対人コミュニケーション⑥ ~看護師*古上の学び~

<<セルフコンパッション①>>


ご無沙汰をしておりました。メディカル事業部営業の古上です。

1月~3月は「一月往ぬる二月逃げる三月去る」とは調子よくいったことわざで、一月は行く、二月は逃げる、三月は去る、わたしも倣って1月は行きさっていました。(苦笑&汗&省)

さて、コミュニケーションのブログを連載しておりますが、今回は「セルフコンパッション」について記事します。

セルフコンパッション「Self-Compassion」お聞きになられたことはありますでしょうか。
私はこのような勉強を始めて、初めて知りました。
日本では「自己への慈しみ」と訳されています。セルフ(=自分に対する)コンパッション(=思いやり)は、自己への慈しみによって「あるがままの自分を受け入れる」ということになるそうです。

テキサス大学で人間開発と文化の准教授を務めているクリスティン・ネフ博士が著書されています。

セルフコンパッションを構成している要素は次の3つであるとされています。

  1. self-kindness:自分への優しさ
  2. common humanity:共通の人間性
  3. mindfulness:マインドフルネス

1.自分への優しさ
他人に接する時のように、自分にも思いやりを持って優しい態度をとること。

2.共通の人間性
自分は周囲の人間関係の中で生きているという自覚。誰もが時には失敗するという認識。

3マインドフルネス
今の経験に対してイライラしたり、不安な気持ちに捉われて判断し行動することをせず、まず今の自分の感情や思考を受け入れ、そこに気づく態度。

では、セルフコンパッションを高めるとどのうような効果があるのでしょうか。

1回ではとても書ききれない濃密な内容だと存じていますので連載してまいります。

今回は言葉の説明とご紹介をいたしました。

恐縮ながら、私はいち営業ですので、自身が学んだ内容を記載しています。もしかすると私フィルターを通った理解になっているかもしれませんが、なるべく事実に基づいて記事していきます。良かったらご参考ください。

ブログをご覧の皆様、寒さがつづいております、どうぞご自愛くださいませ。

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遠隔介護ブログ(第14回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

ついさっき、2019年になったと思っていたのにもう1月も後半。1月は「いく」とはよく言ったものだなぁと思います。

お正月休みに映画
「こんな夜更けにバナナかよ」を観ました。
主演の大泉洋さん、ヒロインの高畑充希さん、どちらものファンだからというのが鑑賞の一番の理由ですし、かなりの話題作ですので、きっとこのブログを読んでくださってる方も、この映画を観られた方が多くいらっしゃると思います。

難病筋ジストロフィーを患っての車イス生活を、わがままでおしゃべりで自由に生きた鹿野靖明さんと、彼に出会って変わっていく人々の人生を、笑いあり涙ありで描く実話に基づく映画です。

これから観られる方もおられると思うので、ネタバレになることは書けませんが、なんせ、鹿野さんは自分を支えてくださるボランティアの方、介護スタッフさん、看護師さん、主治医の先生、ご両親に必要以上には感謝を伝えず、どちらかというと、自分を介護、看護してるおかげで、介護や看護の勉強が出来ていいだろうという、「生きた勉強をさせてやってる」という姿勢を貫かれてるんです。

ただ、それがうちの父とかぶりました。
この遠隔介護ブログを書かせていただきながら、父の人柄にもチョイチョイ触れさせてもらってますが、父は自分の足がだいぶ不自由になってきたり、耳もどんどん遠くなってたり、心臓がもともと弱いのでハードな動きが出来ないことなど、わかってるくせに高齢者大学では皆勤賞をとりたがりますし、遠足や旅行には行きたがるんです。

私はまわりの人に迷惑かける(高齢者大学の講義中に胸の痛み訴えて、自宅に送ってもらい寝かせてもらったりもありますし)ので、あまり無理な行動はしないでほしいのですが、遠足などに行った際も「お父さんがおるおかげでクラスメイトは車椅子の押し方、勉強できて良かったみたいやで」と、車椅子押してもらったことへの感謝ではなく、自分の存在が感謝されるべきだというような事を鼻高々に話してました。

祖父母とでかけると、自分に介助が必要なことを「ごめんね、ありがとう、助かるわ」と、必ず労ってくれるのですが、父にはほんとにその言葉が少しはあっても、こちらが思ってるほどではありません。

それは私が娘だからそうではなく、デイサービスでも高齢者大学でも買い物先でもお友達との集まりでもそのような様子です。

それでも父のまわりから人がいなくなることはなく、年末年始からの忘年会や新年会などに誘われるとお友達たちが送迎もしてくださって連れ出してくださるので「やっぱりお父さんは人気者や」と自分で言ってしまうくらいです。

私には理解ができない言動でしたが、こんな夜更けにバナナかよの映画を観て、鹿野さんの生き方を学んで改めて、自分自身が父のお世話を「してあげてる、だから感謝されねばならない」になっていたことに気付きました。

誰がどんな立場になるかわからない毎日、すべて「ねばならない」という価値観に支配されると、考えが偏り、相手が自分の予想外の反応をすることに苛立ったりがっかりしたり、マイナスな感情をつくりだしてしまうんだなぁということを、改めて考えさせられた映画でした。

 

その後、実家に帰り父が買い物から帰宅して疲れて寝ながら「大相撲が気になる、ラジオ持ってこい、ここに置いてほしいから、延長コードにつなげ、延長コードはあっちの部屋からとってこい」と、次から次へ指示してきたときも、今までならちょっとは自分で動いてほしいと言い返してしまったかもしれませんが、ある程度落ち着いて延長コードを探したりラジオの周波数を合わせたりが出来ました。

ただ、結局、ラジオだけではもの足らず、しぶしぶ起き上がって、リビングまで歩いてテレビで大相撲を観ておりましたが。

そんな父は、昔からえべっさんには出かけてたので(もともと大工で工務店経営してましたので商売繁盛を祈るという本来の目的でむかしから行ってました)
今年も、ちょうど地元のえべっさんが今宮や西宮や柳原、堀川などの大きなえべっさんと違い土日祝で開催ということで、私の帰宅と重なりましたので、一緒に行きたい、母が好きだった岩おこしとカステーラ買って仏壇に供えたいと言ってましたが、いざ当日になると、
「デイサービスの所長から、いま、インフルエンザが流行ってるから、感染したら大変なので人混みには出掛けないように」と注意され、えべっさん参拝を断念してきました。

おかげで父の介助を気にすることなく、たまたま遊びにきてくれた亡き母の親友と私の2人でえべっさんに参拝し、餅まきを見たり、福引に参加したり、カステーラを買ったり、思う存分楽しめたので、ありがたかったのですが、

やっぱり、高齢者になると、そういう自己防衛も大切ですし、まわりの人の忠告を守る素直な姿勢も大切だなぁと思います。
そういえば、父はすぐしんどいと寝込みますが、インフルエンザにかかったことは私が物心ついてから全くないと思います。予防接種も打ってはないはずなのに。
そもそも、日頃から無理をしすぎないというのが何よりの感染予防なんでしょうか。

そんな、実家の地元のえべっさんを楽しんだ私ですが、今住んでる西宮市のえべっさんも本来の期間に参拝しました。

西宮えびすは、皆さんご存知の福男のイベントもありますし、大マグロも拝めます。
福男のイベントには今年、元サッカー日本代表の前園さんも来られていて、前園さんがオーディションで選んだ西宮市出身の芸人さんが、2位になり、福男として選ばれる(3位までが福男なので)といういつも以上の盛り上がりもあったようです。

お正月には初詣も、三社詣りし、その後えべっさんも二社詣りという、なんでもかんでも神頼みみたいな私ですが、平成最後の年がとにかく穏やかな1年であることを祈るばかりです。

 

皆さんの1年もどうか幸せな1年になりますように。

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遠隔介護ブログ(第13回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

遠隔介護ブログも昨年、定期的に書かせていただき、今回で13回目となりました。
読んでくださってる皆様、本当にありがとうございます。

私は、医療も介護もプロの知識がありません。
弟は社会福祉士の有資格者ですし、実際、福祉施設で勤務させていただいたあと、自身でNPO法人を立ち上げ福祉施設を運営していますので、祖父母や父の生活の件で相談できる相手が身近にいるのはありがたいことだと思います。

だからこそ、弊社に登録いただいている看護師さんもそこまで親しいご親族じゃなくてもどの親族のかたより、率先してご親族の介護をされているかたなので、仕事のペースを落とさないといけなくなったという方のお話をよくうかがいます。

お身内の間でも看護師さんが親族の中にいると心強くてついつい頼りに、という気持ちもわかります。

 

私は特に妄想は好きなんですが、想像力が乏しくて自分が経験したこと以外に物事を想像して臨機応変に動くことが出来ないのです。

なので、母が闘病したり、義母の身体の疲れや父や祖父母の身体が不自由になり始めたことに寄り添うなかで、自分たちが良かれと思ってることが高齢者さんにはしんどいと思うことがあることを、1日一緒に過ごすだけで何回も感じます。

例えばトイレ。
祖父母を施設から外出させ親戚の家などに日帰りで一緒に行ったりすることもありますが、もちろん道中、疲れないか、なにか身体の異常は起きてないかなども気にはなりますが、
最初のうち「トイレに戸惑っている」ということに気付かずに、祖母の場合はトイレまで私がついていけるので、祖母のトイレの個室から「流し方がわからへん」と困ってる声が聞こえてきてオシャレなお店のトイレや、ショッピングセンターのトイレなど、ウォシュレットだとボタンもたくさんあるし、レバーに「これでは流さないでください」と書いてあるしで、たしかに戸惑うやろうなぁというのを、そのとき初めて気づいたのです。

祖父は祖父で九十歳超えても最初は足腰元気だったので外出先でも、私たちがついていかずとも一人でトイレ行くと、女子トイレに入ってしまって、次のお客さんをびっくりさせてたりもしました。

それもそれで、お店によって、男女で1つのトイレしかないとこ、男女別々のとこ、あまりにオシャレな男女別の描き方で、自分たちでも「これ、どっちが女トイレやろ?」と思うこともあるので、目も悪くなってきたり英語が読めなかったりする高齢者が間違うのは当然のこと。

それはお店が悪いのではなく、同伴者の私がトイレに対してその想像力がなかったのが1番浅はかだったのです。
結果的に、祖母も祖父もお店の人やまわりの人に謝ったり、情けなそうな顔をしてしょんぼりしていて、ちょっと切なくなりました。

ほかにも、他府県へのおでかけやイベントなど、親の世代でも楽しめるようなものを見ると良かれと思い「せっかくだから一緒に行こう」
この言葉はよく義母や父にも言う「良かれと思って」の言葉ですが、「遠いとこはしんどい」「人が多いのはしんどい」と返事が返ってくることが増えました。

母が闘病中もできるだけいろんなとこに連れ出して、楽しい思いをしてほしくて命が亡くなるまであと3ヶ月という頃に、兵庫県から三重県まで片道5時間位を車の中で過ごしていたこと、
足に水もたまってしまい、ほんとにしんどかったと思うのに、子供たちの想いを無にしまいと旅行中は寝てしまうこともなく、よっぽどじゃない限りは一緒に観光地を歩いたり温泉に入ったりしていて、あの1泊2日、ほんとは家でみんなでゆっくりが1番良かったんだろうなぁと、今となっては思い悔やまれる旅行もありました。

だからこそ、元気なうちにいろんなとこへと、先日もある大型施設のイルミネーションを見ようと父に伝えましたが、あまり気乗りしていなく、
結局は近所のとってもささやかですが数分あれば楽しめるイルミネーションを見に行き「これでじゅうぶんや」と1、2分行った後、「もう寒いから中に入ろう」とすぐ帰りたそうにしてました。

イルミネーションといえば夜なので、夜の寒い中イルミネーションを長い時間見ているよりも自宅でゆっくりお風呂につかり、早目に布団に入るのが何よりの幸せ

日本昔ばなしのエンディングソング「人間ていいな」を思い出す一幕です。

父が免許更新で、反射神経試験不合格でクルマの免許を取り上げられてから約1年、平日の父の用事に付き添いくださる介護運転手さんとは淡路島や出石など、遠出も付き添っていただいてるようですが、
平日だと人も少ないし、運転手さんということで仕事で付き添ってくださってるかただからこそ、父も自分の体調に合わせ自分の要望が言いやすく、私と出歩くよりも身体が楽なのだとも思います。

いつかきっと今の義母、父、祖父母の気持ちを実感する日が私にもくることでしょう。

相手のためにも、自分がしんどいことはしんどいと言えるようにしないといけないなぁと思いました。

お正月の初詣も数年前から父はもうしんどいから自分のぶんまでお参りしてきてと言って、家で留守番するようになりました。

神社はバリアフリーじゃないところが多いので、それも当たり前の言動なんだと思います。

寄り添うものの自己満足にならないようなお年寄りとの関係を築いていかないといけないなぁと実感してます。

 

今年もこのブログは続けさせていただきたいと思います。

看護師でも介護士でもない私の素人ながらの高齢者との向き合い方、
これが一般人の戸惑い、そしてそこから学んでいる現実を少しでも感じていただけるとありがたいです。

今年も、仕事と遠隔介護の生活を、前向きに学び、元気に生きていきたいと思います!

(とは言いつつ、年末はお正月準備のため、父が、自分で動けないのにあれやこれや思いついたことを、毎日毎日同じことをあーだこーだ、、、電話があり、墓参りの花をどうする、数の子どこで買うなど、仕事終わりに留守電を聞くと、ちょっと心がしんどくなるような留守電がだいたい日々、3回以上は入っててけっこう疲れたなぁと思ったのも本音です。。まぁ、毎年なんですが。)

皆様、2019年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 

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対人コミュニケーション⑤ ~看護師*古上の学び~

<<無理 ダメ 絶対>>


こんにちは、古上です。コミュニケーションについてのブログを初めて5回目になります。

会社の公式ブログなのでいつも真面目な内容を心がけておりますが、もしどこかでこのブログを読んでくださっている方がいるのならと、すこし自身の話しを混じえて書いてみます。

コミュニケーションを学んでいるのは、もちろん今看護師の方々のご転職に携わっているので、色んな方々の思いやご希望をゆがむことなく訊き、良いご提案ができるようにと続けているのですが、始めたきっかけは私の母との関係性からでした。昔からどうも、、母と意見を話し合うと自分が疲れていました。

母はとても楽観的で直感的で前向きなタイプ、仕事をもっており自立しているので自分の意見や価値観もしっかりもっているひとでした。(看護師ではないです。)

私はどちらかというと、じっくり考えてひとつひとつ丁寧にしたいタイプ。少々ゆったりさんなので、母とはまったくペースがあわず時には頭が混乱することもありました。※会社の皆様、ゆったりさん・・これ本当なんですよ。笑

昔の私は、親だから分かち合うのが親子のあり方だと無意識に思い込んでいましたし、それが正しい親子のあり方だと勝手に何の根拠もなく自分に刷り込んでいました。

なので、母を全部理解し受け入れようと努力というか、我慢や妥協し無理していました。母親、産んだ人は特別ですものね。他人ならそんな人もいるよね・・で終わりますが、そうは簡単に割り切れませんでした。

ですが、人を理解する、対人関係、コミュニケーション、心理についてセミナーを受講したり勉強をするようになって、親子であっても「違う人間・タイプが違う」から別にしっくりこなくてもいいものだと知りました。そして自分の見方を変え、相手を理解するために知識を増やし彼女への関わり方を変える(声かけや彼女に響きやすい単語を取り入れるなど)と、母に対して長年もっていたフラストレーションがなくなりました。

親でも距離感が近くなければいけないわけでもないですよね。いまは互いに心地良い距離で共存する感覚でいます。

それに、一番問題だったのが、これが“あるべき姿”だと思い込んでいたこと。誰もそうしてくれとリクエストされた訳ではないのに、自分が勝手につくったルールに自分を勝手に縛って、自分で自分を苦しめていたことです。

今はそんなことなどを払拭し、自由に、そして自己接待!(楽に優しくしてあげる)を大事にするようしていると、とても心地良い状態で過ごせる様になりました。

 

私もいまや3歳の男の子の母親となり、ちょうど母3年生です。

“矛盾のない自分”でいる私の息子との会話もすこし面白いですよ。笑

19時に保育所から連れ帰り、急ぎばやにご飯を作ってるいる横であれやこれや用事を増やす息子に怒った私に・・

3歳児:「お母さん、ニコっとして」

私:「お母さん怒っているから、いまはちょっと笑えないわ」

3歳児:「じゃあゆっくりしていいからね、ごみ収集車(=youtube)つけて!」

私:テレビでyoutubeを起動

3歳児:ルンルンで自分で操作し観る3歳児。満足。

互いに要望を言う、でも受容もする、母だからと一方が聞くのではなく1対1。

昔なら健気な3歳児には笑顔でこたえるべき!表面的に無理して笑っていたと思います。

でもすこしの無理で、ストレスポイントをためて後々爆発するより、こちらの状況を落ち着いて伝え、ちいさな無理もしない、なるべくニュートラルな気分でいるようにしています。

子供にとってはどんなに長い時間を共に過ごすより、たとえ忙しくて1分しか会えなかったとしても、母親が穏やかな顔でいることの方が大事なんだそうです。そうして互いに本当の意味での心地良い信頼関係がつくれたらと思っています。

麻薬撲滅の広告ではないですが、「無理 ダメ 絶対」だそうです。

この拙いブログをどこかでご覧いただいている方々、看護師としても母としても諸先輩方には、なんだという内容で大変恐縮ですが、もしなにかご意見やアドバイスなどあれば、弊社までご連絡いただけますと幸いです。お仕事のお話しだけでなく色々お聞かせください。もちろん若いピチピチナースのみなさまも是非、なにか話したいことがあれば大歓迎です!!

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対人コミュニケーション④ ~看護師*古上の学び~

<<アサーティブ・コミュニケーション>>


こんにちは。
月1回ではありますが、僭越ながら連載させていただいております^^

今回でコミュニケーションについての連載が4回目となりますが、また別の角度より、「アサーティブコミュニケーション」について記事します。
お聞きになられたことはありますでしょうか?

「アサーティブネス(Assertiveness)」を直訳すると「自己主張すること」です。

直訳通りの「自分の意見をゴリゴリ押し通すこと」ではないのです。
アサーティブとは、自分の気持ちや意見を、相手の気持ちも尊重しながら、
誠実に、率直に、そして対等に表現することを意味します。

平たくいうと、自分の意見を飲み込むことで我慢をしたり、一方的に自分の主張を押し通したりせずに、相手を尊重しながら自分の気持ちを伝えるコミュニケーションです。

その方の性格にもよるかもしれませんが、日本人の「奥ゆかしさ」「控えめさ」を消せるかどうかがポイントになるのかもしれません。

なぜ、良好な自己主張が必要なのか。

昨今では“コミュニケーション=傾聴”が本流であることは存じておりますが、自己主張を上手にしていかないと、相手が主導権を握り、相手の思うように事を進められて、結局、失敗や関係性が破綻したりしてしまいます。

つまり、「適切に自己主張」ができるかできないかで、コミュニケーションの成功・不成功が左右されるのです。

日々のコミュニケーションの失敗で少しづつストレスが溜まり、物事が成功しないだけでなく、知らず知らずのうちに精神的・肉体的健康面を害する可能性もあるのです。

それを解決する鍵が「アサーティブコミュニケーション」です。

その4つの柱が、

Equality(対等)
Directness(率直)
Honesty(誠実)
Responsibility(自己責任)です。

 

■Equality「対等」であること

上下関係やパワーバランスで相手をコントロールすることでなく、同じ人間同士として向き合うこと。

 

■Directness「率直」であること

遠まわしに言ったり、くどくど言いわけしたりせず、気持ちや意見をシンプルな言葉で伝えること。

 

■Honesty「誠実」であること

自分にも相手にも、正直に心をこめて向き合うこと。

 

■Responsibility「自己責任」を持つこと

自分がどうするかは自分で決め、結果にも自分で責任を持つこと。

 

浸透すれば、お仕事で意見が言いやすくなるなど、風通しのよい職場づくりや家庭づくり、恋人やパートナーとの関係性づくりができます。

もし良かったらご利用されてみてください。

それでは、皆さま、季節の変り目、どうぞご自愛ください。

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遠隔介護ブログ(第12回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

遠隔介護という四文字で表す自分の状況について、月に1・2度このようにブログを書かせていただいておりますが、文章にあらわすことでもやもやした日々の小さい悩みが落ちつく事があります。自分にとって「書く事」と、人の文章を「読む事」はストレス軽減の薬になると思い知らされる毎日ですが、今、読んでる小説の中に一生忘れられないなあと思う文章がありましたので紹介させていただきます。

ある少女が公園で四葉のクローバーを見つけ、その姿にその少女の母親が
「四葉のクローバー持って帰らないの?」
と聞くと
「私は今でももう十分に幸せだから、幸せになりたい誰かが見つけられるように、この四葉のクローバーは持って帰らない」
と返答した

という、もちろん小説の中の一文なのでフィクションなんですが、自分の置かれた環境に感謝し他人の幸せまで願える

こんなキレイな心、私にも子供の頃はあったのだろうかと、余裕のない日々を反省しながらこの小説の中の言葉を繰り返す日々が続いてます。

先日、大阪の住吉大社のパワースポットと言われる「五大力」の石探しに行きました。

ものすごく沢山の小石の中から「五」「大」「力」と書かれている石を見つけられたら願いが叶うとされていて、老若男女が必死になって石を探してるのですが、私が五と大を探し終え、あとは力だけで、一緒に行った主人がまだまだ探せてなかったので、主人の分も探しているとまわりにいたお子さんたちが「こっち、力いっぱいあるで」「こっち、五が多いで」と口々に教えてくれるのです。

自分のための石が手に入ってもまだそこに残ってまわりの幸せも応援する。

自分には出来ない行動で、先に書いた四葉のクローバーの内容と同じくらい心に残りました。
人の幸せまで祈れるように、それはまさに、自分の心に余裕をもつことが大切であるということだと思うのですが、今年もあと1か月半となり、年末年始の準備を考えると財布事情もスケジュールも段取りも余裕はまったくなくなる季節で、ほんとにため息が出るばかりなのですがもちろん、年末年始は日頃会えない遠くにいる友達や、親戚に会えたり美味しいものを食べる機会が増えたり出費と忙しさをカバーするだけの楽しみもあります。

ただ、ここ数年。。

寒くなるにしたがって、高齢の祖父や一人暮らしの父にトラブルが起こりやすくなり、夜中の電話や昼間も緊急の電話が入ることが増え、なんとなく落ち着かなくなる上に仕事も忙しい時期に入るので、自分の心身を正常に保つことが厳しかったという思い出で溢れてしまってます。

この冬はそうならないように祈るばかりですが、年々、父や祖父も年老いていきます。

施設にいる祖母も、心臓が弱いので寒くなると心臓に負担がかかり、心細くなるせいか、いつも冬に認知が進む印象です。春になるとまた普通に会話出来るので、脳に気温は何か左右してるのかと調べたくなるほど。

だからこそ、冬は、お年寄りにより一層心を広く優しくせねばと思うのですが。。。

今回は、出来ることまでとりあげないと、心に誓ったエピソードをひとつ。

実家はもともと農家なので、祖母も母も生きてる頃は、田植えも稲刈りもして、米を作っておりました。今はもう、農家はやめており、ただ、近所のおうちでとれた新米を買うので美味しい地元のお米が、スーパーなどよりずいぶん安く手に入ります。

私や弟は父が買ってくれたそのお米をいつもわけてもらって、自分たち家族のお米にしています。
おっきな米袋で購入するお米をうちと弟宅、そして、私のお姑さんち用に父がわけてくれるのですが、わけるときに周辺にいっぱいお米がこぼれるのです。

目も見えにくくなってるのでこぼれてる事にも気付いてない。

いつもは室内なので、こぼれたお米も集めやすいのに先日は、軒先でお米をわけてくれてまして、地べたにお米が散らばってました。

「米わけといたからな」と、誇らしげに言う父。
ゴミが混じらぬよう、散らばったお米を一粒一粒拾い上げながら「次からは私がわけるから、お米触らんといて!」と声をあげてしまった私。

父はしょんぼりしてました。

私が少しでも楽になるように曲がった腰をさすりながら、おっきな米袋覗き込んで、小さなおわんで、ちょっとずつ、米をわけてくれてたかと思うとなんてひどいことを言ってしまったのかとほんとに反省。

ただ、拾いきれないお米や、もう土にまみれてしまったお米は、「ごめんなさい」とお米につぶやきながら、箒で履いてゴミにしたのですが、その中に、ちっさな、20センチくらいの蛇の死骸もあり、このお米がここにこぼれてなかったら、わたし、ここの掃除してないから、蛇の死骸、このままにしてたかもしれない、、

もし、幼い姪っ子が帰省したときにこの蛇を見つけてたら…と思うとぞっとし、田舎の洗礼をまたまたうけた気分で蛇ももちろん処理しました。

掃除し終わって、お米の袋も室内にうつしたあと、以前、ケアマネさんに、「危ないから父にもう料理をさせたくない」と言ったときに、「今のガスコンロは、安全装置もしっかりしてるし、お父さんは料理が好きだから、今、それをとりあげてはいけない」ということを丁寧に教えていただいたのを思い出し、ここまでお父さんしてくれたんやね、ありがとう、後片付けは私がするねという言葉に、さっきの「次から私がやるから、お米触らんといて」の言葉を置き換えられたら、どれだけ良かっただろうと、

きっと、子育て中のかたもこうゆう思いってそれぞれされてるんだろうなぁと思ったエピソードです。

そのあとも、lunchに出向いたカフェで、私がいつも通り早々に食べ終わりスマホを眺めていると「まだまだ時間かかるけど、食べててもいいか」と父から確認が入りました。

さぞかし、わたしが、つまらなそうにそして、早く次の用事をこなしたそうにしてたんでしょうね。

父が冷蔵庫を開け、なにか用事をしてると、冷蔵庫から何分か開けっ放しだったら鳴る警告音も鳴ってますが、耳も悪いので全く気付いてないですし、色々身体が不自由になっていく中で、便利な家電すら、その便利さの機能が発揮できてないことも多々あります。

そして、ちゃんとバリアフリーの飲食店でも、入り口が自動ドアや横開きじゃなく、押し引きするドアの場合、押し車や車椅子のかた、もちろん、ベビーカーもだと思いますが、入るときにけっこう不便だったりもするので、せっかく中に、広い車椅子用のトイレがあっても、そのお店の入り口をくぐることを怖いということを、足が不自由になった年配の知人も話してくれました。

免許証を返納した父が買い物や食事に、ガイドヘルパーさんの運転、付添のもと出かけるとき、どういう店なら心身が不自由になってきた父でも押し車を安全に押して歩けるのか

そういうことも事前に家族である自分が察知して、担当のかたにお願いしておくのも大事だなぁと思います。
もちろん、ガイドヘルパーさんは介護のプロなので私なんかよりよく知ってくださってとは思うのですが。

健康な自分たちでも身体が縮こまるこれからの季節。

いつも一緒にいれないからこその貼るカイロの買い込みや、暖房器具が正常に動くかの確認、すきまから風が入ってきにくいような戸締まりなど、帰省したときに自分が出来ること、ちゃんと気にかけておかないといけないなぁと思います。

父自身にしてもらうこと、こちらで先回りしていてもいいこと、お互いのためにどう動けるか、そして、父の行動を信じること。

年々お互いに歳を重ねるからこそ学んでいかないといけないなぁと感じます。

トラブルは起こってほしくないけども、起きたときに慌てずにケアマネさんや主治医にちゃんと相談できるよう日頃から父がどんな会話を主治医の先生とさせてもらってるかもちゃんと聞く耳をもつ、やはりここでも時間と心の余裕、

まずそこが私には1番足りないので気をつけたいと思った秋の終わり、冬の入り口でした。

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対人コミュニケーション ~PCMセミナーを受講して③~

<<世の中を捉えるフィルターが皆ちがう??>>


皆様、こんにちは!古上です。
月1回ではありますが、僭越ながら連載させていただいております^^

今回は、人により世の中(物・人・状況・現象など)を捉えるフィルターが違うということをお伝えします。

時折、会話の内容で「現実をみると~」「客観的には、」こんなワードがでてきます。
ですが、私はここで少し、疑問がでます。
この「現実」「客観的」は誰のスタンダードなのでしょうかと…
それぞれ生きてきた経路も経験もちがうので、見てきた景色や感じ方も違います。個性もありますし・・

自分の思っている現実と、他の方がみる現実は違うのですね。
もしかするとそこをまず知ることが、相互理解にの肝になるかもしれません。

では、どんな違いがあるのかを一例ではありますが、タイプ特有の言葉を交えて紹介します。

 

〇思考・論理がフィルターとなるタイプの方
「誰が」「いつ」「何が」「情報」「実績」「客観性」「合理的」「理屈」「プロセス」「次元」「枠組み」「優先順位」

 

〇意見・価値観がフィルターとなるタイプの方
「信念」「主義」「確信する」「本物」「賞賛」「こただり」「筋を通す」「信頼」「精進」「貢献」「判断」「コミットメント」

 

〇心情・思いやるがフィルターとなるタイプの方
「~と感じる」「気分」「心」「嬉しい」「かわいい」「仲良く」「ハーモニー」「和」「友達」「心地よい」「みんな一緒」

 

〇内省・想像がフィルターとなるタイプの方
このタイプの方は意識が常に自分の中に向いており、外に対して発する言葉をあまり必要としないのです。人から言われて耳に入る言葉として、「~をしてください。」明確・簡潔・具体的な指示です。

 

〇反応・ユーモアがフィルターとなるタイプの方
「~したい」「~好き」「~嫌い」「面白そう」「わあ!」「ドキドキ」「わくわく」※冗談・俗語・造語・感動を表す言葉を連発します

 

〇行動・魅力がフィルターとなるタイプの方
「要点は」「結論からいうと」「実践」「要領よく」「短期間で」「勝負」「ハイリスクハイリターン」「一目瞭然」

相手の言葉をきいて、タイプを見極め、おなじフィルター(共通語)を通してお話すると、こちら側が伝える言葉が相手に響きやすくなりますし、逆にまったく異なる言葉選びをすると同じことを伝えようとも相手に響かない(うまく通じあえない)こともあるかもしれません。

なにかのご参考になれば幸いです。

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遠隔介護ブログ(第11回)

こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。

早いものでこのブログも11回目。

遠隔介護ブログを書かせていただこうと思った時に構成も一応は考えて10回位で終わるなぁ、ネタもつきるなぁと思ってたのですが、、、

ブログって、小説ではなく、生きている限り、生活の中に書きたい・伝えたいという内容は転がっていて自己満足ではございますが、会社から止められるまでは書き続けさせていただきたいと思っております。
そして、たとえ一人でも読んでいただける方がいる限り、世の中におられる、高齢者の家族を抱えながら、でも仕事もしないといけないし、、と、忙しさに心がつぶされそうな方にも「大丈夫、なんとかなるから、一人じゃないから」という思いを届けられたらと思っております。

先日、「泣き虫しょったんの奇跡」という映画を観ました。

映画鑑賞が趣味ですが、中でも実話が好きで、この映画も、ある将棋棋士さんがプロ棋士になられるまでのプロセスを描いたもの。

プロ棋士になるには年齢制限がありますが、その年齢制限を超えても諦めず、周囲も巻き込み、プロになられたほんとの奇跡なんですが、この棋士さんにはお兄さんがいて、ご両親は、その棋士さんの夢をずっと応援してたものの、お兄さんは、早く諦めて、普通の仕事をしてお金を稼ぎなさいと何年も言い続けておられるんです。

主人と一緒にその映画を観ましたが、主人も妹がいる長男、私も弟がいる長女、として、「やっぱり夢を追えるんて下の子やな」と映画を観終わりつぶやきました。

何を諦めたわけでもない夫婦ではありますが、無難な道を選んで、なんとなく冒険せずに堅く生きる、すべての「上の子」に言えることではないかもですが、なんとなく、そういう傾向にあるんだろうなぁと。
なので世間で夢を叶えて称賛されている方が、「下の子」だったりすると「お兄さん(お姉さん)」の思いや背景もついつい考えてしまいます。
(そうではないよ~というご意見もあると思います。すみません、自分たちだけの妄想ですが、何かしら無難な道を選んだ事を生まれた順番のせいにしてしまう、ダメな思考ですね)

話はそれましたが、松田龍平さんの静かな演技がリアルなとてもホッコリする映画でしたし、脇をかためる俳優さんたちもめちゃくちゃ素敵でしたので、また機会あれば観ていただきたいです。

いつも書かせていただいているうちの父も、いわゆる「上の子」です。

もともとは三男坊なのですか、上2人が戦後すぐの栄養が足りない頃で、幼くして亡くなり、「上の子」になりました。
なので、長男として育てられ、お父さん(=私の祖父)からかなり厳しく育てられたようで、いつも、妹、弟を未だにうらやむ言葉を発します。
そのたびに、私は「ザ正論」で、父に言い返してしまいます。

結婚する時によく贈られる吉野弘さんの「祝婚歌」にも「正しいことを言うときは相手を傷つけやすいと知っている方がよい」という一文がありますが、それは本当にそのとおりで。。。

昨今、人との会話の中で最も大切とされている「傾聴」は、友達との会話や、仕事では心掛けることができてもいざ、近い身内になると、本当に難しくて最後まで聞くまでにキャンキャン言い返してしまい、それがどんなに自分が正しくても、やはり「言い過ぎた、もっと思いを傾聴すべきだった」と、反省するのです。

反省しても、謝るのがしんどいのがまた「身内」ならではで。

謝らなくてもまた普通に話せるのが「身内」でとなるのですが、「耳が聞こえにくい」「目が見えにくい」「うまく話しにくい」「早く動けない」そんな身体が不自由になっている父に対してもっと優しくするにはどうしたらいいのか。。

それは母が亡くなってから常に悩んでいます。以前はもっともっと悩んでいました。

母が亡くなった直後は月〜金曜日はフルで仕事、金曜の夜から主人とともに実家に帰り、一泊。
掃除したり買い出しして土曜夜、自分の家に帰り、日曜は自分の用事をしたり主人の実家に行ったりで、月に1回は弟が実家に帰るのを替わってくれて、、、
その時だけ、主人もしくは友達と遊ぶなどで息抜きをしていましたが、ストレスは知らないうちに溜まっていました。

なので、父が言う言葉にもすべてイライラで返してしまい、たいして怒ることでもないのに、怒鳴ってしまって主人に制されることもありました。父にも「めぐみは瞬間湯沸かし器やな」と揶揄されることも。

ちょっとずつ、息の抜き方や介護サービスを利用することなどに向き合い、今は2週間に1回の実家戻りになっているので、そこまでの負担はないですか、ほぼ毎日の父の電話にはやはりちょっと疲れます。

よく、奥さんを亡くした旦那さんは早く亡くなる、旦那さんを亡くした奥さんは長生きする
と言われますが、うちの祖父も父も思ったよりしぶとくて(笑)
母や祖母が亡くなったときに想像した未来とは違う現実が今ここにあるのできっとこれからもまだまだ続くのだと思います。

父が使ったあとの荒れに荒れたキッチンをみるとほんとにため息しか出ませんが、まだ掃除出来てない時に遊びにきてくれた友人が「うちのお父さんもお母さんがおらん日はすごい散らかしてるで、ほんまなんであんなに散らかるんやろ」と呟いてくれた事でちょっと心が楽になりました。

うちの父だけじゃないなぁ、あんまりガミガミ言ったらあかんなぁ。腰も曲がって、杖や押し車ないと歩けないのに一人で生活してるんやから、と、現実を受け止められて、心落ち着けて掃除も出来ます。

先日なんてやっと掃除が終わり、買い出しのためにスーパー行き帰ってきたらリビングの床が液体で水浸しに。
そばには父の大好きなジュースが、ペットボトルの蓋あけて落ちてちる。
私に怒られると思ったからか私が聞くまで、大相撲観ながら好きな力士の応援に夢中なふりをしている父。
またまた怒鳴りそうになりながらも、子育て中のひとも、お年寄りと暮らすひともきっと、こうゆう、プチイライラ、みんな抱えているんだろうなぁと思いながら心を落ち着かせました。

このブログ、会社ではなく休みの日にテレビを流しながらリラックスしながら書いてるのですが、今もある芸術家さんが元々は主婦で子育てに専念してたけど、子育てのイライラがすごくてストレス解消に独身時代の趣味を復活させてある作品の創造を始めたら子供にも優しくなれて、そのまま趣味と子育て両立してたら沢山作品が出来て、個展ひらいて、作品が売れてもっと楽しくなって、、と、語られていました。

趣味や仕事、友達とのおしゃべり、食べ歩き、色々人によって違うとは思いますが、家庭内の少し面倒なこと、それだけに向き合うとほんとに心が疲れてしまうので、自分が息抜きするめには何を利用して、どんな時間をつくればいいかも考えちょっとずつその時間を増やしていけるようになれば、現実とも優しく向き合えるようになるんだと思います。

まだまだ優しくないですが、ちょっとは前より優しくなれたわたしがいます。

(その時間の確保が一番難しかったりもするのもとてもよくわかります。。時間確保して息抜きしてても頭の中で「私こんなことしてていいんかな」と何かしら悪いことしてる気分になっちゃいますし・・・でも、家族に優しくするための自由時間だと割り切ること、だからこそ、家族や近しい人が、アップアップで困ってたら、自分もその人が自由な時間を持つために協力してあげることも大事ですね、それで少しは感じなくていい罪悪感からも逃れる事が出来ますよね、実際何も悪くないんですし)

わたしの息抜きは映画、友達とのおしゃべり、カラオケ。

そして、家でテレビを見ること本を読むこと。

人に自慢出来るような趣味は全くないですが、20代の頃は人に誇れる趣味を作りたく、フラワーアレンジメントや着付けやブリザーブドフラワーや、なんだかんだ習ってみたもののそれもなんか無理してる気がしたので自分が自然体でいられるものだけすることにしています。

SNSでリア充な友達を見てしまうと、なんでこんなに家族のことにふりまわされるんやろ、なんで遊ぶ時間がないんやろ、なんでなんでと自分だけが不自由だと思ったり、友達を羨みすぎたりすることももちろん私もありますが、それでもSNSを止めないのはSNSも自分にとって、アウトプットするストレス発散の場だから、好きだから。

長くなってしまいました。

これを読んでくださっている皆さんが息抜き時間を大切にして、何かの犠牲になってると思いながら生活されないことを祈って(私もまだそう思ってしまう時間もあるので)今回のブログを締めさせていただいます。

もう1枚写真。

私が愛用してるニベアクリーム。

看護師さんもニベア愛用されてる方、多いですよね。私も実は、子供時代に使ってから何十年も買ってはなかったのですが、弊社の登録看護師さんに6年前にすすめられてから再度使用するようになりました。

新しい柄缶が出ると買ってしまうので、まだ未使用があるのにまた買ってしまい、3つに。。ちびまる子ちゃんの大ファンなので、さくらももこさんへの追悼の思いでも発売されたら即購入した缶もあります。

乾燥する冬に向けて、ケチらず活用したいです。

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対人コミュニケーション ~PCMセミナーを受講して②~

<<自分を知り相手を知る>>


皆様、こんにちは!古上です^^
前回のブログでは、コミュニケーションについて書かせていただきました。

あなたが言いたいこと、考え方、あなたがどんな人物かを誰かにわかってもらうために、そして周囲の人が何を言いたいのか、どんな考えを持っているのか、どのような人物かを理解するためにコミュニケーションがあるという内容でした。
コミュニケーション能力の重要性がうたわれるのは、やはり社会の中で人と関わる以上、お互いがその中でより生きやすく、あらゆる活動をスムーズにするために欠かせないものだからですかね。

今回は「自分を知り相手を知る」ことについて書いていきます。

では、自分を知り相手を知ることでそんな効果があるのか。
ミスコミュニケーションを回避し、良好なコミュニケーション・人間関係を構築していくことができるようになります。

こんなお話をすると、「ニガテな人とは距離を置いたらいいだけだし」「別に理解したくないし」「私が変わってるから」「そんなの良く本にあるような抽象的な話だよ~」と思われるでしょ^^
でも、もしお読みいただいている方でそう思われたのなら、本当の意味で理解されていないのかもしれません。(←失礼をお許しください)

先日、トレーニングの一環として、自分とまったく違うタイプの思考・行動・言葉の使い方を意図的に演じたのですが、本当に身動きがとれませんでした!!驚。
だって、身体にそんな記憶がないのですもの。
物事を認知するフィルターがまったく異なるのです。
私たちの個性を作り出しているパーソナリティタイプを知り、理解しすることで自分や相手のことを受け入れ、より気持ちよく生きられるようになるかもしれません。

簡単ですが、私の受講したPCMセミナー公式HPにも掲載されている6つのタイプ別の特徴を載せておきますので、ご参考ください。

 

①シンカー Thinker
・目標から逆算して考え、効率的・合理的に進める。
・自分にとって合理的なパターンや秩序を作る。
・計画立案や事前準備などが得意。
・無表情で冷静に話し、質問が多い。

②パシスター Persister
・自分の意見を積極的に述べ、他人との議論を好む。
・価値を認めたものに対しては、献身的に取り組む。
・自分なりのこだわりを示すものを身の周りに置く。
・真剣な、自信に満ちた表情で力強く話す。

③ハーモナイザー Hermonizer
・自分のことよりも相手のことを優先する。
・何よりも家族や友人との人間関係を大事にする。
・雰囲気・環境・居心地に敏感で、それらを大切にする。
・柔らかみのある微笑を浮かべ、ソフトな話し方をする。

④イマジナー Imaginer
・落ち着きがあり客観的。自分も含めた全体を俯瞰できる。
・内面世界が豊かで、静かに独りでいることを好む。
・明確な指示があれば、単調作業も苦にせず黙々とこなす。
・無表情で淡々と静かに話し、自ら会話の主導権は取らない。

⑤レベル Rebel
・「やりたいからやる」のであって他に理由はない。
・直観やひらめきが鋭く、自由で柔軟な発想力がある。
・とにかく楽しいことが大好き。
・喜怒哀楽をストレートに表し、表情豊かに話す。

⑥プロモーター Promoter
・環境への適応力に優れ、プレッシャーに強い。
・人を行動に駆り立てるような、交渉力・説得力がある。
・「私は他の人とは違う」という雰囲気を持っている。
・単刀直入に話し、言葉が端的。

 

これらの6タイプは全員持ち合わせているのですが、組み合わせ順やタイプの濃淡が人により異なることで、二つとない個人の特性となるとのことです。

あなたは、どの組み合わせタイプでしょうか?

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遠隔介護ブログ(第10回)

コーディネーターの渡邉です。

ようやく風が秋めいてきましたね。
我が家は例年のごとく、いやそれ以上に記念の100回大会ということもあり、夏の全国高校野球選手権大会に夢中になった夏でした。

始まる前と始まってからでは注目の高校も、選手も変わるのが高校野球の魅力でもあります。
どこが勝っても負けても泣けます。
それも魅力です。

オタクと言ってよいほどの野球好きの主人の影響で、わたしも友人たちから見ればオタク域に達していると思いますが、オタク達は、高校野球での有名高校の校歌も歌えてしまうんです。
その中でも私が好きなある高校の校歌のなかに「やればできるは、魔法の合言葉」というフレーズがあります。
ありきたりではあるかもですが、けっこう日々、このフレーズを思い出して励まされることもあるのです。

※ちなみに私はいま、西宮市民ですので、開会式の人文字にも参加しました。

野球といえば、年配の方でも、野球を応援すると、認知症になりにくいと聞いたことがあるのですか、96歳になる祖父も、昔から野球好きで、90歳を超えても野球をうちの主人とテレビで観ながら、インフィールドフライや、犠打、犠牲フライなど、様々なプレイやルールについて質問してました。
好きな野球チームの選手の名前は覚えてましたし、打順や成績も頭に入ってました。

野球だけではなく、きっと、なにか興味を持ち、それについて考え、頭を回転させるというのが、何かしら脳によい影響を与えるのかなぁと思います。

そんな祖父も今は施設や病院を行ったりきたり。

母方の祖母も施設でお世話になってるので月に1回は、どちらもに会いに行くようにはしています。

ただ、私の住む西宮から実家は片道、高速道路を利用しても90分は車でかかります。

平日働いて月に2回ほど土曜もしくは日曜を利用して、往復3時間で実家に帰り、父の一人暮らしの荒れた家を掃除し、買い物やご飯に連れ出し、たまった郵送物を仕分け。
そこそこの割合で、実家の用事の業者さんやお世話になってるケアマネさんと面会し…などをしていると、けっこういっぱいいっぱいで、祖父や祖母に会う時間も正直、5分〜10分が精一杯。

施設では面会室に案内もくださいますが、「すみません、長居できなくて」と断り、玄関先でちょっと話して、施設の方に月々の買い物などに使う小遣いを渡し(もちろん費用のお支払いもしたうえで)、バタバタと帰るという状況。

祖父も祖母も都度、嬉しそうな顔で始まり、寂しそうな顔で見送ってくれます。

いつも切なくなります。

二人共、私の顔がわかるときとわからないときが最近はあります。
わかってるのかわかってないか、こちらの理解が及ばない時もあります。

7月、かなり多忙が続き、実はここ十年、毎月会いに行ってた祖母の施設に行けませんでした。

6月末の土曜と、8月最初の土曜に行ったので、7月行ってないこと、祖母は気づいてないだろうなぁと思っていたのに、私の顔を見るなり、「せんどぶりやな(播州弁。久しぶりやなぁという意味)」と言った祖母。

それが、私とわかって言ってるのか、時々間違う祖母自身の妹のことを思って言ってるのか、面会中も結論は出ませんでしたが…
7月行けてなかった事を申し訳ないと思ってた私は、きっとその事を気づいてるんだろうなぁと、やっぱりちょっと反省しました。

祖父は祖父で、私と主人2人でお盆に会いに行くと、私の顔をまじまじ見てから
主人に、「しんちゃん(私の主人の名前)の、次の嫁か?」と、私のことをさして言いました。
これには私も主人も爆笑で、あとで、弟家族や叔父にも伝えたくらいのインパクトある一言でした。

祖父へも1ヶ月半ぶりくらいになってしまってたし、いつも下してる前髪もあげておでこ出してたのでだとは思いますが、もっと顔見せに行かないといけないなぁと思いました。

生まれてからずっと可愛がってくれた祖父母、自分が今出来るのは顔を見せることだけですが、もちろん私が往復3時間とはいえまだ会いに行ける距離。
もっともっとご実家から遠く離れて生活されてる方も多いと思います。

身内が施設にいたり高齢だとなかなか電話も難しいので、数ヶ月に1回でも、年に1回でもちょっとの時間でもまずは顔を見に行く、お互いの心を元気に保つために。
これってほんとに必要なことですね。

孝行のカタチに、もちろん「ねばならない」はないと思うのですが、
どんな人生であれ、一人で生まれ一人きりで育ったわけではない。
だからこそ、自分がここに生きてる感謝をどう伝えるか、大切なことだなぁと思いました。

先日、山口県の2歳のお子さんが行方不明になったときに、発見されたスーパーボラティアさんが言われていた「ボランティアをしてあげるではない、ボランティアをさせてもらってる」というお言葉、普段の全てのことにその気持ちが大切だとあらためて学ばせていただきました。

孝行というほど、大層なことではないですが、祖父母に会いにいってあげてるではなく、会いたいから行かせてもらってるとその気持ちをもう一度感じたいと。

祖父を担当してくださってる看護師さんや介護職さんは、私が自分の顔をわかってもらえなかったとき、また忘れられたと笑ってると、「本当におじいさんしっかりされてるんですよ」とぼそっとつぶやかれたんです。

いつも笑顔で祖父に面会する主人の顔はわかり、私がわからないというのは、やはり、心のどこかで忙しいなかで会いにきてあげてると思ってしまっていて私の傲慢さが顔に出てしまっていたんだろうなぁと、なので孫だと祖父が認識できなかったんだろうなぁと。。

そんな、「せんどぶり」の一言から、様々な思いをめぐらし、自分の日々の態度を考えなおす良いきっかけとなった、夏のエピソードでした。

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