でしたがこれも経験と想い、なんだか前向きな気持で帰省することができました。

空き巣については、会社でもプライベートでも今回のことを話すと、まわりでも沢山、空き巣や盗難被害に遭ってる人がいて、エピソードを教えてくださり、今後の防犯対策を考える上での勉強にもなりました。

そんな、楽しいことも不安なことも起こった夏でしたが、今回の夏の甲子園には
知人のお孫さんが、ある、高校のベンチメンバーとして出場していて、そのこともありいつもよりも余計に、我が夫婦の想いは盛り上がりました。
主人は、そのご家族と一緒に、アルプススタンドでも応援させていただきました。

結局、その高校は見事優勝しました。

その知人から「応援ありがとう」とメールを戴きましたが、こちらとしては大好きな高校野球で、その知人のお孫さんがベンチにおられたからこそ、余計に気持も盛り上がり、ラストまで楽しませていただけたので、本当に感謝の気持でいっぱいです。

人生に起こるいろんなことが、御縁に感謝の連続だと想いました。

高校球児に、監督さんに、球児のご家族さんに、応援団に、たくさん元気を戴いた今年の夏。

まだまだ残暑が続きますし、台風もこれからは心配な季節ですが、苦しくてもそれが今後の自分の役に立つというのを、もう一度思い返し、少しでも笑顔で乗り切っていきたいなぁと思います。

皆様もどうぞ夏のお疲れでませぬよう、ご慈愛下さいませ。


※写真はわたしの気合を入れた
高校野球観戦の後ろ姿です、、、

なべめぐドすっぴんブログ第27回♪

こんにちは、
コーディネーターの渡邉です。

夏ってこんなに暑かったんやなぁ、という日々が続いてます。

わたしは、野球観戦が好きなので、もちろん夏の甲子園、全国高校野球選手権大会が、楽しみなのですが、地方大会でも熱中症で救急搬送される選手も出ていますし、甲子園も2部制にされるなど、対策を練られたとしても、どんなふうな大会になるのか、選手や審判、大会関係者の皆さんの、安全管理が、本当に年々心配だなぁと思う毎日です。

今年はその前に、パリオリンピック・パラリンピックもありますね。
観る方としては、楽しみが詰まった夏ではあるのですが。。

私と主人、どちらもの親が亡くなり、私達より高齢な身内として
もちろん、叔父、叔母などはいるものの、自分が直接心配しないといけない身内としては、特別養護老人ホームで安全な暮らしを送れている、祖母だけですので、こうなってみてこそ、こんな暑い中に、父や母も生きてなくて良かったよと、寂しさよりも安堵感がある日々です。

自分がそうなってみてこそ、周りの方々の、子育ても含めた家族との向き合い方についても勝手にですが、考えさせられることがたくさんあります。

遠く離れた親の病気のこと、
折り合いがよくない親との今後のこと、
子供と縁をきっている高齢女性のこと、、
10人いれば10人、抱えていることは違い、SNSで繋がっている人たちが、発信していることを見ると、あたかもみんな幸せで、楽しそうで呑気でいいなぁと、人を羨むことも多いかもしれませんが、ほんとは誰しも乗り越えていっていることがあって、
だからこそ、楽しみや幸せを見つけて、作り出して、SNSで記録としても発信している人も多いのでは、、
と思う日々です。

そんな中「家族じまい」という
桜木紫乃さんが書かれた本を読みました。

昔、結婚を反対されてから、ほぼ連絡をとってない親と、急に向き合うことになった女性が、主人公として最初に出てきますが、読み進めると各章で、それぞれ主人公が変わり、その最初の主人公から見た親のこと、妹のこと、次はその妹から見た親のこと、姉のこと、次は親から見た子ども達のことなど、どんどん、立場と見方が変わるという構成になってます。

家族だけではなく、もちろんどんなことも、立場、見方によって、真実はひとつでも、大きく感情や判断は変わるものだということを、わかっていてもなかなか、普段の生活や、物の考え方に、それを取り入れられていないなぁということを、痛感させられます。

親を人より少し早めに見送り、仕事でも、お仕事紹介ということを通してではありますが、ご相談いただく方々の、様々な家庭背景やご自身の体調、お悩みのことなどをうかがう日々ですので、友人、知人から何かを相談されたり、報告を受けても、ついつい、その場合はこうかもよ、こうしたら?などと、求められてもいない提案、あつかましいアドバイスなどを、してしまうこともありますが、冷静に考えて黙って聞かせてもらうだけで、ほんとうは良かったのかもしれないと、反省することもしばしばあります。

でも思い返すと、今から考えると、自分がとても辛かったとき、母の余命を、ドクターから一人で聞かされた時、もう助からないと聞いて、母が初めて私の前で泣いた時、父との向き合い方に戸惑い、自分まで心を壊しそうだった時、

やっぱり、聞いてもらうだけではなくて、経験談からアドバイスをくれた人達の言葉は、場面は違っても、いま、自分が生きる上でも、忘れられず刻まれて生かされていることが多いです。

小説、「家族じまい」を読みながら、どの立場で、ひとつの事象を考えるかで、感情も解決法も違うけども、やっぱり意地をはらず、ちゃんと向き合って、自分の立場での考えを正直に話して、相談し合って、折り合いをつけていくことが大事だし、何人も絡むと中には、そっぽを向いたままの人もいるけれど、そういう時は、弁護士さんなり、行政なり、専門家にちゃんと入ってもらって、全員が少しずつ妥協してでも、ベストは無理でも、ベターな雪解けをしていくことが、大事なんだなぁと思います。

漠然としたことを長々書いてしまいました。

写真は、この時期になると、各地の神社に出現する茅の輪です。
毎年ではないですが、行ける時は行ってるという私にとっては、ちょっと気になる行事なのですが、

今年も、今年になってから骨折して大変だった友人と行ってきました。
これは、半年間で心身に付着した罪や穢れを祓い清め、無事に過ごせたことに感謝し、残り半年の無病息災を願う伝統行事ということで、しきたりに基づいてくぐる「茅の輪くぐり」と呼ばれるものです。

早いもので、2024年も半年過ぎました。

下半期も、もちろん、しんどい日もあると思いますが、少しでも心身穏やかに過ごせることを願いながら、元気に茅の輪くぐりができたことにまず感謝して、今回のブログを締めくくらせていただきます。

なべめぐドすっぴんブログ第26回♪

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

今年は梅雨入りが遅いし
でも、じめじめは続くし、、、なんだか不安定な日々ですね♪
雨は憂鬱でも降ってくれないと、農作物に影響するので、やっぱり日本特有の四季の中でおとずれる様々な気候は大切だなあと思っています。

梅雨にそなえて、新しいレインブーツを買ったので、少しは昨年までよりこの時期を楽しめそうな気がします。

我が家は、梅雨になる前に高野山に行きたい!
と、今年の年明けくらいから計画して、5月末に高野山に行ってきました。
車なら日帰りもできる距離ですが、どうせならと、南海電車で難波から特急こうやに乗って、1泊2日で高野山を楽しんできました。

予想よりは混雑もせず、飲食店も行列なく入れましたし、目的地すべて参拝できたので、このインバウンドが話題になる最中でも、思い切って行ってみて良かったなぁと思いました。

高野山に行きたいと思ってから、沢山ある宿坊を調べて予約し、でも共用のトイレや洗面台って不便じゃないかなとか、お風呂狭くないかなとか、いろいろ初体験への不安があったものの、口コミサイト見ても、安心できる内容でしたし、なにより案外自分のまわりにも宿坊体験者が多く、みんなに絶対行くべきと言われて、安心して当日を迎え、そして、感想としては毎年でも行きたいと思えるくらいの満足感と、心の洗濯が出来たような清々しさに包まれた時間でした。

朝からのお勤めへの参加も、毎朝こんなふうに、早起きして1時間心を無にすることができたら、もっと1日が元気に明るく生きれるのかもなぁと思ったり、お食事の中のちょっとしたしきたりなども学ぶと新しい発見があったり、

高野山奥の院への歩く道で沢山のお墓を見て、武将のお墓も一つ一つ見ながら、いろんな歴史を感じたり
(上杉謙信さんの御廟が武田信玄さんのお墓を見下ろせる高さにあるとか)
しろありの供養塔を見たり、命のつながりや、命の尊さを実感するような時間にもなりました。

どんなことでも、挑戦してみて初めてわかることもありますし、人に相談してみて後押ししてもらえることの多さや、人と意見を共有させてもらえることのありがたさとかも、今回宿坊に思い切って泊まってみたことで感じました。
(何より精進料理がむちゃくちゃ美味しいのも泊まって良かった!と思った理由の、1番かもしれません。)

なんでも先人に聴けですね。

 

会社の後輩くんが、最近とってもイキイキした顔をしてるので、なにかあったか聴くと

●朝早起きして10分歩いている
●スキンケアを始めた
●朝、瞑想の時間もとってる

というのです。
ダイエットのためと聞いたので、痩せたか聞くと、まだ体重の効果はないけど、気持が明るくなりましたと、ニコニコしながら教えてくれて、感動しました。

彼にはいつまでに何キロ痩せるという目標もあるのですが、そのこと以上に、明るくなったと言える強さもかっこよく見えて、とってもいいことを教えてもらったと思いました。

もちろん、、真似は出来ませんが、素敵だなと思う人に、素敵の秘訣を聞ける私の素直さも(笑)←あつかましさですが・・・今後も大切にしたいです。

ではでは、これからどんどん暑くなる季節。
とにかく、熱中症に気をつけて、少しでもこの夏も楽しかったと言える時間にしたいですね!
皆様もご慈愛くださいませ。

なべめぐドすっぴんブログ第25回♪

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

ゴールデンウィークも終わり、新年度からどちらのご職場も異動や新人さんの迎え入れなど、お忙しい日々が続かれていたと思いますが、少し落ち着かれた頃でしょうか。

最近、他者への思いやりについて、考える機会が多いのですが、そんな中、ネットニュースなどで「産休クッキー」というキーワードをやたら目にするので、どんな内容か調べてみました。

わたしが想像した「産休に入る方が、かわいいクッキー配られてて、そのクッキーが大人気」という話題かと思っていたら、その逆のような話題で驚きました。

なにか戴き物をしたときに、素直に喜べない時って誰しもあるかもしれないのですが、自分自身がそういうときは、やっぱり自分に余裕がないときに多いなぁと考えます。

このクッキーが「子供が欲しくてもできない人への配慮がない」みたいに書かれているのも見て、そんなことを言い出したら、先日の母の日だって、来月の父の日だって、世間は、母の日、父の日と騒ぎますが、母、父がいない人だっているわけで、誰も何も言えない、誰も何も発信できない世の中になってしまわないかなぁと、思いました。

そんな数年前の母の日のこと。
実家の母を亡くしてからも、主人の母に、母の日は会いに行ったり、贈り物したりしている中で、家に帰ると、主人がケーキを用意してくれてた事があって。
子供を、もうつくらないというか授かれなかったから、母になれなくても、いつも自分たちの母に、感謝してくれてありがとうというケーキでした。
泣けました。

母の日が来るたびに、もう、義母も亡くなってしまって、お墓参りするくらいしかない母の日でも、このエピソードを思い出します。

今年は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンで
「サンクス・ラブ・マンス」
というイベントを、母の日も父の日もある期間で開催されており、誰でもよいので
自分が感謝したい人と一緒に行って、Thanksシールを貼るという期間のようで、この発想が素敵だなぁと思いました。

以前、母も義母も亡くなってから、お世話になってる叔母にカーネーションを母の日に送ったのですが、写真を撮ってくれてて
「これを毎年観るから、来年からは要らんよ。お義姉ちゃん(私の母)に悪いから」
と言われた事があり、喜んでくれている事も、叔母が抱えた想いもとてもよくわかったので、そこからは母の日には何も贈っていません。

みんなそれぞれ、抱えるものも、生きる環境も違うけど、誰かに感謝したい時に、ちゃんとありがとうが言える素直さ、いくつになっても忘れずにいたいです。

産休クッキーは、見た目がめちゃくちゃかわいかったので、(ニュースで観るだけですが)わたしは個人的に、欲しくて欲しくてたまりません♪

日々、本当に余裕なく、仕事と家事だけで(しかも主人もだいぶしてくれてるのに)疲弊しながら、これで子育てや介護もされている方って、ほんとにすごいなぁと思うのです。

母の日の欲しいものランキングで、1位が、2位に圧倒的な差をつけて
「自分の自由時間」
という答えだったのは、まわりのママさんを見てても頷けます。

もちろんパパさんもそうだと思います。

そんな忙しくてたまらんであろう、私の身近なパパ、ママである弟家族のお家に、GW一泊させてもらい、弟にすすめられた映画を、旧大津公会堂で月1開催されている、浜大津シネマで観ました。
インド映画「響け!情熱のムリダンガム」という映画です。

インド映画を観るのはおそらく初めてで、
弟に薦められていなかったら、観ていません。

が、インドのカースト制度、国民の中での宗教の違い、男女差別など、日本とはまた違う、格差、差別、区別のきつさ、報道の規制などもあり、その後、映画を観た感想を話したり、インドに詳しい方に、質問ができる時間もあったのですが、そこでの意見交換でも、日本映画にはない表現や字幕などにも気付かされて、大変勉強になったり、現代のインドを知る良い会になりました。

また、弊社の休憩室には本棚があり、そこにいろんな本が並べられているのですが

その中でこの「置かれた場所であばれたい」を薦められ
数年前に話題になった、渡辺和子さん作の「置かれた場所で咲きなさい」を読んで、とっても感動したことを思い出し、対象的な本なので、GWを活かして読んでみました。

するする読めました、どこでも暴れている著者:潮井エムコさんのエッセイ。とても人間味あふれてて、反抗期が生まれた時からずっと、続いているような素直な生き方が、なんだか発言、行動、どんなことも過敏になり、窮屈に感じることが多いこの世の中で、気持ちよくてSNSで話題になるのがわかるなぁと思いました。

自分がやりたい事を、隙間時間を使ってどうにかこなすだけの、余裕のない日々の中で、人に薦められた本で、感銘をうける時間をもらえたGW、やっぱり世間のママたちが、何よりも欲しいと願っている「自分の自由な時間」て大切ですね。

自分が関わる全ての人たちにも、その
「自分の自由な時間」が少しでもあるように、自分に何ができるかを考えて動いていきたい。

そういう、他者貢献をしていきたいなぁと思えた、5月です。

なべめぐドすっぴんブログ第24回♪

こんにちは、コーディネーターの渡邉です。

今日は、関西人として
兵庫県民としてオススメの映画を1つ。

兵庫県内では先行上映され、全国では4月19日から公開される
尼崎市が舞台の「あまろっく」。

中条あやみさんと江口のりこさん、笑福亭鶴瓶さんが主演の、コテコテ関西の映画です。

私は兵庫県民として、ロケ地とか、兵庫県民アルアルとかを観たくて観ましたが、
笑いと泣きが、7:3で笑いも半端なく声出して笑えるし、泣きはホンマに、感動や切なさで泣けて…

とにかく
大切な人とは、笑ってる時間を大切にしないといけないとか
「人生におこるすべてのことは楽しまなあかん」ということを、切に切に感じさせられた映画でした。

その映画を観る前に、認知症の身内を3年家で介護して、先日見送った親戚に会いに行っていたのですが、亡くなった(私からみると)大叔母、の息子の奥さんが看護師で、私は、看護師だから施設に入れたくても入れられず(家で看れるやろと思われて)家で介護・看護してるのかなと思っていたら
看護師として施設で勤務していたら、家に帰りたい帰りたいゆうてる利用者さんの声を聞くから、お義母さんには子育てもほんまに手伝ってもらったし、自分が家で看たいと思ってやってきた、と言う言葉を涙ながらに言われてるのを聞いて

あ~私の考えは浅はかだったなぁと想いました。

でも、訪問看護さんにも入っていただいてたり、ほんとはショートステイ使おうとしたけど、そのときに限って、お義母さんが体調不良になったりして、やっぱり嫌がってるんかなおもて~

というのも聞いて、自分たちだけで絶対周りには頼らない!という姿勢ではなかったこともほっとして、いろんなかたちの介護があること、見送りかた、覚悟もあることを、またひとつ勉強させていただきました。

その親戚宅は、兵庫県の中部にあるのでまだまだ桜がキレイでした。

大叔母の優しい笑顔を、思いだして涙が止まらなくなったりもしました。

その想いをもって観た
「あまろっく」
余計に心にずっしりきました。

関西の方でなくても、楽しんでいただける、ほんとに心がほんわかする映画です。

人生に起きるすべての事を、どんなにしんどい事も、楽しめる人間になりたいです。

なべめぐドすっぴんブログ第23回♪

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

新年度が始まりました。
弊社も社内の部署異動や、新卒含め新入社員の配属、営業やコーディネーターのエリア変更など、バタバタとした4月の幕開けではありますが、
より一層今年度は、モットーである
「Face to Face」を大切に、メディカル事業部は1人でも多くのご登録者さんとお会いできるような、1年にしたいと思っております。

このお仕事をさせていただいているので、やはり気になるニュースは、医師の働き方改革です。

もちろん、自分やまわりの人に何かあった時に、お医者さんの人手不足で対応いただけない事態にならないのかなとか、世の中の看護師さんたちに、何かしわ寄せが来ないかなとか、マイナス面を考えてしまうことが多いです。

でもきっと、今までお医者さんたちが、時間や休みの感覚なども無しに、対応されてきたことを考えると、必要な改革であることは間違いないですもんね。

どんな風に世の中が変化していくのか、自分の立場としても情報収集しながら、対応していきたいと思いました。

自分のプライベートでも色々変化ありますが、1番は祖母が、今までいた介護付きではない施設から、骨折、手術、入院、リハビリを経て特別養護老人ホームに入所することになった変化です。

もう90歳を超えてますし、認知症も進んできていたので、特養の予約もしてましたが、入院しリハビリしてもやはり、元通りの自分の足だけで、歩けるようにはならないため、たまたま、入院中に一室空きが出て、そのまま入所できることになりました。

空きが出なければ、ショートステイで対応するか、それが無理なら、自宅で私が介護するのか、それはもう、仕事はきっと出来ないですし、主人に負担もかけてしまうし、どうなるんだろうと、本当にモヤモヤする時間もありました。

ただ、病院の主治医も、地域連携室の方も、元々の施設の相談員さんも、特養のケアマネさんも、ご家族が介護できないことはわかっているので、ちゃんと考えますから、大丈夫ですからと、何度も話してくださり、私に安心を与えて下さいました。

それでもやっぱり、金銭面も含め、どんなふうにこれから進んでいくのか、不安がすべて無くなる訳ではなく、、
という中で、特養に一室空きがでましたという電話をいただき、ただもちろん特養に空きが出るというのは、だいたいの場合、先に入られている方が、お亡くなりになられたという事なので、なんと反応してよいかわからずいると「1名、お亡くなりになったんです」と言われたので、よけいに返す言葉を無くしてしまいました。

そこからは、何をどう答えたのか今でも思い出せませんが、平日に仕事を休ませてもらい、元の施設や、次の特養や、市役所やを駆け巡りながら手続きをし、入所の日を待ちました。

手続き中、どちらでも本当に丁寧な説明を受け、特に特養では、お昼間の職員さん、夜の職員さんの時間帯ごと、職種ごとの仕事内容、どこまでして下さるか、人数配置などの説明も細かくお話いただき、いつも仕事で、特養の看護師さんの動き、介護職さんの動き、リハビリスタッフさんの動き、相談員さん、ケアマネさんの役割などを勉強したり、ご応募いただいた方に、説明をしているはずですが、見学ももちろん、仕事として行かせていただいた事もあるのですが、新しく気付かされることなどが沢山あり、大変勉強になりました。

こんなに説明して下さったら、家族も安心だなぁとか、今の仕事してるからこそ、
こうやって説明して下さる事を、改めて学べたと思えたのかもなぁとか、色々得した気持ちになりました。

病院の地域連携室のお仕事なども、ご応募いただいた方に説明させていただいたりもしてますが、自分が直接お話させていただき、お電話もちょくちょくいただくと、どれだけ調整が大変で、日々お忙しく、対応されているかも学びました。

入所する為にもちろん、一回の手続きで終わるわけはなく、けっこう何回か、平日に休みをもらい、特養や市役所に行く事になります。

前の施設の時は、亡き母(祖母の娘)が、末期がんと闘いながら、全部1人で手続きしてくれたんだなぁと思うと、もっとあの頃の自分が、動けていたならと、今更ながら、仕事仕事だったことを悔やみます。

ある求職中の看護師さんから、自分のしたい仕事、やりたいこと、なりたい姿はあるけれど、自分の周りの人との時間を、犠牲にしてまでは働きたくない、自分の周りの人の事を、大事にできなかったら、良い仕事もできないと思う、というお言葉を聞かせていただき、本当にそうだなぁと思いました。

ただ、そうしてでも働かないといけない時もありますし、人生においていろんなタイミングがあるのもわかります。

よく日本は女性の管理職が、世界の先進国に比べて少ないと言われますが、女性、男性、と今は分けて考える時代ではなくても、やっぱり、親のこと、子供のこと、家族のこと、で動き回ってる人には、女性が多い印象です。

そうなると、仕事に穴をあけてしまう事もやっぱり多々あります。

妊活をしている方も、女性は急に受診しないといけないことも多いし、身体に負担がかかることもあります。

もちろん男性にも、いろんな人生の役割がありながら、仕事と両立をされているのですが
管理職=仕事の負担がどかんと増えるというイメージで無くなったら、きっともっともっと、気持ちよく、プライベートでどんな事を抱えられている人でも、両立していける世の中になるのかなぁと思いました。

でも、なかなか難しいですね。
それぞれの立場で、今できることを、誠実にやっていく、それがまだまだベターなんですよね。

そして、話しは戻りますが、認知症が進んだ祖母、私の事はわからないし、自分の娘(私の母)の事もすっかり忘れているのに、妹2人の名前や妹との想い出はたくさん話してくれるので、少し遠くに住んでますが、なんとか会わせられないかと、コロナが5類になってから考えてました。

で、その祖母の妹うちの1人の、娘さん(母のいとこ)に電話し、その相談をしました。

すると、その私にとっての大叔母は、私がこのコロナ禍で会えてない、4年のうちに、、
祖母よりもっと認知症が進んでいました。。
ただ、特養にも空きは無いし、自宅の事をわかってるので、出たくないようで、家で介護していると。
なので、もうお互い会ったとしても、もちろん、なにかしら想いもしない奇跡が起こるかもですが、すぐに動ける距離ではない為、もうしょうがないね、、とお互い、面会は諦めました。

やっぱり、会えるうちに、会いたい人には会っておく、家族が会いたい人には、会える環境を作っておく、これは大事ですね。

17年くらい、入居させてもらった元々の施設を卒業して、特養に入った祖母の新しい生活は、まさに新入社員さん、新入学生さんと同じ、ピカピカの1年生がいま、始まったばかりです。

これからどんな事が起こるのか、不安も沢山ありますが、どちらでも親切な職員さんにお会いして、安心感をいただけていることが、本当にありがたく、お話するたびに、仕事への姿勢や考え方、人への配慮を学ばせていただいてます。

学んだ事を、どんどん自分も還元できる1年にしていきたいなと思いました。
今年度もよろしくお願いいたします。

写真は、今年も始まった、プロ野球の推しチームの勝った瞬間のビジョンの文字です。
日々の息抜きも大切に、今年も、少しでも笑って生きていきたいです♪

 

なべめぐドすっぴんブログ第22回♪

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

今日はちょっと短めに書きます、と宣言しないといつも、長編になってしまい、読んでいただくのも恐縮するくらいです。

急に初夏のような暑さがきたり、かと思えば雪がちらついたりの3月。
三寒四温。ほんとに春がすぐそこだなぁと思いますね。

そんな季節だからか、ほんとに身体の不調を感じることが多く、同年代の友人と話すと、半分は健康のこと、身体の悩みの話題になります。

そんな中、ある日の日経新聞で取り上げられていた
「フレイル」について、弊社の社長の末吉(末吉も同年代です)から
「渡邉さん、こんな記事見つけた」と、切り抜きを見せてもらいました。

「フレイル」私は、初めて知る言葉でした。
皆さんは聞かれたことありますでしょうか。

フレイルは、日本老年医学会が2014年に提唱した概念で、「Frailty(虚弱)」の日本語訳とのことで、 健康な状態と要介護状態の中間に位置し、身体的機能や認知機能の低下が見られる状態のことを指すらしいです。

たしかに身体の不調は多いけど、まぁ、健康か要介護かというと、だんぜん健康の部類には入るわなぁと思ってましたが、フレイルの基準には、さまざまなものがありますが、Friedが提唱したものが採用されていることが多いそうで、Friedの基準には5項目あり、3項目以上該当するとフレイル、1または2項目だけの場合にはフレイルの前段階であるプレフレイルと判断されるとのこと。

1、体重減少:意図しない年間4.5kgまたは5%以上の体重減少
2、疲れやすい:何をするのも面倒だと週に3-4日以上感じる
3、歩行速度の低下
4、握力の低下
5、身体活動量の低下

がその5項目です。

えっ、これなら、わたし、プレフレイルやん、と、ゾッとしました。。。

年代的には、歳を重ねるほど、フレイルの人はもちろん増えますが

◯子育て
◯身内の介護
◯家事
◯仕事
◯友人・ご近所・PTAつき合い
などなど

全部全部、のしかかってきがちな40代から、知らず知らず、心身に負担が行き、自分のことは後回し、そのうちにどんどん身体が動かなくなる、その蓄積が自分の将来に響く、、、

まだまだフレイルについて知り始めた段階ですが、健康寿命についてもう、真剣に考えるときがきたなぁと思いました。

そして、朝ご飯を見直しました。
さっと食べれるバナナだけでやり過ごしてましたが
(あとはパンやグラノーラのときも)

身体を温めるお粥に変えてみました。
まだ3週間くらいですが、なんとなく、午前中のポカポカさが違います。

体にいいこと、
いろんな情報が入ってきがちですが、またそれを全部やろうとすると、それに疲れてしまうので、忙しい日々の中、取り入れられることを無理せず取り入れながら
そして、ちょっと多めに歩くことを意識して、自分を大切にする時間を増やしていきたいなぁ

そう感じた記事でしたので、かなり簡単にではありますが、抜粋してお届けします。

ようやく、選抜高校野球も始まり、楽しみな季節がきました。

スポーツはしないのですが、観ることはとても好きな私。
特に野球と大相撲が好きですが、オフシーズンに女子バスケ、Wリーグの観戦に同僚から誘ってもらい行ってくると即ハマりました!
先日は試合観戦に、赤穂市まで日帰りで行ってきたり。

気分転換もほんとに大事、そう実感している毎日です。
この春も、少しでも日本中に笑顔が増えますように。

なべめぐのドすっぴんブログ第21回♪

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

年が明けたなぁて思っていたら、もう2ヶ月が経とうとしてます。

暖かかったり、急に冷えたり、春が近づいてる証拠なんでしょうが、今年は特別その寒暖差が激しい気がしますね。

前回のブログにも書かせていただきましたが、昨年、恩師が亡くなっていたことを
ご家族からの寒中見舞いで知り、そこから同級生数人で、お悔やみにうかがいたいとご家族にお願いし、先日うかがわせていただきました。

ワークステーションで、セミナー開催に携わらせていただくようになってから覚えた言葉「グリーフケア」。

自分が、母を末期がんで亡くした時、この言葉に出会えていたら、自分のことだけでなく、父の心のケアを、もっと大切に考えられたかもしれないなぁと思うくらい私も弟も、もちろん悲しく寂しかったけど、親を送るのは子の役目、でも、配偶者を予想より早く亡くした時の悲しみは、とんでもなく深いのに、慣れない家事までついてきて、ほんとに大変だっただろうなぁと、今なら冷静に考えられます。

なので、このグリーフケアの言葉を知ってから、亡くなった方のお悔やみにうかがう際、ご家族にどのような言葉をかけるべきなのか、専門職じゃなくても、自分の立場で、どんな言葉かけができるかなども、考えるようになりました。
そんな時に思い出すのは、自分が大切な家族を亡くした時に、人生の先輩たちからかけてもらった言葉やしてもらったことです。

「身体悪くても生きていてくれるだけでよかったのにな」
と一緒に泣いてくれた父の友人。
「何年たっても、何歳になっても、お母さんに会われへんのは淋しいで、いくつで亡くしても一緒やで」
と声かけてくれた母の友人。

亡くした時だけではなく、母の入院中に見舞いにきてくれた大叔母が教えてくれた
「手当は手をあてることなんやで、身体に手をあてて、さすってあげるだけで、身体が楽になるんやで」という言葉も、ほんとに忘れられません。

自分は、本当に大好きな、思春期の私を支えてくださった恩師のご家族に、どんなお声掛けができるんだろう。
そう思いながら、友人達とうかがったのですが、30年、40年のつき合いの友人達と一緒にうかがえたこと、ご家族の温かさで、本当はお悔やみだけのべて、お焼香させていただいて、20分くらいで引き上げさせていただかないとと思っていたのに気付いたら1時間以上、恩師とご家族の思い出のお話や、恩師がどのような幼少期を過ごされたか、もちろんどのように息を引き取られたか、そして、おむかえくださったご家族のご趣味のお話までうかがい、

最初は、みんなで涙だったのに、笑顔で帰らせていただき、こちらが元気をいただいたき、みんなで今日はうかがってよかったね、と言い合える日になりました。

私達はご家族がご存知ない、恩師の学校での姿や保護者とも本音でかかわってくださったこと、中学卒業してからも、30年以上も事あるごとに、私達を励まし、見守ってくださったことをお話し、

ご家族からは、私達が知らなかった、恩師の親族の中でのお姿、幼い頃からのことをうかがい、ただご親族、御兄姉でもご存知なかった、ボランティア活動を亡くなられてから知ったエピソードなどもうかがい、

とても温かい気持ちになってから、次はご親族自身のいろんなお話もお聞きできて
地元に大切なお知り合いが増えたような気持ちで、その時間を過ごさせていただき
お悔やみでうかがったのに、笑顔でお別れさせていただけました。

と、

ここまで、故人を大切に思う気持ちの人達が集まり、故人の話しをすることで生まれる全員の心の温和のブログを書かせていただいたところで、いったん、ブログを閉じ、自分の実家の墓参りや仏壇の掃除をしてから
「夜明けのすべて」
という映画を観に行きました。

大好きな作家さん、瀬尾まいこさん原作、朝ドラ好きの私達には、カムカムエブリバディの「稔さんと安子さん」である、松村北斗さんと上白石萌音さん主演ということで、絶対観たい映画だったのですが、鑑賞中に「グリーフケア」という言葉がでてきて、私いま、まさに書いてたことやんと身を乗り出して、そこからずっと映画館の背もたれに背をつけることなく観続けました。

内容は、それだけではなく、生きづらい人がどのように生きるか、まわりがどのように支えるか、
支える人たちにもそれぞれの背景がある、誰だって何かを抱えて生きているという、現代社会を生きる方全員に響くような内容で、涙が止まらなかったのですが

「今日の私が観るべき映画」だと改めて思いました、そしてその事を書きかけのブログに書こうと思いました。

グリーフケア、専門的にもちろん開催されている協会、学び、支えられている職業の方もおられますが、私のような一般素人でも普段からできる事があることも、改めて考えました。

ちょうどその前にあるショックな話、、
父が亡くなった時に、その方には連絡できていなかったことを「めぐみちゃんが教えてくれなかった、腹が立ってしょうがない」と言われていた事を聞きました。

ショックと書きましたが
・喪主は私じゃないのに
・父の弟妹の方が、その親族には近い存在なのに
ということもあり、それを私名指しで怒るのも、古い考えというか、田舎の風習というか、、
娘は、ほうぼうに気を使うべきという、代々の本家の女として求められていることの風習を感じましたが

コロナ禍で、ほんとに家族葬でしたし、知らせることができなかった他の方々からも「お父さん亡くなってたんやね、何も知らずにお手伝いできずごめんね。お疲れ出てませんか、めぐみちゃんは大丈夫?」と言われていたので、私はもちろん、逆の立場ならそう言える人になりたいと思いましたし、いや、でもほんとに父のことを大切に思ってくれてたから、コロナ禍で会えなかったから最期に、顔観たかった、お骨を拝みたかったと思ってくださってるのかもだし、私の思いが到ってなかったことなど、様々考えるきっかけにもなりました。

誰でも大切な人を亡くす経験をするので、同じような経験をした人に自分が、何かすべきなのか、何をすべきなのか、正解はないので、少しでも考えてみることが、自分のできるグリーフケアなのかなと思います。

またまた長くなりました。
2月は、義母の命日、父の命日もあり、センチメンタルな月でもありますが、私や主人のルーツを再度考え、恥ずかしくない生きたかをしていきたい、そんな風に考える、いい2月になってます。

あとひと月で、早いもので今年度も終わります。
来年度も元気にスタートできるように、寒暖差が激しい毎日ですし、早めの花粉も出てきてますが、うまくリフレッシュしながら毎日をイキイキと過ごしたいですね。

いま、しんどい思いをされているかたも
「夜明け前が1番暗い」
という言葉を信じて、夜明けの明るさを信じて、無理せず、抱えこまず、明るくなるのを、待っていただきたいと切に願いながら、今回のブログを終えます。