【第一章】枇杷の実が熟れる初夏の頃

枇杷(びわ)の実の熟れる頃を…! 想い出してごらん?!
それは何故って?私は何時も、丁度今頃こんなことを想い出すわ…。
懐かしい香りがする枇杷の実を。サラッと甘酸っぱい香りと面長丸型の柑橘色の実。モジャッた産毛が卵大の実を覆っていて、それが掌の肌に優しく触れる。
そして、枇杷の実が熟れて香る時節は初夏のころ。ノンちゃんの誕生月でもある6月(双子座)って頃になりますね。想い出しますあの頃の懐かしさを…。

こんな思いを巡らしていたら、私は何故看護師の道を選び、よくもここまでを生きてきたもんだ!と。そして最近、ワークステーションで働く社員仲間(私よりも随分お若いお世話になっている仲間)から、私の看護師物語を一度、聴かせて、教えて、との提案があり、せっかくならば、この機会を活用させていただき、書いてみるのもいいかな?しばらくの期間、私の人生・看護師を通しての歩みなど、色々な思いを綴るのも良いことと思われ、書き始めることにしました。当分の間、そのような思いで、ブログを展開してみます。何が語られるのか、何を伝えてみようと思うのか、私なりに吟味しながらブログを書いていこうと思います。
皆様には、興味津々の思いでお読みいただければ、うれしいなと思います。


『私と枇杷の実』

私の幼少の頃、枇杷の木々は、家々の軒先や庭先の畑の畝(うね)沿い、原っぱになった丘や、山の木々の合間に生育していた。目立たないと言えば興味を示す対象ではなかったと冷たく言い放してしまいそうですが、何の変哲もなく立っている深緑色の大きなゴツゴツした葉の木ではあり、確実に目に入ってくる木。しかし可愛さや親しみを感じさせる身近な木ではなかった印象が残っている。そのようなわけで、日ごろは見過ごしているが、小さな白い花が咲き花の甘い香が漂う頃から柑橘色に実が生ってくる生育過程は、やはり子供たちの間では、小さな稔りゆく変化を愛でる心の灯が点る(少し大げさかな?ご想像いただけるだろうか?)。

余談ながら「びわの木」は成長が早いため、手入れを施さないで放置してしまうと、すぐに樹高が高くなってしまい、大きくなり過ぎたことで手入れが困難になる。
そもそもびわは種から育てた場合、8~10年、苗木から育てても植え付けから実をつけるまで数年かかることがあると言われてますが、小さい子供たちにはそんな実りの物語には興味はなかったようですね。「この枇杷はいつもおいしいけど、こっちの枇杷は酸っぱいよ。」とか、「この木の枇杷は実が生り過ぎて小さいわ、もう少し大きいのが良いやね。」とか…ランドセルを背負って、ブツブツタラタラ好き勝手な会話を交錯させながら、幼稚園・学校に通っていたのですから、ま、可愛い純な子ども集団でしたよ。

枇杷の木について、もう少し知り得た知識を申し上げるならば、枇杷の栽培において肥料の欠乏はよっぽどのことが無い限り起こりにくいらしい。だから戦後復興期の時代にあった私の幼少期の風景は、其処彼処に枇杷の木が植えられていたのかもしれない。
枇杷の木は、与える肥料によっては花が付きにくくなることがあると。肥料には主に窒素・リン酸・カリという成分が含まれていて、窒素には葉を大きくさせる効果があり、リン酸は花や実を大きくする養分、カリは根を育てる養分とそれぞれ植物に必要な養分となるそうです。けれど窒素の多い肥料ばかり与えてしまうと、枝葉ばかりが茂ってしまい、花が付きにくくなるということなので、花芽を付きやすくするためには三つの要素のバランスを取りながらリン酸が多めの肥料を与えるようです。
私の小さい頃の枇杷の木は、そのように守られて実を付けていたとは思われないけれど、先に言ったように枇杷はほかの果樹にくらべて栽培が簡単なようですから、自然にまたその時代の生きる知恵として、居住地の身近な場所にたくさん植えられていたのでしょうか?今では、枇杷の木、枇杷の葉、枇杷の実などの効用は広く大きく、例えば枇杷の葉から作ったお茶にも豊富な栄養があるということで出回ってますよね。消費期限は短いながら、そのまま食べるだけでなく、びわジャムやびわ酒など他の楽しみ方も様々に開発されているのですから大した植物なのです。

扨て本題に戻りますが、この枇杷の実と私、どんな関係があったのでしょう?
私は、物心つかない早い時期に寺の住職をしていた父を亡くし、母は女手一つで私を育ててくれました。貧しい暮らしながら、3年間も私を幼稚園に通わせ、小・中・高へも順調に通わせてくれました。その間、お正月、節分、ひな祭り、お誕生会、七夕、クリスマスなどの諸行事は、母なりの工夫をして必ず支度をして楽しませてくれました。ここで取り上げるのが、「私とお誕生日と枇杷」の関係ってわけです。

私の誕生月は6月。
枇杷の実が、店頭に並ぶか並ばないかの瀬戸際を縫って、必ずや私のお祝い膳に添えられているのです。旬の産物を添えてくれるのですから、何とも貴重で新鮮で、その香りたるや懐かしさを覚える私のお誕生日の食卓なのです。お膳にはこれまた料理好きで上手な母が、素材的には仰々しく高価なものは並びませんが、彩りよくいつもと同じではない盛り付け、食材(小魚ながら、きちんと御頭付に仕立て上げるなど、滑稽ながら何が出てくるかと楽しみでした)で満たしてくれてましたね。私は、この満たされた誕生日のお祝い膳が、毎年楽しみでしたし、枇杷の実を何が何でも取り揃えて添えてくれ(たとえ、熟れ度の満たない枇杷であれ、小さかれ、酸っぱかれ、少し膨れっ面をしながらも)、美味しいと言いながら味わいを深めていたのを想います。この習慣は、中学生までは続けてくれた母ですが、その間の母の苦労は計り知れず、今なお、私の胸に甘酸っぱく新鮮に蘇ってくるのです。

私の感性が、こうした幼少期の体験から、醸成されているのかどうか解りませんが、私は、論理的に物事に興味を持って追求するという仕草があったようには思われず、母のしてくれることに一喜一憂の感情をあからさまに出しながら、母に寄り添って生きていたなと思い出されるのです。勿論、枇杷の実は今でも大好きな果物で、旬の実として味わえる果物としては最高だと思っているのですが、中々近年は、お高い果物として売り出されているのです。手が出にくい時もありますね。

皆様は、如何な果物がお好きですか?何か果物とのエピソードをお持ちですか?大事な思い出として、大切な物語にしてみても良いでしょうね。

では、次回のブログをお待ちくださいね。

 

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気になる 新型コロナウイルスの感染拡大 

新型コロナウイルス感染拡大の猛威たるや、想像を絶する拡散力。「封じ込め作戦」では、拡大をもう止められないという。厚生労働省の対応は、世界的にも国内的にも不評を買ってしまっている状況にあり、事実、感染症現場で懸命に働く医療関係者や厚労省職員の感染も増加している現状は、止めようもない現実ということなのだろうか。
どのように現状理解をして良いか解らないけれど、新型コロナ感染に罹る人々は増え、死亡する件数もまた増えていることは確かというしかない。

人ごみの中に外出するのを控え、複数の人たちでイベント計画していたのをキャンセルする事態も起きているが、当分の間は、こうした自粛は必要と思われる。

 

WHOは、2月11日、新型コロナウイルス感染症の正式名称を
COVID―19(coronavirusdisease2019)」
とすると発表。こうした名称には、病態を表す普遍的な単語を含んでいる必要がある一方、地名や人・動物にちなんだ名は使えないルールが定められているらしい。

そこで驚きの情報は、この事態が感染初期の2019年12月の段階で、警告されていて、警告を発信したのは、人工知能(AI)を利用したシステムだと。

WHOがインフルエンザに似た症状が発生していると公表したのは、1月9日であるが、これより早い1月6日に情報を流していたのが、米国の疾病管理予防センター(CDC)で、さらにそれより早い12月31日に、今回の集団感染を知らせていたのが、カナダの健康モニタリングプラットフォーム(Blue)であると。

今更、何とも言えない残念感が残るだけ。しかし、今からでも遅くない!

甘く見ないで!感染防止対策をとって身を守ろう、命を守ろう、なんだよね?

マスクは?どこに行ってみても、店頭から消えている。
アルコール消毒液は?これも売り切れている。
手洗い洗浄液は?これは、かろうじて有りの店舗もあるが、店頭にないこともあり。

困った状況だが、外出から家に帰れば、必ずや丁寧に、うがい、手洗い、手指アルコール消毒・保湿、顔洗い、その他、ドアノブ・テーブル・その他手指のかかる家具・ものは、アルコール消毒液で拭きとって清潔にしておくぐらいはしておきましょう。

 

今後のニュースなど、注意を持って見届けながら、その時々の注意喚起、警告に従いながら、ご自身の身の安全をはかっていきましょうよね。

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自覚のない空気の怖さ って…ありますよねえ!?

昨年の5月「令和」になって、初めてのお正月を迎え、色々と空気の一新がそこかしこにあっているようにも思え、希望的に受けとめうる清々しさを覚えました。

が、しかし中国での新型肺炎のニュースが飛び込んできました。当初の構えは三段の構えさながら呑気に間抜けて眺めていましたが、日ごとにこのニュースは、気をつけなきゃいけないよ!のトーンに。そして一挙に中国の主要都市部に置いても蔓延し、人から人への感染である旨の注意喚起が現時点で出されています。
やはり、単なる風邪と侮らず、慎重に感染制御を意識して日常動作、体調変化に気を付けていきましょう。

私は、昨年暮れより正月3日間、息子夫婦と孫(男児)一人を我が家に向え、賑やかな笑いの中に、久しぶりで身を置くことができ、家族が集う幸せ感を味わいつつ過ごすことができました。日ごろは、単体で私一人の生活体ですから、何分にも平素よりは、立ち仕事・あれこれ忙しさのいる力仕事の動作が多く、身体中痛みを積み込んでいくような感覚の中で、孫のため、息子夫婦のためと、そのように立ち振るまっている自身の健気さに喜び、感謝を想うお正月の日々でした。
体力の減退を感じざるを得ない今日この頃故、老年の呼吸器系感染は軽視しないで、気を付けたいと思っています。

 

2020年は始まり、皆様は、年の初めの希望をどのように定め、歩み出されたことでしょうか?令和2年の話題性は、何といっても オリンピック・パラリンピック。すぐそこに迎えようとしているのですから、前哨戦の盛り上がりたるや全国規模に取り組んでおりますよね。夢・希望を膨らませた聖火ランナーの方々、各オリンピック種目別の代表選手の決定戦と選手決定等々、観戦チケットの売れ行きも、多少トラブルを引き起こしながら好調に走っているようです。TVチャンネルは、何処を回しても、オリンピックイヤー モード。いやはや恐れ入ります。私は、普通にTVを通してオリ・パラ感染(観戦)させていただこうと思います。

一方、政治的には、緩みがポロポロ、次から次へと横柄な国会議員の逸脱した特権志向にうんざりしていますが、やはり何よりも経済が強い(と言っても良いかな?)日本(世界)の経済の行方が、私たちの生活レベルを上下左右にかじ取りをしてくれていますが、何せ、私たちは今や、しっかり働かなければ…生活への影響は大きい。

今の日本で幸せな働き方はどのようにしてできるか。働き方改革という言葉が、ここ2~3年ほど前から、人生訓のような問いかけで云々されているが、具体的な対策(確かさ)は、まだそう簡単に表出されているわけではない。むしろ、じくじくと女々しい呟きが吐露されて前向きになるのが遅々とならざるを得ないのかしら?

急激に進む少子高齢化に処しきれぬ波の勢いというか掴みどころのない波の弾というか、社会的発展も自己の人生設計も、楽しみある確たる将来への構築が描けない。考えにくく、的を得にくく、生きづらい思いになって呻いてしまいそう。
政治家が「働き方改革」の方針を打ち出したとて、それがどのような方向性で整備されようとしているかと言えば、なかなか中途半端で、満足感が盛り上がってこない?ように思うが…。男性の育児参加も、どんな思想哲学(ちょっと偉そうに言ってしまいますが)、生活様式の現状に沿って打ち出されているのか…。小泉環境相の育児休暇宣言は、安っぽく感じられ萎えてしまいませんか?

働き方改革で時短になってもノルマがきつくなるだけ。自分としての利益=給与から得られる満足感-労働を維持するための資産となる有益な費用」とも考えれば、大きく惑わされることなく、自己の人生の資産力(スキル力)を熟成しえる仕事が重要と捉えることができれば、楽になるだろうか?そんな心配をやはり吐露したくなるわ。

世の中、進みゆく方向性の質に対して、私達が自覚を成し得ないままに流れに任せていけば、その空気の怖さは倍返しで反ってくるように思い、これって、不気味だなあ!

でも、あっちこっちで、小さな試み、知恵を具現化して、健気な活動をしているニュースも見聞きしますよね。メディアの方々に頑張っていただいて、大いに発信していただけることも期待できるのだわ。

私は、何が言いたいのかな?
70歳を過ぎても働こうよ。今の高齢者世代は、逞しく強いんだよね~!!老いも若きも、共に「働き方改革」に向って知恵を出して、楽しく健康的に、私たちの資産力を熟成しうる働き方を創り上げていきましょうよ。って言いたいわけよ!嘆いちゃダメ!前を向いて生きよう!

 

では、この一年、皆様のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。

 

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令和元年(イノシシの年)のおわりに思う事

2019年5月1日、令和時代の象徴天皇が即位されました。

皇室に関心をお持ちの方、そうでない方を問わず、10月22日には、天皇陛下が即位を世界中に宣言されましたが、その後に続く一連の儀式は、TVを通して詳細に知ることができ、やはり新しい時代への何とも言えぬ感覚が湧き上がってきたのを、昨日のように思い起こされます。新鮮さ、厳粛さのオーラが、今なお感じるのは私だけでしょうか?

2019年、皆様にとっては如何なお年でしたでしょうか?

イノシシ年というわけではあるまいだろうが、イノシシの猪突暴走が例年になく多く、人身事故、農作物荒らしなどの被害が多かったのではないでしょうか?

食性は雑食性で、突進の威力は恐ろしい。しかし(だから?)神経質な動物であるとも。

嗅覚が鋭敏で知能も高いというから、なんとも愛おしく感じますね。

イノシシだけを取り上げては申し訳ない! 熊の出没もご迷惑な話ではあり、土地の方々や農家の方々にとって、物騒な捕り物帳が展開されました。

ヒグマ(北海道の55%に生息)、ツキノワグマ(本州以南の45%に生息)は、日本に生息する熊たち(世界には8種類の熊がいるそうです)。肉食動物故、発達した犬歯と鋭いカギ爪を持っているのはご存じでありましょう。出くわしたらホント!怖いねえ!!

 

いずれにせよ、今年は自然災害の被害多発の年でもあり、景気感が良くない上に、野生の動物による作物荒らし、大怪我に見舞われるという不幸事があり、災害の多岐多難な年でありました。

今年を振り返りますと、私は、イノシシのて類いではなく、猿年ゆえの猿行動。悪賢い謂れに属するか否かは気にせず、猿のごとくに木に登る敏捷性は無く、そのようなやんちゃさは、有っても良いなと思うが、私の行動には敏捷さ、賢さは期待できない。

前回のブログでは10月にウィーンに旅したお話をしましたが、実はその目的は、シュテファン大聖堂で、モーツアルトのレクイエムの演奏会に合唱団員として参加する事でした。今年の1月から10月まで月3~4回の練習に参加してラテン語歌唱力を身に付け、由緒ある大聖堂でオーケストラの演奏に乗って合唱するという自己実現達成を実践したわけです。

その演奏は、大成功を収め聴衆の方々も700人超ということで、満足度の高い経験をして帰ってきました。長旅ゆえの疲れは1週間後ぐらいから出始め、1~2ヶ月は、何とも言えぬ倦怠感・脱力感に悩まされてしまったかな?今はもう健康を取り戻しましたがね。

 

そして令和元年は、あと数日で令和2年を迎えます。
皆様もそれぞれに、今年を振り返り、来る新年を希望の年と認識して、自身の自己実現を定めて、健康で明るく元気にご精進されますよう、ご活躍をお祈りしております。
来年もよろしくお願い申し上げます。

 

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「きのこ」と「たけ」 なんのことですか?

収穫の秋。
と申すには遅いのではありますが、12月になっても冬にはなりきらない天候が続きますと(時には、そりゃあ、寒い日もありで冬到来ではありますが…)、秋は何と言っても、美味しいものがたくさん取れる時期。
ナシ、リンゴ、蜜柑、柿、その他の果実が豊かにあり、マーケットの店頭にはあふれんばかりの色とりどりの立派に熟した果実が並ぶ。果実だけではなく、魚介類も…。ではありますが、秋の味覚の代表格の一つになるのが、松茸。
高価ゆえ、なかなか私達、庶民の口には入ってきにくい逸材の食材。
何とも言えない香りの行方はどこからどこへと流れゆくのやら…。
TVの松茸リポートは、お若いタレントさんの、多少食べ方の所作が醜くあっても、簡単に賑やかに「わ~~!美味ひ~い!何とも言えな~い!いいかおり~!」と紹介されれば、高価さのレベルが下がるのでは?と案じるも、うらやましく美味しさを想像してしまうではありませんか!

この松茸については、トピックスがあって、実は、一大産地だった広島県世羅町では、天然の松茸の収穫量が減少したことから、人工栽培の研究に着手したところ(残念ながらその研究はうまくいかなかったということではあるが)、なんとその過程で別のきのこが生まれたという。
名付けて「松きのこ」というが、風味は松茸のように豊かで、無農薬、無菌栽培で生食も可能ということで注目を浴びているというニュースを見たことがある。

「松茸」ならぬ「松きのこ」を馬鹿にしちゃあいけないよ!朗報ではあり、その「茸」と「きのこ」の文字違いで、実際何が違うの?松きのこは安価なの?
なにしろ、松きのこは松茸にそっくりで、1本250円からあるというのですから。ほんに!まあっ!ほんとに?!というお宝が出来上がったのだ。

ちょっと思い出したことがあるのですが、10月半ばのころ、ウイーンに行ったのですよね。10月頃と言えばウイーンはもうグッと寒くなるようで、事実10月初めの頃の気温は、5°Cに急激に低下したらしい。
ウイーンの友人から、「こちらは寒いから厚めのコートなど防寒対策をしていらっしゃい」との連絡を受け、それなりに調整し直して10日後には現地に行ったのですよね。当時の気温のは16℃と、思ったより暖かさを感じうれしかったのを覚えています。
1週間ほどの滞在中、少しヒンヤリするウイーンの森の中を歩き、またベートーベンの散歩の小道などを歩いたのですが、その途中、可愛い幼い男の子と若いお母さんが、大きな木の根っこにしゃがむようにして、傍に置いてあるビニール袋に、刈り入れの収穫物を入れている場面に出くわしたのです。もちろん、穏やかで素敵な親子の情景でしたから、私達二人も思わず足を止めて、親子の手元に目をやりましたよ。さらに近づきながら、「ハロー」とかなんとか笑いに紛らわせて声を掛けると、お母さんが刈り入れの手を止めて、群生しているきのこを「これをごらんなさい!幸せのタネよ、楽しみのカテよ!」と言ったかどうか不詳だが、声を発して何かを伝えてくださった。幸福の女神のような、ふくよかな微笑と朗らかな声は、間違いなく私達を受け入れてくださっていると思わせてくれたので、日本語やら英語やら片言単語を駆使しながら、笑いにまみれて会話ならぬ笑話で切り抜けてみることができた。
何しろ、大きな木の根っこの下には無数の可愛いきのこが群生?していて、私達もほんとは、そんな獲物を収穫したかったわね。

きのこ類の名は、「たけ」が付くものが多く、種類の目印なんだそうだ。
例えば、シイタケ、マイタケ、マツタケ、ナメタケ等々。
「たけ」は、独立性の高い接尾語ということで、シイダケ、マツダケとはならず、「たけ」というふうに、濁らず独立性を保っているということのようですよ。
きのこは、菌類がつくる子実体(しじったい)の比較的大型のもので、朽木や木に出てくることが多く、語源は「木の子」からくるとのこと。
きのこは、しかし、食べると非常にキツイ中毒症状を引き起こすものがあるのは、皆様ご存じでありましょう。

扨て皆様、令和元年となった2019年も、残すところわずかとなりました。
どのような1年であったことでしょうか?
私は、高齢の忍び寄る体調不良の症状に悩まされながらも、なんとか笑顔の中に生気を保ち、ワークステーションの仲間に支えられながら、過ごすことができました。
元気が何より。健康への誘い、レクチャーがあちらこちらから飛び交ってくるこの頃。そうした(常に進化している健康対策、健康知識豊かな)世の中になってきており、環境的には恵まれているといって良いのでしょうね。
医療環境の進化、伸展は目覚ましく、将来に希望的になってきますが、しかし、地球温暖化による対策は、今年も合意に至らなかったCOP2002会議。憂うべき事態と認識してみて、改めて、この地球環境の行方を考えてみましょう。

2020年に向けて、私たちが個々に振り返り、新たな年を迎えましょうね。

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何を、どう考えればいいのだろうか? 地球の未来

私にとって知ることのなかったブラジル出身の写真家=セバスチャン・サルガド氏が、2019年の9月に来日されて、ICOM(国際博物館会議)京都大会での基調講演(テーマ「アマゾン熱帯雨林の保護」)をされました。その講演の中で、「生物の多様性を守るためにアマゾンは重要」で「その自然を守るためには、先住民部族のテリトリーを犯してはならず、保護を強化すること必要」と力強く訴えられました。サルガド氏の視線は人間から自然、ひいては地球そのものに広がるという。アマゾンの自然はまだ8割が残っていてそのピュアな部分をと紹介されたようだ。(9月11日毎日新聞夕刊より引用)

最近、ハワイ先住民の聖地、ハワイ島の聖なる白き山、マウナ・ケア山にも、先住民の新天文台建設反対運動が勃発している(このブログを掲載した時には、もう2ヶ月も経ていて、ニュース性は遠のいた話ということになるかもしれないが…)

ハワイ諸島のなかで、最も高い山「マウナ・ケア」。標高は4205mで富士山よりも約1000m高い。マウナ・ケアは、頂上まで車で行けるとはいえ、道が舗装されていないので一般的なレンタカーで行くのは困難ということです。高山病対策として、眠くなっても眠ってはいけない。眠ってしまうと、酸素の摂取量がより減ってしまうとか。途中、標高2800mの地点にある「オニヅカ・ビジター・センター」があるが、ここで何か食べ物を食べながら、高度に体を慣らすのだとか。

このセンター名は、日系三世の宇宙飛行士、エリソン・ショージ・オニヅカ(鬼塚承次:日系アメリカ人だから?親しみを持って彼を記憶している方は多いのではないかな)という人物に由来していて、彼はアメリカ空軍の大佐で、宇宙飛行士である。

1986年1月に、宇宙ロケット打ち上げに失敗して、搭乗していた宇宙飛行士たち全員が死亡したと言えば、記憶に残っている方も多いと思う。

話を本題に戻してみるが、ハワイ先住民は、何のためにどんな運動をしているかと言えば、先住民たちは、この聖地の山に、これ以上天文台が増え続けることを望んではいない。既に10年もの間、反対運動が続けられてきたのだ。マウナケア山の山頂部は、空気が澄んでいて天候も安定していることから、世界の天文機関が13基の天文台を設置し、観測されてきた。そして新たな天文台の建設が、2009年に決定されて2021年(2年後)の運用開始を目指して建設が始まろうとしており、これに関わる国は、米国・中国・インド・日本の5か国とか。

ハワイの先住民にとって、この山は雪の女神ポリアフをはじめ数々の神が棲む聖地とされる場所である。これ以上は増やしてもらっては困る!我々の聖地を守る!その一念で、10年にわたる反対運動のエネルギーを絶やすことなく続けてきています。

世界的なこのようなニュースを知るたびに、考えさせられることではある。そのことをどう受け止めて、どのように自己の活動(行動)エネルギーにすればよいのか?
なかなか、地球を!世界を!自然を!人類の生存を!その他…思考のイメージ化ができないねェ!?

 

ここ数年、日本は甚大な災害に見舞われており、災害に備えての対策は、年々充実度を増し、意識の徹底化が図られてはいる。けれど、その災害は、何故に起きた?どうしてこうなるの?地球のしくみがどう変わってきているのか?たかが地球の一部:日本の自然のしくみが解らない。開発による自然の変化が解っていない。困ったものだわ!憂いだね。

地球の未来を考える!人類の生存にとっては、やはり考えてみることが重要であると思っている。そして、未開の海・川・森・砂漠・山・荒野・∞の課題が大有りの一方、AIの発達、技術革新が主流になって、便利で有効な経済的側面の開発は、訳の分からない便利さに押し流されそう(既に押し流されているのだわ)。

 

呆然と立ち止まって、ある意味流されて、暮らしているのでありますが、皆さんに、何を伝えてみたかったか…?書けば書くほど、まとまってこなくなってしまいました。

 

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いまさらですが ~パンダは、何ゆえにこんなに可愛いの?……。~

表題は、「世界が共有する謎」ということですが、考えてみれば今さらいうことでもない話です。なのですが、何度見ても見飽きない可愛さは、もう参りますわよね。

そこで、その可愛らしさの理由ですが、パンダは、生涯(大人になっても)赤ちゃん体型であるということ。頭部が大きく丸顔の赤ちゃん体型だけでなく、身体全体が丸形で角がなく、柔らかくて前足が内股という3拍子揃えば、仕草を可愛らしく感じさせる体型になりますわ。
そして、顔づくりの小道具の位置は、目の周りが黒く垂れ目、目鼻が下の方にググッと集まり口元が締まっている、となれば、こんな魅力顔になるものだ!

殊に木登りしてじゃれる姿は、身体の柔らかさが好都合になっているっていうのが、よく解りますよね。木からずり落ちても、ドジなとぼけ顔を見れば、これがまた魅力になるのだからどうしようもない。

パンダは、クマの仲間。肉食のクマと違って竹を主食としているのはご存じのとおり。

パンダにとっての竹の功名巡りを言うならば、竹は、固くて噛む力が必要になる。⇒顎を動かす筋肉が、顔の周りからこめかみ頭頂部まで、発達する。⇒顔を取り囲む様に筋肉が発達することで、結果的にパンダの頭が大きくなり丸顔になる。ということです。

パンダの語源はネパール語で「竹を食べる者」=「ネガリポンヤ」⇒「ポンヤ」⇒「パンダ」 となっているらしい。

野生パンダの寿命は15~20年程度。人間でいうなら、114歳くらいという。

天敵や餌の競争を避けて、中国の山岳地帯の奥地を生息の場とした。豊かな食を確保しにくいが、そこで生きるために獲得したのが、冬でも枯れず、1年を通して豊富に得ることができる竹、笹。10時間以上に渡り、約20㎏食べて生きているのだ。

硬くて消化の悪い竹・笹を実はパンダは、竹を食べるには向いていないという事なのに…。(以上のパンダ情報は、インターネット情報を参照して要約したのですが)

 

パンダは、争いを好まない平和な動物でもあり、パンダの習性は、容姿に合致して可愛く可笑しみあり、その愛おしさが、もうしっかりと単純に定着してしまっている。
パンダは野生の動物と改めて思い直せば、野性なる粗野な部分はどうなのよと思う。野生のパンダの本能は、怒ったり、危険を感じた場合には身を守るために攻撃をする、ということもあるようです。そのように知れば、何かしら日本のパンダを見る限り、獰猛さを知らないだけにふっと哀しみが湧き上がってもくる。

パンダの生息地は、中国の山奥。絶滅の危機に瀕した頃から、中国はパンダ保護観察センターで繁殖に力を入れ、やがて野生に帰す活動に力を入れているのは、私たちの知る所だ。2016年には、生息地の保全活動により、絶滅危惧種から引き下げられていて、一応の成果を出しているけれど、ジャイアントパンダの未来は必ずしも明るくないと言われており、林野の開発による影響、その他多くの課題が残されているようです。

今年は、クマの出没で色々被害が多く出ているニュースがありましたし、野生の猿やイノシシ、シカなどによる田畑の作物被害ニュースが多くありました。野性の動物でなくとも、猫や犬の飼い主による虐待や、野良猫犬への殺傷問題が、数多くニュースに流れました。

 

人間世界でも、価値観の多様性への在り方が、多く問われています。
動物・人間を問わず、生きる者への共存意識、協働意識、等々英知をもって、地球的に宇宙的に大らかに生きる旅の目的を、しっかり持っておくことがより大切になってきているのを覚えるこの頃です。

 

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令和の時(時代)の光芒あれと願う行方は何処に?

先月半ば、奈良公園東大寺の敷地内にある療育病院を訪問しました。この日の暑さを受け入れるには、ちょっと苦しむ暑さでしたが、なんと観光客の多いことか…?外国のお客様たちが多く、やはりある一定の観光客の賑わいは、家族連れや友人同士での鹿たちとの戯れ。人なつこく育っている鹿は、老若男女・幼子などを、恐れる様子は無く、鹿煎餅を持っている人たちを取り巻いて煎餅をもらっている。
その度に歓声が上がるこの光景、平和の証のシチュエーションとしては…、ま、こんなものなのでしょう。

公園の主要ロードに沿いながら、東大寺門をくぐって、さらに横道を辿っていけば、直ぐに療育病院に着くが、観光案内表示板は、必ずしも病院施設を表記していないから、解りにくかったかなあ。この並びに、児童発達障害支援療養スクール舎があり、良き環境の中に佇む風情がこのましい。

さて、私が訪ねた療育病院は、歴史的に凄いルーツを持っていて、落ち着いた佇まいだ。玄関を入ると、受付の事務の方が控えておられ、要件をお伝えしてしばらく待つことになったが、受診を終えての診療清算手続きで待っていらっしゃる一組の患児とご両親が、笑顔で穏やかな会話をしている光景に出合い、私も会話することはなかったが、誘われるように笑顔で見つめていたように思う。

1260年有余年前、聖武天皇とその后の光明皇后は、「悲田院」や「施薬院」を建立されましたが、看護師の皆さんならば、看護学生時代に看護歴史で学ばれた記憶が残っているのではないでしょうか?

この故事により、社会のニーズにも応えるために事業団を設立して、昭和30年、現病院の前身を開設し、平成20年には、重症心身障碍児施設をメインとした「福祉療育園」となって運営されている。この病院の経営・運営は、治療・教育・生活 を3つの柱とした療育病院。しかも重症心身障碍児のための病院施設ということです。改めて、貴重な社会的財産と認識を深くしたものです。

この病院にゆかりある創始者は、天皇・皇后なのですから、由緒深く脈々と皇室の方々の支援を受けていらっしゃる。というのが、心強い限りですね。

そして、教育・療育を担っている施設が付設されてあります。インパクトのある社会貢献をされているのも注目しておきたいですね。

施設のホームページには、こうあります。

『目指すのは、「いまのままでもいいんだよ」からのスタート。
それは、あきらめや放任とはちがいます。
「何かができるから、望む姿になったから、愛してあげる」という条件付きの愛でなく、「そのままのあなたを愛しているよ」という無条件の愛をもらえたとき、子どもはゆるぎない安心感に包まれます。
こどもには、「より良い自分になりたい!」という本能的な欲求があります。』

奈良公園東大寺の敷地内という環境は、自然の恩恵をいただいていて、こんなところで働ける・働いたという経験は、その人の人生観に深味をました成長をさせてくれるように思われます。重症心身障碍の子ども達は、私の想像力を超えた色々なドラマ・生活背景を背負っており、穏やかに療養されているように見受けましたが、そこには、医師・看護師・リハビリ師・事務員・その他の職員の方々の、チーム医療・チームケアを築き、分け隔てなき協働関係を発揮して働いておられ、清潔で静かで、特別ではない普通の生活環境を維持されているようにも思えましたね。

空気が優しく、誰もがにこやかな顔を向けてくださって、そこに立つ私も、違和感を感じることなく過ごさせていただきました。 来たれ!看護師さん!ですね。

 

さて、7月に参議院議員選挙があり、賑やかな選挙戦が繰り広げられました。
注目は、俄かに名乗りを上げた政党に集まったものです。

そして、難病と重度障害を持つ男女(各1名ずつの二人)が当選しましたね。

国会は、受け入れ態勢づくりが急務となり、てんやわんやのようです。とにかくものすごいことが起き、私達も身近にそうした難病の重度身障者の方々と共に意見を交わし合うという、特別なことではない普通の環境にしていかなければならないのです。

これから、共に生きあう命の環境みたいな創造のなかに働きあっていくわけですよね。看護師さんの働く場が、広くなり、健康上・生活上の不都合な方たちと如何に身近で共存していくか想像力を持ち、現実の変化を受け止めていきましょうという話なのです。

 

今年の夏は、爆暑!というか、とんでも酷暑ですね。熱中症を侮らず、避暑グッズなど素直に取り入れて、とにかく元気を奪われることのない気配りの中で過していきましょう!!

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看取りの看護と称する期間とは…それは臨終の間際期?

私は、看取りケアは、敢えてそのように取り上げるべき特別なものということではなく、日々のケアの延長線上にあり、日常ケアの充実が基本となると考えている一人です。
入所時からの関わり、あるいは在宅療養の関わりが、“いつもとちがう”“察知しえる変化”を捉えることができ、だからこそ重要となる。在宅療養中あるいは入所時から看取りを意識した関わりを行うことが,一人ひとりの生きざま、高齢者の希望に沿う看取りケアにつながると考えていて、言うならば ~周終末期看護~ といってみても良いだろうか?

在宅であれ、施設であれ、高齢者の方が人の手助けが無いと生きにくくなっていく、自らの生体の反応に対して、苦痛、不安、戸惑い、喜び、など 心模様の変化は計り知れず、大きくあるように思われる。高齢者の方が、人生上の危機を乗り越えるための伴走者となる医療従事者(とりわけ看護師)たちに、じっくりと気持ちを話すことは容易ではないが、日ごろ、看取りの看護を意識して活動しているのであれば、この状況を確と受け止め、看護活動のニーズ領域を広め、推し進めることにつながっていかないだろうか?

高齢者の日常生活に寄り添えば、そこには心身ともに重要なケアの担い手となる必然性が出てくるからであり、必然性に支えられて、高齢者の希望が静かに見えてくるではないか…。

大阪府看護協会の「看取りガイドライン 自然な死へのアプローチ」を一部引用させていただくと、

『……高齢化の進展に伴い、重度の要介護者や認知症高齢者が増える中、在宅・介護領域における看護の役割が重要になってくる。「ほぼ在宅(施設)ときどき入院」の社会を迎えるにあたり、施設での看取りや在宅・訪問看護での看取りニーズも高まり、地域や施設での「暮らしを支える看護」への期待は一層強くなってきている』
そして、『生きとし生ける者には必ず人生の最終段階が訪れ、ご本人・ご家族・関わるケアスタッフが「命は限りある」と理解し、受け入れることによって不安・恐怖・悲しみを、平穏で感謝に満ちた時間に変えることができる』と。

これは、人が、人生の旅における終焉の希望につなげながら過ごせる事ではないか!

しかし、現実の問題として、考えておかないといけないことがあります。
看取りを行ってくれる医師を探すのが、在宅で看取るための第一ステップとなるのですが、そこの切り抜けが何とももどかしいお話です。

私は、最近まで知らなかったことですが、ご一報をお届けしますね。

一般的に医療保険上の届け出の中に、「在宅療養支援診療所」というのがあり、その診療所は、自宅から半径16km以内にあることが条件になっている。なぜ16kmなのか?
医療保険制度上、何かあった際に飛んでいける距離が16kmと想定され、在宅療養支援診療所は、その範囲でないと医療保険上の加算が受けられない。在宅療養支援診療所は往診による在宅医療を積極的に行っている診療所であるが、すべての在宅療養支援診療所が在宅での「看取り」に積極的なわけではなく、医師が3人以上いることが条件になっている。しかし現実として、医師は夜間対応も多く発生し、スケジュールは休みもなく身体的に相当きつい状態になり、引き受けにくい状態でもあるらしい。そのような診療所でも、医師自ら「終末の看取り」は、病院でということを進めざるを得ない状況にあるのだと。

考えさせられますね。

看護師として、「周終末期看護」と捉えて、私説を展開させていただきましたが、高齢者として生きる私は、このようにケアしていただける看護師さんに出会えれば幸いなるかな!です。

 

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怖いな!!何事も便利と慣れ親しめば危機感の緩み

自動車の進化しすぎるオートマチック化と超高齢化の伸展に伴い、社会的問題となっているのが、近ごろの交通事故の無残さ、悲しみ、が後を絶たない連鎖的な発生状況だ。

便利で広範に味わえる「幸福感」「自己満足感」と「私にもできますこの操作」の手軽にできる安直感がどうも怖い。
ま、このような表現で揶揄したような切り出しで恐縮してしまうが、私なりにはやはり、まじめに最近の状況を考えてみたい。

この間、TVを見ていたら、自動車の生産に関わっている方が、こう言ってました。
「自動車には、AT(オートマチック)車と、MT(マニュアル)車があり、痛ましい事故を防止するというのなら、やはりMTでしょう。」
AT車は、クリープ現象(アクセルを踏まなくても、少し車が進む)により、場合によっては、不慮の事故を起こすことがある。また、自動変速のため、小さいコントロール調整ができず、2速発進ができない。
MT車は、走行状況やエンジン回転数に合わせてギアを自由調整できる。アクセルとクラッチのコントロールが、思い通りにできる(ドライビングコントロール)。デメリットは自動変速できないため、低速走行時は安全防止としてエンジンが自動停止する。
夫々、そのような特徴があるが、何しろ、AT車は運転が簡単すぎて、危険意識を持ちにくい。機械の大きさや複雑さの割に、運転が簡単すぎて、車の危険性を軽んじて恐れないことが一番危険だ。と。アクセルとブレーキの踏み間違いは、ほとんどMT車では無いことだ。と。

科学技術の発展は、効率や快適さの追求を大きく可能にしてきたし、社会システム発展の原動力になっているとの認識が、現代の発展の原点になっているようだ。

しかし、識者は警告もする。便利さに慣れ過ぎると、思わぬ形で報復されることを、経験から大いに知り得ていることだと。
この警告に、素直に従ってみてはどうだろうか?

今年、平成31年の始まりの時、既に5月より新天皇・新元号の「令和」元年を迎ことは決定し周知されていましたから、私の身上、如何なる点を新たにして歩もうかと、考えてみたことでした。
今年=令和元年の6月には、いよいよ後期高齢者の仲間入り。というからには、私はリセットした方が良い事案が頭にのぼってるわけです。

そんなわけで、私は今年1月25日には、運転免許証を返納しました。
「車の免許返納」いよいよこれと向かい合わなくてはならない!まだまだ元気だと思いたい。しかしまあ、寂しくはあるけれど、気が楽になったなということもあり、車の手放しはすっきりして、今を不自由感なく過ごしているということです。

積み重ね行く齢の為せる、不都合な症状、ついやってしまう癖は責任を負いきれなくなる。
また、諸機能の低下による覚束ない行動などは、危険が発生しやすく、他人に任せるべきことと、自覚せねばならない。身体免疫力の低下などは、弱気に考えてしまえば鬱気分にもなるけれど、老い現象を素直に受け止めれば、弱身から強身に転じる方策を施し得るのであり、何もかも持ち得ていた実力を無にするか、弱体化させてしまうかではなく、深刻な社会的迷惑行為を引き起こすことにならない配慮の調整はしなくちゃならない。

自分への傲慢さには、やはり潔くさよならして、自己に叶うあり方をリセットするべしと思う。齢に負けるのではなく、齢に寄り添える柔軟な気持ちの切り替え、即ちフレキシブルの志向を、今一度受けてみるならば、後期高齢を、それほど不自由感なく生き果せていけると思うのだけれど…。

 

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