“夏の真っ盛り”すごく身体に堪えます~!

“夏が来れば思い出す~はるかな尾瀬、野の小道~”
爽やかな曲調で始まるこの歌は「夏の思い出」。
多くの皆様が、気軽に口ずさんでおられるお馴染みの歌ではあり、そして私は、この歌に寄せて“何故か?”思いを繫がらせる歌があり、それが、飛鳥時代の持統天皇の“春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり(干してふ)天の香具山”のお歌が、我が頭に巡り出てきたりもして…(?)
なぜ?か良く解らないが、ある夏来たる頃の何時の日かに、思い出す瞬間があるようで、何の特別なこだわりが有るわけではないが、思い出してくる歌ってことですね…。
でもこの感性でもって思い描いているわけでして、これで涼を誘える(紛らわせているだけ)って、ちょっといいと思いませんか?乙な感じでね!

ついでにこの歌を現代語に訳してみれば、

「春過ぎて、いつの間にか夏が来たようです。夏になると、白妙の布を干すと語り継がれている天の香具山に、真っ白な衣が干されている様は、春も終わり夏がやってきたらしい。天の香具山にお祭りのための真っ白い衣が干してあるから」

風を感じる夏の歌は、有難い。
それだけで「涼」を感じることができる幸いがあると思えば、どうしようもない暑さの苛立ちは鎮まり心穏やかになってくれるのではないかしら?

夏のお中元という事で、ノンちゃんレターをお届けいたしました。
が如何でしょうか?
皆様! 夏の日々の暑さ対策をしっかりされて、御身体の健康をお守りくださいませ。

サグラダファミリア建設!! 着工144年を超えて収束間近!!

「サグラダ・ファミリア建設作業が、間もなく収束と」のTVニュースや新聞記事が目に留まり眺め入る。

素直に、「えっ?そうなんだ!!へ~!?何だかな~!?」との思いは、直感的には一歩引いた感じを持ってしまったか?
畏敬の心情は持ち合わせていなくて、そこまで引き継がれる完成への思いは何なのだろうか?
と思ったかどうか定かではないが、感動的な喜びの共有は不確かで、その場を通り過ごしている。

世界のクリスチャンにとっては、神聖なる世界の大いなる喜びの事象であるに違いない。
完成形の工程が解らない、長年に渡る引き継がれゆく多くの才たる建築挑戦者たちは、祈りの象徴である父ヨハネ・母マリア・子イエスの「聖なる家族」の塔の完成へ、どのような思いを以って継続を受け繋ぎながら、ここまでの本質的(ガウディの思い)な完成度を繋ぎ、完璧な完成への引継ぎに挑戦してきたのだろうか?!

あと僅かの作業工程を残したところで、「まもなく完成する」という表明が、2026年6月10日のニュースで発表されたのである。
「主塔イエスの塔がこの日に完成し、教会全体は概ね10年前後で完了見込」との情報発表は、世界中に繰り返し伝えられたようで、着工者のガウディの没後100年の命日の日は、既に着工期間144年
全体の完成は、あと10年位という状況にまでこぎつけてきているとのニュース。

主塔(イエスの塔:172.5m=世界一高い)が完成した2026年6月10日(日本時間11日未明)に完成の記念ミサが執り行われ、その映像が全世界に公開されたので、皆様は既にご存じかと思います。
記念ミサ式典が厳かに行われ、人々の静かな信頼と安寧と希望への願いを込めて行われたこのシーン。

こうして、荘厳な静けさと畏敬に満ちた記念ミサの当日は、着工者のガウディ没後100年の命日の日であり、着工期間144年もの間、その建設作業に係わった人々の脅威な信念の基に、受け継がれ引き継がれてきた歴史連なる日々を思うと、圧巻さが頭の上に降りてくる。
神のご加護有る事を信じて、難解なサグラダファミリアの正解設計に迫る
「解答なき正解答」
を見出さねばならない作業工程を辿るのであり、意地悪く?建設設計図を解答(提示)せずに、後世に残していったガウディの過激(意地悪)な心根たるや、痛烈な皮肉屋さんらしい(詳細には、私は知らんけど…)

報道でしか知らないが、ガウディの後を繋ぎ来た144年間の挑戦者の犠牲(ご奉仕)は、今はまだ、詳細に知る由もないが、挑戦者は、難解な設計の解き明かしに苦労し、時間を尽くした挙句の挫折感にも苛まれながら(も)、携わってきたということらしい。

私が、TVニュースや新聞で知得た俄か知識であるので「お粗末さ」を承知しているけれど、ガウディが取組み、そこまでの犠牲?執念?を押して完成させようとした「突き動かしの魂」とは?
如何なる魅力に引き寄せられて挑戦したのだろうか?と私は、不思議と世界の深層心理を思うものの「創造」への想像は逞しく描けない。
今後のニュースや“サグラダファミリア関連書籍”の発売において知るしかないと思う。

まだまだ、難解な設計に挑戦し続けながら、全体の完成目標は10年ぐらいを予測されているが、最終段階に入っている今、かつてガウディは、この世界一高い塔を建設するにおいて「登るためにあるのではない」と申されたという話は、彼の意図する「理想の教会・キリスト教の社会」の理想郷をイメージされているのでしょうか?
3つの塔は、夫々「イエスキリスト」と「父ヨセフ」と「母マリア」の聖なる館という創造物であり、建築の発想は、ガウディの解答示さぬ意地悪なパネル合わせ作業。
目指した理想の教会(社会建設)は、理解を超えてまだまだ難度の高い作業の完成が、直ぐそこまでやってきている。

ガウディは、墓場でほくそ笑んでいるかもしれない。

ガウディの「イエスのファミリア」発想の始まりが、膨大で難解すぎて普通ではない。
ガウディの宗教「キリスト教信仰」が基ゆえに、この膨大な発想があるのであろうけれど、私は全く何も知らない。
ただただ驚きのままに、本文をつらつら書きこんできましたが、早い時期に資料本が世に出てくることを楽しみにしながら、この文章を閉じることにいたします。
皆様は、如何な感想・ご意見をお持ちでしょうか?

「草花を摘む散歩考」の今は昔な感慨

時々の散歩は、ほとんど一人散歩しているけれど、時には隣人(室)のお婆ちゃまとの二人散歩あり、また本日は雨天にて散歩中止!の不穏不機嫌になる時もある。
とはいえ、雨降る日は散歩しないと決め込んでいるのであるが、これは単に、ぬかるむ土は運動靴を汚し、足元は土に絡まれて不安定な足取りになり、こけ易くなっており“危ない“感が頭中に付きまとっていて、不安定な歩行になってしまう。
大袈裟なようでもあるけれど、転ぶのが一番怖い!

高齢者の転倒は起こりやすく、転倒すれば、悪しく骨折に繫がりやすい。

この町(わが町)は、大部分の田んぼが宅地化され、あれよあれよという間の5年間に、住宅街、大なり小なりのマンション群の町並みとなり、華やかで大きなショッピングセンターなども併設されていったものの、こじんまりした飲食店や、こ洒落た店などは、昔からその町にあるその町風景のままに、古びて立ち並んでおり、昔馴染みな地味さで、知る人ぞ知るなじみの客の行き交いが夜になると多く、昼間の活気は無いように思われる。とはいえ、幹線道路に面しての左右の店構えは、今までのようにありのままの営業スタイルで、なじみ客の夜の賑わいに支えられているのでしょう。

ある程度の町全体の開拓計画のもとで、田んぼが売り払われ、戸建て住宅の区画もあれば、マンション建の区画も入りまじりして、田んぼの整理が続いている。
ただ開発されてゆく変貌の素早さは見事というほかなく、新たな風景に見入って受け入れていくしかなく、全風景はどうだったかの記憶は、一瞬にして思い返すことが難しい程に、よく整備されていくものだと感心しているが、ふいっと 記憶消失の速さに、何かしら不思議な(と言えばいいのか…一抹のさびしい余韻が漂う、こんなことでよいのか?このあっけなさで、即、以前の旧き町並みの記憶は、簡単に抹消されてしまう)こんな感傷の思いになってくる。

あの路から行ってみよう。
この道を抜けてみよう。
昔、庄屋さんであったのだろう立派なお屋敷の門構えや、瓦屋根の重鎮に重なり合うお屋敷や、門構えといい、玄関口の扉が開いているときなどは、そこから続く玄関への道造りといい、広大な深みのある庭に林立する古木や花道は、素晴らしく落ちついて風情が漂う。

また、わずかに隙間のある塀から見える季節の花々は、さすがに何年も何年も繰り返し咲かせているのであろう、堂々とした茂りの中で咲いている花が、珍しい種の花でもあるからには、つい覗き込んでしまう。

「私達、物騒な人間ではないよね」しばし見入りながらゆるゆる歩けば、庭の主の方に、時には(ホントにめったに出会わないが)庭越しにお目にかかる。
思い切って「こんにちわ~。すみません!お庭見せて頂いてます~!お綺麗にお手入れされているんですね~」の勇気あるご挨拶の声掛けするチャンスが、少しずつ消えてゆく様は、街のコミュニケーションをしあえる幅までも狭くなり、むしろ途絶えてきているのを感じるこの頃は、感傷的に感慨を持つものでは無いけれど、味気ない散歩になりつつあるように思うこの頃ですね。

皆様、季節は”夏場“へと相成りました!!

6月の初夏の頃となり、夏場の温度感が、既に真夏のごとき蒸し暑さが身体にまとわりつくようになり、否応なく蒸し暑さが寄ってくるという感じは、待ったなしの真夏の季節というわけです。

いきなり不躾な書き出しですが、5月に入るや各新聞欄やTVニュースで
“今年は猛暑”
“熱中症予防”
“早めの熱中症対策”
などの特集が出されてきました。

私の感度は、既に“夏季たる”怯えが最高潮、とにかく夏場のこの暑さは、毎年
「やり切れぬ日本の夏」と嫌悪感をまき散らすほど?狭量な感覚を言い放つ!という狂気沙汰になりますね?

幼少期の頃を思いかえせば、確かに夏は暑く裸同然の薄着ではしゃぎまわり、アイスキャンディーやかき氷は、朝な夕なに“待ってました!THEおやつ!”でした。
甘い氷菓子の妙味は、涼を取る以上に、おいしく甘いカリカリシャリシャリ感の心地よさが堪らないおやつで、勢いよく食べれば目玉周辺が痛くなりながら、ひと時を我慢して食べきっていく快感さに、とにかく無謀な勢いがあったな!と。

思えば、暑苦しさに蒸せてしまう感覚は、殊更感じるものでは無かったように思われるが、長じるにしたがって、夏場の暑さは苦手意識に支配され、蒸し暑い中で動くことの鬱陶しさに、ごろ寝、おっくうがりを決め込み、動こうとしない子供に成長していったような気がしていて小恥ずかしい思いになる。

今の子供たちを見ると四季折々を素直に受け入れて、穏やかに楽しく、時には精一杯はしゃぎながら、夏過ぎて冬場へと順調に、季節の流れを淡々と受け入れて過ごしているように思われ、幸せな時間なのだろうなと羨ましく、もったいなく時間を見過ごしていたと悔やみ節も出てくる。

しかしまあ、既に後期高齢を生きているのですから、時間を無駄にしないで、楽しく!愉快に!創り出していく事が大切なのであって、好きなればアイスキャンデーをカリカリと食べればよし、口にしたきものを遠慮せず食べればよし。

それでこそ、老齢のくったげなき毎日を“make happy”に夏場を楽しめましょうぞ!!

日常の生活環境:健康への誘いを見つめなおしてみれば…。

桜の花は咲いてこそ!の見ごろは4月初め~中旬のころ。
つぼみが芽吹き始めたかと思いきや愛でる(芽でる愛しみ)も儘ならぬ間に、パッと咲き始め瞬く満開の光景は、4月は雨期なる天候に見舞われることも多く、花見の機会を失ってしまう。

桜の花が散り始めれば、密かに芽生えの時を待っていましたとばかりに、桜葉が芽吹いてくるというこの幕間の間隔は絶妙だなと、いつも思い笑えてくる。
独りニヤついてしまうのも可笑しなものだが、人目を気にすることなく独り歩きを楽しんでみる。
独歩の脚運びは、健脚運動を気にかけていて、のらりくらりではなくリズミカルに歩けば、気分も上昇する。

桜シャワーの通り抜けする春季節は、ここ4年間、気分の良い時間の恩恵に感謝している。
4月のどんより感は全身が怠惰になり、睡眠にも影響が出てくるが、ここ岸辺の桜の開花時は、鬱陶しさから解き放たれているようで、ご機嫌度は上昇!頭痛のない睡眠が得られる有難い季節との思いがある。

4月の草花の芽吹き時、身近な散策であれ遠出であれ、花見探訪は、何はともあれ陽気なお出かけ気分が湧き上がるもので、子供~老年の方までもの多くの人々の陽気を誘い出してくれる季節であり、自然の狂いなき営みに、素直に感謝な気持ちが湧き命の再生が有る様に感じているのです。

集合体住居が多くなっている町中には、一定の生活時間を共同する幼稚園や学校・街中の企業が、保健室や医務室を設置しており、また最近は、集合型生活共同体住宅に医務室の設置などが充足されてきており、人々の健康をサポートする体制の充実が進んできているように思いますよね。

これは、通常の医療機関としての役割を担っているわけではなく、近年、健康上のサポート環境が充実してきており、多く人々の健康が守られる環境が整ってきたという事で、良き生活協同環境が充実してきているのを感じるこの頃、生命力の充実度が増していく環境作りと認識していて、そのような街中の、或いは職場環境の整備が充実してくれば、そこに住まい、或いは働く人々の健全な生命の延長に繫がり健康観が高められていくという有難い環境作りが進められているように思います。

健康産業も増えてきており、お金のかかる健康志向な環境への期待度を安直に述べるつもりはありませんが、確かに健康生活への環境作りの進化は著しいと思うのですね。

こうした思考の流れに、居住区の健康作り環境に関心を持ち、継続して参加をしてみて、きちんと住みあう「人々への関心を高めあい」ながら、活路を再生させていければ、健康環境はより発展的に成長していくのかな?そんな思いで今回の投稿をまとめてみた次第です。

良くも悪しくも「働き方の変遷」は常にあり…では?!

春の風の優しさは、桜の開花の始まりと共に、頬を撫で過ぎてゆく心地よさにおいて感じさせられる。

風の寒さは「春とは名のみ」の歌の文句を思い出させてくれる。
おっとり風まかせに出してみる声には、力強さは無く、震える声色は、半音ほど上にずれているようでもあるが、歳歪我関せず我が心の歌の響きへの埋没感は、この上ない幸せ感に浸ることができ、当に“make happy!!”誰に聞かせるでもない我が内からの声が、こうも美しく慎ましやかに出てくれるものか?!と思えるのが うれしい。

ところで、第一波コロナ感染が2019年12月に発生したのを受けて、2023年5月までの5年間の期間、流行したのであるが、この間にあっさり(?)と、世の中の働き方・仕組みが変わってしまった!の話である。

日常生活上の問題・大変さはあったにせよ、2~3年前頃のコロナ感染勃発以降の現象として、世の中、働き方の在り方が変わってしまった(というくらい社会の働き方の様変わりは、結構割り切って合理的な体制に切り替わり、その後も維持されている職場が多いように聞く)が、その様変わりは定着してきている様で、変遷の仕方があっさりしとして、社会的な労働問題に発展しないままに、既にシレッと当たり前に変容している。
(良きことなのか?再考すべき問題はないのか?

労働条件的には、そこそこの順応性に応じて乗り切っていけたという感は、確かにそのように社会的一体感?同調感?があり、多少の他社(他者)との不平等な違いがあったにせよ、何とか切り抜けてこられたのであり、社会的労働問題として闘争に発展せず、社会は穏やかに、働き方の変化にすぎ越していけたのが、有難く思われる(私感)。

勿論、感染の流行に係わる方々(感染者とその家族や感染者発生に伴う実務対応など、“しなければならない・せざるを得ない”避けられぬ危険な役割対応を、せざるを得なかった方々には、今尚、深い感謝と畏敬の念をもっており、社会的な学びとして記憶しておかないといけないと思っているのです。

そして、その間に変遷・編成された、働き方の組み換え、働き方の変更、働いていた組織からの脱却と新職場への挑戦(?)等々、深刻で暇をおけない変容があったかとは思いますが、コロナ流行の終焉と共に、穏やかな社会的回復と働き方の変容があったように思われ(私の浅はかな発信であれば、お詫び申し上げます)
その後の立ち直りが、素早くて、社会的な変容の形を受け入れた継続性をもって、瞬く間に復活したように、受け止めているのですが…。

今の現状(感染症流行からの社会的な復興)を見ながら、つくづく思いだしているところですが、春先~のこれから、アレルギー症状が特発しはじめる時、コロナ感染症・インフルエンザは、不気味に流行っているようでもあり、気を付けて生活を律していかないといけないと思います。皆様、お気をつけて過ごされますよう お祈りしております。

出産率・出生率の向上を図っていこう!!は大切な呼びかけ…。

やっぱり、一国の人口減少は深刻で、国力を弱めていくのは確かな事と認識してきたが、一応私、はるか高齢の身になって叫んでみるのは如何なものか?

私は、一人の男児を出産して子育てを経験し、息子の社会的独立までを支えてきた!
と申し立てているわけですが、その間、どんどんと出生率の減少は、とどまることなく続いています。
学者や政治家が、社会問題として取り上げ、問題提起されているのは、確かに良くわかる。が、心の深層に引っかかってこないフレーズになっているのではないか(心苦しい意見ですが)

多くの女性が、政治の世界に立候補していく時の政策に掲げて、当落の憂き目を決めていかれますが、果たして、その目玉政策が浸透しての当選とは思われず、されど、その政策が牽制されて落選したという事でもなく、明快な当落の意味付けになってない。
もどかしいところであり、大概の女性候補が、それを掲げているにもかかわらず、浸透させる力にはなっていない。

政策に掲げにくいテーマなのか?
男性候補が「出生率の向上」を掲げているという風でもないのは、言いにくいのか?実はあまり深くとらえていないのか?

政策の優先度は、そう言う事ではないとの思いなのか?

全世界的にそのような傾向にあるように思われるが、他人ごとではなく日本の国力としては、確かに深刻度は大きくなっていると思います。

 

生き方の多様性、生き方の選択の自由が、身近な人同士の間で、または先輩・後輩間での意見交換・議論を尽くし合わぬままに、ちょっと独り歩きして、都合の良い(というか、すりあわさぬ受け止め方の中で、今様に言うならば、多様性思考の広がりの中で、苦心・苦痛を感じない)、言い過ぎかもしれないが(深い責任を伴わないで済む)生き方の選択になってきているのかな?と正直、思う事があります。

以上、私自身、現時点での所感を問題提起の形で述べてみました。
ですので、この先まだ、いろいろと学んでいかないといけないのですが、「日本の国力」の維持向上として、戦争云々ではなく、平和的で人間的な国力の維持向上の在り方として「出生率」の顕著な低下低迷を捉え、考えていきたいものだと思うこの頃です。

12月も半ば過ぎ…月日の過ぎ行く速さの嘆きと希望節

年の暮れゆくままに何彼となく日々を過ぎ越してゆき、急かされるままに仕事をすれば、時には、ふ~っと「思い患う仕事ってなんやねん?」「別に~?」「捉われているわけではないけれど~?」

1年の終りの12月ならではの、無味無臭な独り問答の味気ない渇きを飲み込みながら、つくづく時間の流れの速さを感じ、旧暦の暦表現では「師走」と言い回す年末の慌ただしさが、しっかり身にしみる馴染みの言葉となっている。

この表現を聴けば、世の中は景気づけられ、年の瀬の活発な賑わいが伴ってくるというものです。

「師走」が持つ力(語源)と言って良いのかどうかわからないですが、世の中、味気なく変化の伴わない年の暮れと見通せば、世の中の景気感は停滞してしまう事になるのだろうけれど、世の中に「師走の候(12月)」と顕現すれば、忽ち世の中の景気感を呼び込む力があるのは、確かなように思われる。

社会の慣わしに染まっているのかもしれないが、師走という言葉には、本来、年末の忙しさを象徴する意味と由来があり、12月を指す日本の伝統的な名称(ウェブ解説)と。
途絶えゆかないのは、景気の担い手用語としての、この世の景気観を呼び込む力が、この語源の中に生まれたのだと思ってみたが?どうだろう?
(ウエブ探索:師走とは、旧暦の12月を指す。が、現在では、新暦の12月の別名として使われている。普段落ちついている僧侶(師)でさえも走り回るほど忙しい。というのが語源として広く知られている。師走の忙しさをあらわしている)

さあて、現世に生きる私たちの認識・感覚に、合致しているでしょうか?

多分にまだまだ、受け入れられている師走の忙しさの背景として認識できるのではないでしょうか?

人の思いや環境の作りは、次なる次元の、世の生業の新たな文化性を受け入れながら、深化・進化していくのだろうとは思いますが、心配しなくても、各地方・地域や居住区・職場環境が、変遷していく中で、もしかして新たな師走文化が生まれ、引き継がれているくのかも?とも思う楽しみはあるのではないか?と。

師走・新年のおせち・お宮参りのお賽銭投げ等々、神事に伴う習わしごとだったとしても、懲りない共感性はそこはかとなくあり続けており、近代の豪華で創意工夫の利いた「おせち料理の基準・基本」はその時代の変遷を共有しており、師走の忙しさを味わい楽しんでいることは、確かだと思う。

昔も今も、そうした神事に関しての豪華さは変わらず、創意工夫の変遷は、許されてきたと思う。
通販で、あっさりとおせちのお重を予約購入するのも楽しみでもあり、やれやれほっとする感もあり、年の瀬の賑わいに刺激されれば、嫌気にならず淡々と自分流に味わい過ごせばいいのかな?

12月は年の暮れ、我が身の置き所や働きの動線、時間の使い回し等々、自由の利かない無限の重さが加わってくれば、やはり一件落着の区切りを意識しながら、草臥れない仕事をし、し回しのある整いの行動を工夫し、草臥れず楽しく年の瀬の仕事仕舞いをしていけますよう、陰ながら応援しています。

そして、我が身の健康を願い、周囲の親愛なる方々のお幸せとご健康を祈り、心境新たに、2026年の新しき年をお迎えいたしましょう。

祈り:来年もまた、元気よく皆様とお会い致しましょう。
良き新年をお迎えください。

電車内での”不愉快な風景“ノンちゃん考

朝の通勤電車は「始発駅~」においては、“すぐ満員にはなるけれど…席は確保でき易く、ゆとりある穏やかさを手に入れることができている!”と思いながら、朝の通勤電車に紛れ込めば、確かに私は座れたためしはない。

立席の人々の間に滑り込み、車内の吊り革を握れる安定位置を確保できれば、お手のもの、安全性は確保でき、更なる込み具合には、周囲の乗車人に迷惑をかけないように身の安全を図るために、付近の人々の揺れ具合に同調するように身を任せ、支え柱となっていただいている…。

始発駅乗車の恩恵は、終点あるいは降車駅まで、悠々自適で“眠れ入る乗車”ができ、又は、ゆったり・安楽感を獲得できるという恩恵が得られ、それは天国の中に身を委ねられているような気分になれるのではないだろうか?

この話、大げさではなく、電車通勤している方々から多く聞かされる「ホットな束の間のタイムに感謝している」話なのであり、また、通勤電車に乗れば良く目にする光景である。

ホウホウなるほど…解る・わかる(…通勤族のこうした悲哀話は、穏やかに同情して聴くことができるし、納得度を増して聴くことができる)

忽ちのうちに、あの押し合い圧し合いの満員状態になって一歩たりとも譲れない。
片足を上げようものならば、そのまま、ある一定の時間を身動きできぬ電車内で過ごさなければならないこともあり、次に止まる駅までは辛抱を貫く。

次の停車駅で停まる瞬間の“揺れ”に素早く身を構え隙間を確保して足場を整えるまでの苦痛は、指南場の駅で調整できれば幸いなり。

週5日程の毎日を通勤するこの苦境・苦行は、時に同情をもって聞かせていただく話であるが、そういえばコロナ禍を過ぎて、聞かされることは少なくなったのは、働く形が少し変わってきているからかもしれない(沿線によっては、そうでもないかも・・・)

結構、会社⇔我が家 の通勤スタイルは変化しているようでもあり、そうであれば、通勤電車の不愉快(惨状)問題の意識になることは、ほとんどなくなっているという状況なのかもしれない。
そうであれば、良きこととして認識を変えないといけないですね。

 

ところで話の視野を変えて、表題の不愉快な風景の話を移してしてみることに。

電車に乗って何処かに出かけるという時、私の不愉快さが弾けるシーンに出くわすことが、それなりに多々あり、“空席あり無し”に係わらず、非常識な迷惑シーンに出くわすことが多くなってきているように思うこの頃です。

ここ5~6年の間にも、不愉快な迷惑シーンは増してきているように思われ、話題のシーンは、あるあるシーンではあり、気持ちは不愉快にざわつき始める。

お若いお母さん(お父さん)に連れられて、未就学児のお子さん達や、小学生後半~中学生たち(必ずしも親が同伴の場面ではないにしても)、電車に乗ってくると、電車の扉が開くや否や、さ~っと一気に空席めがけて、或いは人の間を押しのけて、気勢をあげながら駆け込んでくるという事があるのですが、ご両親の(管理下?)にあれば、注意を促す声掛けをしながら、空席をめがけてドドッと入ってくることがあっても、ま、親の注意の眼が届いていれば、親も“走ったらあかんで~”“これこれ静かにしいや”の声掛けはまだ良いとして、“あそこ!あそこ 空いてるで~!”のアプローチには、驚いてしまうわけでして、走って素早く席を勝ち取れ!とまでは言わなくても、その意向は十分に子供たちに通じているような励ましの声が飛んでいる。

降りようとしている高齢の身になれば、降車準備の所作のテンポが、小さな子供の動きには合わせにくく危ない、危険を感じれば退くしかなく、じっと腰を曲げて身を構えているか、固まってしまっている、という場面に案外出くわしているのです。時にはこの私においても、身構えのスタイルを取ってしまう。
身体の平衡感覚が、小さな子供たちのテンポに狂わされてしまいそうになって不安定になる。

私なりには、しばしその子たちの若いお母さんやご両親を、厳しい横目な顔で見てしまうが、全く車内の先人たちにはお構いなしのご様子には、呆れてしまう。

私自身、それほど多くの海外旅行をしたわけではないけれど、親たちと共に子供たちが、乗合バスに乗り込んできても、このような場面に出くわしたことがなく、やはり驚かされる迷惑なシーンだな!と思っている(高齢の身ともなれば、安定した安全な構えを、でき損なう危うさに恐怖を感じてしまうのである)。

子供の動きのリズムには、とっさには合わせにくい(合わせられない)。
しかも運動機能に制限がかかってしまっている者にとっては、危機感をもって身が固まり、我が身の安全の動きに、自由が利かなくなってしまっていて恐怖心がわくというのは、大げさな思いではない。

席に座れず吊り輪を頼りにされているご年配のご婦人方の身は、吊り輪を頼りにとっさの身の安全動作に緊張感を余儀なくされるという事で、安直に恐怖心を語っているわけではない。

子供たち(特に小学低学年児や以下の幼児たち)と一緒に大人たちが同伴しているならば、電車を待つ間のマナーというか、基本的な乗車時の注意事項・社会行動(?)というのは教えてほしいものだし、気遣っていただきたいと腹立たしげに思わされる場面ではあります。

今回、1事例を紹介いたしましたが、皆様いかがでしたでしょうか?
まだ他にあるある事例に於いては、追ってまたご紹介する時があると思います。
私自身、よく考察しながら、注意深く載せていこうと思っています。

生活習慣の軽視:認知症は密やかに進行している

日本は高齢社会であることは、既に国民のだれもが承知しており、ある意味誇りにしているのではないかと思われる。
(だがしかし…)少子高齢社会というフレーズになると、とても喜べない軟弱性を帯びた一国であり、アジア圏を見渡しても、逞しさは蔭ってしまっている。

男女ともに平均寿命が延び、日本人の平均寿命は、男性が約81歳、女性が約87歳(小数点以下省略)と40年もの長い間、世界に誇れる高齢1位を保持しているようです。
(蛇足ながら、身長は男女ともに高くなっており、20代男性は172cm、20代女性は158cmというから羨ましさを感じたり…世界的には…どうでもいいですけど…)

ところで、この10年ほど、特に近年盛んに「生活習慣病の予防対策」を合言葉に、多くの国民の合意を得て(私の認識)、血液データを中心に、綿密で正確度の高いデータ集計・分析・疾病の科学的論点を明確に、健康と生命の延長へのわかりやすい道程(日常の一般的で健康的な生活習慣、生活習慣上から影響される疾病への道程)と治療方法の理解と実践=生活習慣の修正と手ほどき、不摂生な生活習慣からの脱却、生活習慣病の根絶への根拠など、大きく整備され、私たち国民すべてに、還元されるべく生活習慣病からの脱却作戦は、これはやはり大きな改革であると改めて認識すべき、生活習慣改善の主軸であって、多くの国民に等しく問いかけられるべき是正の呼びかけで、健全な命を繋ぐ=寿命の延長・健康的で快適な生涯・生活の本流を生きるという意味で、大切な施策であるとの認識はすべきことである。

遅まきながらという感性は、決して手遅れという事ではないが、改めてお知らせしたいのは、この生活習慣病の蓄積物質の蓄積過程には、認知症が蓄積し始めているのであり、実際60歳頃から、認知症状が出始めてくるという患者数の増加が加速している状況には驚くばかりか怖いのである。
(勿論、すべての人々にそうであるわけではないが、早期発見をすべく知識は、予備知識として持っておいた方が良いのではないか?と思うこのごろです。)

20年前頃からだろうか?生活習慣病が老後の健康状況を左右するリスクとして、警告を鳴らし始めたが(本当はもっと以前から発信していたかも?ですが、認識の浸透には、時間がかかるものだな~と恐れを感じている)

トホホな現状認識にいたっているのですが、現在、認知症患者の数は600万人以上に急増しているというわけで、データ的な驚きは、結構実感できるくらいに身近になっていて、認知症を発症している方々をお見かけすることが多くなっているように思います?

このように書き始めた私自身、1年前くらいから、ある一つの私の仕草に、「ウン?!ちょっとこれ!?」身近な方々に問いかけても、「それって考えすぎなんじゃないの?」と往なされては、「確かに~!神経質になって、度はまりしてしまうのは、いかんわね。しっかりせい~っ!」と発破をかけながら、感傷からの解放を図ってきたものの…。

今年になって、脳循環の不良感と頭痛、身体全体の重怠さを感じ、夜間の診療時間を待って、神経内科を標榜するクリニックを受診したところ、“何んと! 血圧の最高値が78?!…?” Dr.は、即、頭部X-P像をもって、“身体の水が足りてない、脳に水が流れてない、梗塞を起こす状態!脈拍弱い”等々、静かな声ながら、“これは大変“と、慌てている雰囲気で、看護師さんに指示を出し、血液検査及び点滴を受けることに。その場の応急処置をしていただき大きな一安心を得て、私の身体状況は、緩やかに元気を取り戻し、やがて呼吸も落ち着いてきたようで楽になってきたところで、点滴が終了し、一先ずは安心の独歩で帰宅した次第となりました。

「高齢を歩む方々の平均的な認知症に至る兆候がある」との指摘は、ある種(お前もか?)のショックを感じましたが、どういう訳か?悟りの境地感みたいな鷹揚な感覚で受け止めていたようで、遠隔地に住む息子に連絡を取り、紹介していただいた大阪府内の高齢者専門病院の受診の同行をお願いして、これからの生活において、脳に宜しくない生活習慣からの脱却をはかることにしようと決意した次第。
生活習慣病からの脱却を、今直ぐ始めていかないと、認知症からの脱却は免れない。
どころか、確実に認知症=ボケが始まるとの警告を素直に受け止めて、歩み始めているところです。

この生活習慣病は、確実に予防できる病気であり、また、この疾病群を発病させてしまうと、難治な(と言うかこじらせてしまうと治療に難儀をもたらせてしまう)という観点から、私事の一文を掲載させていただきました。ご参考にしていただければと思います。