「W.S」たかが二文字の頭文字、されど偉大なる頭文字の楽しみ

「W.S」の頭文字Initialから、皆さんは何を想起されますか?
当社は、人材紹介・人材派遣のワークステーション(WorkStation)
まさにInitial「W.S」です。

この頭文字、探してみればこんな風に、
ポジティブで躍動感のある単語が並ぶ。

W:Work(仕事)Word(ことば)World(世界)Wide(広い)Wave(波)Win(勝利)
  Welfare(福祉)
S:Station(駅)Shop(仕事)Science(科学)Sea(海) Sing(歌う)Smile(笑う)
  Straight(まっすぐ)Signal(合図)Strong(強い)

こうして眺めてみれば、わがワークステーションの社名は、
やさしく力強く躍動する良き頭文字Initialで形成され、
看護師の皆さんを支える力にもなっている。

さて、W.Sイニシャルのもう一つに、ワークショップがありますが、
これは看護の現場、もっと大きく言えば、
医療・介護の現場においては大切な仕事領域ではあるなと思うわけです。

看護の分野に限っていうならば、
どの場面においてもチームワーク力の下支えがあってこそ、
個人の看護力が発揮できる仕組み(というかそのような医療の質)なわけです。

このワークショップ(仕事)は、
色々な側面の課題を持っていて一つ一つをチームで共有させながら、
看護の質、看護実践力自体を創造していくものだと思うのです。

何度も何度も問題提起しながら、そこに(現場に)命と向き合う患者さんがいる
という関心を麻痺させないために(医療ってこんなもの、
限界があると諦めてしまう日常性を生み出さないために)、
ワークショップ(チームディスカッション or チームカンファレンス)をする、
ということだと思うのですが、皆さんはどう思われますか?
看護はアートであると言い切るのであれば、
ワークショップは大切な看護力のエネルギーなのだ~!と。

こんなWord遊びをしながら、のんちゃんは、
ちょっとした発見に、つい叫んでしまいました。

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「it」が醸しだす想像力

「it」が導いてくれるImagination(想像力)は、
とてつもなく自由であり、何を想起しても恥じることもない。
まさに「私は私である無限の確かさ」に繋いでくれる、とノンちゃんは気づいた。

小さな子どもは、観念的な概念に縛られない分、
「it」に強烈な好奇心を持って、想像の世界を創り出していて恐れ入るばかり。

あの絵本(及び童話?)の世界は、
限りなく抽象的でありながら(あるからこそ?)個々の子どもたちなりの
具体的な空想の中で可能性を引っ張り出してくる。

恐るべし「it」からのImaginationは、
やっぱり子どものときから刺激されるべきだとつくづく思う。

ノンちゃんの癖は、とにかく何者(物)か解らない「it」に講釈を乗せたがって
世界観を小さくしてしまう(ってことは、いつもとおり変哲のない
奇想天外っぽさもない想像に留まってしまうってこと)。

後日、新聞や書籍文章内に、「it」の可能性にフィットする表現が出てくるが、
「嗚呼、悲しかるかな…、私もそんな世界を表現したかったのに…」と
後の祭りの嘆きやら、癪な思いを洩らすことしばし。
(そんなノンちゃん、あつかましいね)

今日は何故こんな話題をつぶやき始めたのだろうか?

最近、難治分野の医学系研究成果が多く発表されていて、
それは私たち人類にとっての(福音)朗報な贈り物と感じ入るのです。

まさに医学系研究に携わる人々の
「it」への疑問、関心、不可解へのこだわり、不思議への好奇心などの小さな感性が、
こんなにまで可能性を引き出してくることに感心する一方、
近代兵器となるコンピュータの力によって、即座に解明されていくというコラボレーションに
意味深き技を感じたのだと思う。

支離滅裂な文言になってしまいましたが、少々興奮気味なので、この編で終わりにしましょう。

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テレビを見ていると…

近頃、TVをつけっ放しにしていることが多くなってきている。
年の性にはしたくないがなんとなく音や動きがないと寂しいのである。
少々癖になってきているのかも知れないが、
TVのトーク番組やドキュメントに注視する傾向にある。

ビッグで華やかな成功人ではなく、普通に生きて、社会で活躍している人、
一途にその仕事をしてきた人たちの発する表現・・・
ウン解る!とても! その通りだ!あァ悔しい!

その人が自ら導き出した湧きいずる表現!
その顔、その物腰、その言葉のトーンすべてが、
その人に表出されてくる偽りなき表現!

そんな風な感動を頂く。

ただ、黙視で感じ入るのではなく、ノンちゃんの場合、
静的にも動的にも自分が受けた感動を、
思いっきり自己表現してみる楽しみを覚えた。

日常生活の中で、社会活動が極めて少なくなってきた此の頃、
周りとの関係性が弱くなってきており、
自分が何者かが解らなくなりそうな気配を覚えるときがある。
追憶さえも怪しくなってきたと感じる途切れ感に怯えてしまうみたい。

そこで、のんちゃんは、TVに映し出される、普通に生きてきたテラいのない人々と
時間を共有して関係性を持って見るという具合になってきたのかな?

ちょっと言い訳じみているようだが、人との関係性の中で、
人は絶えず進化していると信じているので、
私は「友達を創る」ことに生活(生きること)の意味を感じ、アクション(実行)しているつもりでいる。

最後に、TVから仕入れたことば(その人に適った表現)を私流の学びとしてお教えしましょう。
ちょっとお耳を拝借!

●成功の反対は失敗ではなく、何もやらないこと。失敗は学びを導いてくれる。そのエネルギーの源は、友達をつくること、それを可能にするのは実行あるのみ。

●すべてのことは流れていく。よいことも悪いことも…。

●科学は、皆が気がついていることを言い直しているのだから、難しく威厳ばらずに受け入れればよい。

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