女性の人生観考~2016年の出生率低下(100万人を下回る)を受けて~

2016年の出生数は昨年暮れ発表あり、ついに100万人を割り込み97万6976人、
出生率1.44(前年比、1.45、約2万3千人減)と。
自然増と自然減の境目となる出生率は、2.07というから、
相当に落ち込んでいるということになるかな?

そして新年を迎えた1月5日、大人になったらなりたい職業ランキング
(第一生命保険調査:全国の幼児や小学生1100人を対象)
が発表されたが、ちょっと興味深い。

男の子は「学者・博士」が15年ぶりに1位となり、
この背景には、近年日本人のノーベル賞受賞が続いたことが
人気を集めたのが影響しているとか。
学者・博士になりたい男の子では「がんを完璧に治したい」
「遊んでくれるロボットをつくりたい」と
理系の科学者に注目が集まっているようだ。

女の子のトップは19年連続で「食べ物屋さん」で、ダントツ1位を走っている由。
女の子には菓子店が人気で「パティシエになっていろんな人を笑顔にしたい」
「病気の人でも喜んで食べてもらえるスイーツを作りたい」
との声が目立ち、男の子の2位は「野球選手」、3位は「サッカー選手」となり、
8年ぶりに野球選手がサッカー選手を上回ったのだとも。

当社業界的にうれしいのは、女の子は2位が「看護師さん」、
3位は「保育園・幼稚園の先生」で、このランク傾向も長年続いているようだ。

☆★〇幼少期の夢は、甘く希望に満ちていて微笑ましくさえあるけれど、
夢と現実が何時ごろどのように現実的な変化に影響してくるのだろうか?

さて、女子の生き方に思考を集中してみれば、女性の人生は、
子どもを産むか、子どもがいない生き方を選ぶか、
あるいは、結婚を選ぶか、仕事を選ぶか、仕事・結婚・子育て全てをベストに熟すか、
常に多岐な人生の岐路をどう乗り越えていくのかの選択・葛藤に向き合わざるを得ない。
(と、わが身を振り返り、また先人・友人知人などの生き方をそのように想う)
働く女性にとって、産休・子育て休暇はありがたいが、キャリアアップを図るには、
いったん休憩ということにもなろう。
となれば、仕事の質が落ちるのではとの不安が頭をよぎり深刻に悩みもする。
落ち着かなくなることもあるだろうね。
職業女性であるときには、やはり、若い後輩たちに道を空けていく
潔さみたいなことも考え、あるいは、管理者となって社に貢献していくことは、
自分の人生への更なるステップアップとしてテンションが保たれていくだろう。
否否、プライベートの充実が保たれなければ意味がないと考えることもあろうか。

そのように職業的に充実感をもってしても、女性の出産に関する
身体機能には限界があり、出産適齢年齢を意識すれば、悩みどころは神妙になる。
生む可能性の限界を意識しながら、この女性特有の機能を無駄にしたくない。
そんな狭間にある女性の思いは、ある時期の多くが経験しているのではと思う。
割り切れる時を持てるまでの期間を大切に生きていきましょう。
ワークステーションから愛をこめて、発信させていただきました。

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看護師という職業の選択

看護師の就職の選択肢は、今や多岐に亘っており決して狭き門ではない。
むしろ一般社会から見て恵まれていると認識するべきと思うのですが、
多岐に亘る、というのが少々??マークがついてしまうほど、
就労環境(労働条件)が整備されていないように思えます。

とはいえ、看護師が足りない、といわれる背景には、
早い速度で看護の専門分化が進み、
より高度なニーズへの対応力が育成されてきた一方、
看護分野の起業規制緩和、看護師配置基準整備、
在宅医療の拡大充実など、医療対策上の施策があるのでしょう。

一看護師が(この場合特に女性の看護師ですが)、
結婚・子育てのライフサイクルを経ながら、
看護師資格をどのように活用していくのかを問われるとき、
必ずしも提示される就職が、サイクルニーズに合っていないとか、
職場実態からして安価すぎるという問題があるようですし、
エネルギーを要して働くのを好まず、
楽に働ける仕事内容を志向する傾向が根強くあるように見え、
少々残念な思いがするかな?

看護師の職業は「さまざまな人との出会いと交流」があり、
身近なできごととして展開しますよね。
さまざまな人と自分との違いを知り認め合う進化を、
新鮮な感覚として体験できるのですからドラマチックでもあります。
違いから生じる価値観のぶつかりあいは、凄まじく苦い体験とも云えますし
希望へのプロセスと認識できることもできます。

あなたはどのようなエピソードをお持ちですか?

就職の選択、人との出会いと交流。
そこから始まるその人(看護師)の行動は、
どんな化学反応を生み出すのでしょうか?

そんな風に考えてみると、看護師にとっての多岐なる選択肢は、
実のなる木として興味深い恩恵ですヨネ。
看護師復活への活路を見つけていきましょう!

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看護師を続けながら子育てしているお母さんへ

看護師になる動機としては、看護師になって人のお役に立ちたいとか
苦しんでいる人のお世話をしてあげたいなどいろいろありますが、
結婚しても生涯看護師として働きたいという意思を
明確にしている人は少ないように思われ、それはどうしてかな?と。

看護学校に入学して、3~4年間もあの大変な学びの努力、
膨大な消費時間・経費を考えると、
取得した資格は、そうそう簡単には手放せない。

男性は、積極的には「結婚後も看護師を続けなさい」とは言わないのではないでしょうか?
女性もまた、結婚相手として気に入った男性の意向に沿って
決意をしているような気がしていて残念に思われます。

結婚と看護師の両立! 何が両立を困難にしているのでしょうか?
これは最近の問題ではなく、相当に長く続いている問答で、
解決し難い社会的な問題に影響されているようでもあります。

さて、子育て中の(看護師)かあさん!!
誰しもがわが子のために、昼夜24時間365日を「より良いお母さんであるために」
切磋琢磨の努力。尊敬するばかりです。

ある本に、世界の心理学者(フロイド、エリクソン、ピアジェ、バーン)の理論をベースに、
あなたが“素敵”な親であるために として書かれてあった一部をご紹介してみます。

誕生から6ヶ月:おかあさんとおとうさんにしてほしいこと
1.子どもそのものを受け入れる
2.触れる・マッサージをする・たっぷり抱っこする
3.おなかをすかせたらその時におっぱいをやる
4.お互いに助け合って休養をとる・お互いを自分たちを大切にする

これは、「今、このとき、ここから始まる」話なのですが、働くお母さんにとっては、
四六時中のたっぷりな時間を保証するのは難しい話です。
しかし、「私の子育て」としてわが子への誇り形成ができるということを希望的に考えてみれば、
「今・このとき・たとえ寸時でさえも、ここから始まる」無条件の、
いい感じのストロークを与え続ける。
つまりは、帰宅したとき、保育所に迎えに行った時、
しっかりハグしてあげるだけでも違うってことです。

ノンちゃんは、これを基本に銘じておくならば、
多忙に働く看護師をしながらも、子育てを両立できると思っているのです。
但し、多忙すぎる看護職と子育てについて、
健康を害してまでも両立させようと言っているのではないですよ。

両親が子どもを間に、折り合いをつけあって生きていくまでには
時間もかかることではあるのですが…
子どもは一定のリズムを求める特性(欲求)があるので、
生活のリズムを早く確立していけば、
子どもなりに頭をうまく使うようになってくるってことも信じて!!

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看護師の『現役』と『影法師』

サッカーの三浦和良(サッカーの元日本代表FWでJリーグ最年長のJ2横浜FC)さんは、44歳現役選手。子供を持つ親父でもあるが、執念みなぎる風でもなくテライなく坦々と自分の出番指名に備えている。

「何故引退して、コーチや監督になる道を選ばないのか?」
の問いかけはどうやら愚問のようだ。

「限りなくサッカーをするのが好きだから」ということらしい。
「サッカー選手に求められる身体機能は若い選手にはかなわなくなってきている。しかし、自分が選手として出る場がある以上、価値ある戦いは衰えず発揮できるし、プレーしていて楽しい」と。
これだけのことを温和に言えるところが素晴らしい。

ならば看護師の「現役」ってのはどうなのだろうか?

考えてみると、確かに瞬発力(即応力)は20代半ばと40代半ばでは格差がついてくるが、加齢と共にキャリアを積めば、一定の技術力は水準を維持し、洞察力・察知力に磨きがかかるなど進化した力を持つ。

つまり「技の手際よさ、素早さにかけてはベテランの力を発揮するが、新しい技に対しては若いひとたちには適わない適応不足の感は免れない。

しかし、そんなことよりも、医療現場で看護し続けていることが「看護が好きだから」と言わしめて、看護師現役を温和に頑張っているのは現実的な話だろうか?看護師は医療現場で管理立場でない一スタッフとして、また在宅看護師として、限りなく、どのくらいの年齢まで働けているのだろうか?

助産師の80歳現役ってのは時々に知る機会があるけれど、看護師さんはまだ聞いたことがなく、お目にかかりにくい。どんなところでどんな現役看護師として貴重に働いておられるのだろうか?

どなたかそんな貴重な方を紹介してくださいな。私たちの看護師仲間が、その資格を持っている故にそこまでも社会に貢献できるという深いい話がここに集まれば、決して「影法師」でない現実的な可能性ある力として「一つの光」が見えてきませんか?

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患者と医療者は「お互いさま」の安らぎの中で

看護師現役時代に考えていたことがあります。

病棟で新しい患者さんたちと出会うたびに、
「この出会いって人々がどうつながりあってこの場所で会うことになったのかな?」
「ここでの生活上のつながりは個々の患者さんの生き方として
どのように変化(進化)するのだろうかな?」
そんな好奇心があったように思います。

病院での患者さんとの出会いは、根源的には「生命の維持」という欲求(希望)があり、
患者さんと看護師は極めて近い関係になり得ますよね。
看護師は当然のごとく、プライバシーを尋ね、患者さんの皮膚に触れ、痛む箇所を直に触り、
口の中を観て、体を清拭して、陰部洗浄して、浣腸もしてなどなど、
看護師に託された身体上の観察・処置をしていますよね。
これは極めて非日常的な出会いで、看護師だから為しえる関係です。

近年、病院や施設は、患者のプライバシーの保護や患者が治療の質を選択決定する
自由度の拡大や自己責任など、患者の権利として保証していますから、
患者さんの生き方、考え方が看護活動に大きく関わってきます。

例えば、診察を受ける患者さんが、特に女性の場合、
やたら脱衣する行為を嫌がったり、高齢の患者さんが脱衣にもたもた時間がかかるという場合、
Dr.もその辺は引き気味で、脱衣しなくともいいという了解をして診察するのですが、
私は、これは大変な省略医療であって、不平等な格差診療と思うわけです。

現役時代には、最近のご時世の配慮として受け止めていた節もあるのですが、
現役を離れ一市民として病院を訪ねる身となった今、身体上の異常を感じて受診すると、
問診と簡単な聴診、後は検査結果(採血・レントゲン・他)に任せられる場合が多すぎて、
受診の満足感にはならず、違和感を感じたりもするのです。
なにせDr.はPCと向き合い、PCの処理をするまで会話を中断したりして
顔を合わせる事はないのですから。

PCがはじき出してくれる診断能力も確かにすごいのですが、
このフィジカルアセスメントの技を駆使してくれる診察は、
この頃まったくといっていいほどなくなりました。

医療の現場で、医療提供者と患者さんの出会いの中で、緊急であれ慢性であれ、
生命の維持に関わる関係を築いていく場合、人と人とのつながりの欠如感は
生じさせたくないものですし、自分だけの安全を遵守するのではなく、
その人の立場に付随する規範をもって
「おたがいさま」の安らかな関係ってできないものでしょうか?

ノンちゃんのお正月の猫目線は、そんなところに関心を寄せてみました。


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