熊本地震の衝撃は、やはり大きいもの。

14日の余震(後でわかったことではあるが)に続く16日未明の本震は、
被害の連鎖拡大を呼ぶことになり、自治体や官庁、メディアから流される
経験則による予測に従わない結果を引き起こした。
やはり、地震の被害規模は大きく凄まじく恐ろしい。
被災した方々への心からのお見舞いを申し上げます。

ある程度限定された九州地域での災害のためか、メディアのリポーターや記者は、
早くから現地に入り映像やリポートを細かく届けてくれた。
ただリポーターやカメラマンなど、現地での取材にかかわる方々は、
危険な状況に遭遇しながらの仕事でもあり、
中継を見ている私たちは思わず声を上げてしまったりしながら、休日の終日、
TVの前にくぎ付けになりながら映像を負うことができた。
それ故、覆いかぶさる二次被害の拡大状況は、言葉の尽くしようもなく、
被災者の方々、現地で救援活動をされている方々を見守るしかなかったですね。
なにしろ、中継の悲惨な状況が、
リアルタイムでリアルに迫ってくるのですから、祈るようにして、沈黙です。

まだまだ、余震が長引いており、活断層の分布もずれが生じていると。
よく解らないが、限定された地域から九州全体に拡大している様相でもあり、
危険状態が続いている。
今日は既に雨模様になっていて、九州地方は今夜にかけて尚、雨の予報だ。
救援物資も届きにくく、不足もしている。という。

被災された病院の入院患者さんたちの搬送もままならず、
懸命の搬送・転院にもDr.Ns.や病院職員の方々が
必死の活動をされていて、他人事ではない。

部外者意識で眺めるのではなく、私たちにできることを探し出し支援していきましょう。
先ずは、皆さんとともに、この状況を共有し、
心を一つにして応援・支援させていただこうということですが、
実は行動の具体的な呼びかけはしていないので、心苦しくもあるのですが、
気持ちを逸らさずに、私の、あなたのできることで見守っていきましょう。

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故郷いじわる考:世界遺産の街の滑稽な賑わい

わが故郷 紀伊田辺の高校同窓会は、40代頃から、5年に一回というベースで始まり、
それなりに盛会に行われ、余韻の残り火とでもいおうか、
関東は東京・関西は阪和圏で毎年地区別のミニ同窓会が開かれている。
還暦を迎えたころより物故者が増えてくるに、わが身の身近な問題として感じ入れば、
やはり3年に一回の再開を望む声も多くなり、
今では、地元本家の同窓会が3年に一回開催されている。

さてさて今年の同窓会は、古希を迎えて参加した面々が、
これまでを生きてきた生活臭を漂わせ、大事に磨かれてきた自己の感性を
顔、容姿に漂わせながら、屈託のない再会の喜びを確認し合ったものです。
流石にいつもの常連メンバーの不在に、一抹の悲しみも共にしあったが、
いずれわが身も「不在」となる身と受け止めているかのように坦々としている。
これは年を重ねて生きる中で、肉体が教えてくれる真情のように思われて、
不思議な感覚を覚えたものです。
これなかなかの滑稽な風景と言えないだろうか?

ところで和歌山県は、高野山、熊野古道が世界遺産に認定されて以降、
結構な観光客を誘致して潤沢な経済が巡っているようだ。
道路、街並み、海岸沿線、全てに装い新たにするなど身づくろいを整えていて、
まあとにかく賑やかに過ぎるほどである。宣伝効果高らかにというか、
可視化がぬかりなくほどよく徹底されている。
観光センターなる建物もできていて、歴史表記や道路マップのパンフレット、
看板があって、碑・歌碑や記念館、ご当地ユニホームで観光客をもてなしている。
~いらっしゃいませェー~ 張り切った声でご挨拶いただけば、
活気あり、うるさくもありの複雑な心境になってしまう。

トイレひとつをとってみても、
目につきやすい場所に堂々ときれい化された明るいし、悪臭も緩和されている。
おまけに掃除チェック表も目につきやすい形でぶらさげられていて、
「清潔」維持を誇っているのか、労働監視なのかといった風景に感心するやら驚くやら。
店構えも、新旧入り混じりながらも、現代風に装いを凝らし街並みを整えてもいるが、
コンセプトが分からない派手な色彩の店も目に飛び込んでくる。

こぞって世界遺産、重要文化財などの認定・指定を受けたくて
必死に盛り上げようとする背景は、観光誘致という最強手段を通して、
金儲け主義にはしすぎてはいないかと思ってしまうほど。
経済的潤いは必要だけど、この賑わい方は、危うげな滑稽さも感じ、
もう少し静かな故郷であってもよいのでは?と。
まあ、元県人今他県人なる者が言うことではないっかぁ~。
私の意地悪考でございました。

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ちょっと立ち止まって「昭和の日」

小保方晴子さんの「STAP細胞」論文の不適切な作成疑惑が
センセーショナルなニュースとして異常なまでに取り上げられ、
かなりうんざりするしつっこさでTVや週刊誌で流されつづけてきましたが、
そこへまた山中伸弥所長の初期論文(2000年に発表したES細胞研究論文)の疑問点が
ネット上で指摘されたという問題が持ち上がりました。

28日に山中所長が、記者会見して「不正はなかった」と発表していますが、
一部データが保管されておらず、完全に証明できないのが悔やまれるとも。
ニュースで見た限りにおいては、誠実さが感じられた会見でしたが、
両者の論文不正疑惑説明と謝罪の記者会見に対する姿勢(というか向き合い方)の違いは、
あるいは研究者としてのキャリアの違いは、
私自身がこんなにも好感度に影響されるものなのかと感じました。

さて、29日は「昭和の日」。あらためて「昭和」を味わってみようというわけです。
「昭和の日とは、激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み国の将来に思いを致す」
という趣旨が祝日法に規定されています。
が実は4月29日は、昭和天皇の誕生日であり、元号「昭和」の由来については、
国民の平和および世界各国の共存繁栄を願う意味であるということです。
(Wikipediaより抜粋参照)

ところで昭和の時代は、国民の平和希求どころではなく、
満州事変→日中戦争→第二次世界戦争ということで好戦的な時代という認識が強くあります。
さらに第二次世界戦争の終結時には、
アメリカによる広島・長崎への原爆投下という大惨事を受けて、
ようやく激動の時期を脱し、それこそ国民の平和、世界各国との共存に向けて、
大きな経済成長へと向かい、 国民の生活に潤いがもたらされるようになった、
とまあこのように言えるでしょうか。

国民の平和、世界との協調共存、行うが難しい。
世界のあちこちで戦争・内戦が止むことなく勃発し、
日本もまた隣国との間で摩擦が一向に収まる気配なしの昨今であるのですから、
今、「昭和の日」を立ち止まって、歴史的に「昭和」は何を教えてくれているのかを
考えてみる必要はあるのだと思います。

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