何を、どう考えればいいのだろうか? 地球の未来

私にとって知ることのなかったブラジル出身の写真家=セバスチャン・サルガド氏が、2019年の9月に来日されて、ICOM(国際博物館会議)京都大会での基調講演(テーマ「アマゾン熱帯雨林の保護」)をされました。その講演の中で、「生物の多様性を守るためにアマゾンは重要」で「その自然を守るためには、先住民部族のテリトリーを犯してはならず、保護を強化すること必要」と力強く訴えられました。サルガド氏の視線は人間から自然、ひいては地球そのものに広がるという。アマゾンの自然はまだ8割が残っていてそのピュアな部分をと紹介されたようだ。(9月11日毎日新聞夕刊より引用)

最近、ハワイ先住民の聖地、ハワイ島の聖なる白き山、マウナ・ケア山にも、先住民の新天文台建設反対運動が勃発している(このブログを掲載した時には、もう2ヶ月も経ていて、ニュース性は遠のいた話ということになるかもしれないが…)

ハワイ諸島のなかで、最も高い山「マウナ・ケア」。標高は4205mで富士山よりも約1000m高い。マウナ・ケアは、頂上まで車で行けるとはいえ、道が舗装されていないので一般的なレンタカーで行くのは困難ということです。高山病対策として、眠くなっても眠ってはいけない。眠ってしまうと、酸素の摂取量がより減ってしまうとか。途中、標高2800mの地点にある「オニヅカ・ビジター・センター」があるが、ここで何か食べ物を食べながら、高度に体を慣らすのだとか。

このセンター名は、日系三世の宇宙飛行士、エリソン・ショージ・オニヅカ(鬼塚承次:日系アメリカ人だから?親しみを持って彼を記憶している方は多いのではないかな)という人物に由来していて、彼はアメリカ空軍の大佐で、宇宙飛行士である。

1986年1月に、宇宙ロケット打ち上げに失敗して、搭乗していた宇宙飛行士たち全員が死亡したと言えば、記憶に残っている方も多いと思う。

話を本題に戻してみるが、ハワイ先住民は、何のためにどんな運動をしているかと言えば、先住民たちは、この聖地の山に、これ以上天文台が増え続けることを望んではいない。既に10年もの間、反対運動が続けられてきたのだ。マウナケア山の山頂部は、空気が澄んでいて天候も安定していることから、世界の天文機関が13基の天文台を設置し、観測されてきた。そして新たな天文台の建設が、2009年に決定されて2021年(2年後)の運用開始を目指して建設が始まろうとしており、これに関わる国は、米国・中国・インド・日本の5か国とか。

ハワイの先住民にとって、この山は雪の女神ポリアフをはじめ数々の神が棲む聖地とされる場所である。これ以上は増やしてもらっては困る!我々の聖地を守る!その一念で、10年にわたる反対運動のエネルギーを絶やすことなく続けてきています。

世界的なこのようなニュースを知るたびに、考えさせられることではある。そのことをどう受け止めて、どのように自己の活動(行動)エネルギーにすればよいのか?
なかなか、地球を!世界を!自然を!人類の生存を!その他…思考のイメージ化ができないねェ!?

 

ここ数年、日本は甚大な災害に見舞われており、災害に備えての対策は、年々充実度を増し、意識の徹底化が図られてはいる。けれど、その災害は、何故に起きた?どうしてこうなるの?地球のしくみがどう変わってきているのか?たかが地球の一部:日本の自然のしくみが解らない。開発による自然の変化が解っていない。困ったものだわ!憂いだね。

地球の未来を考える!人類の生存にとっては、やはり考えてみることが重要であると思っている。そして、未開の海・川・森・砂漠・山・荒野・∞の課題が大有りの一方、AIの発達、技術革新が主流になって、便利で有効な経済的側面の開発は、訳の分からない便利さに押し流されそう(既に押し流されているのだわ)。

 

呆然と立ち止まって、ある意味流されて、暮らしているのでありますが、皆さんに、何を伝えてみたかったか…?書けば書くほど、まとまってこなくなってしまいました。

 

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いまさらですが ~パンダは、何ゆえにこんなに可愛いの?……。~

表題は、「世界が共有する謎」ということですが、考えてみれば今さらいうことでもない話です。なのですが、何度見ても見飽きない可愛さは、もう参りますわよね。

そこで、その可愛らしさの理由ですが、パンダは、生涯(大人になっても)赤ちゃん体型であるということ。頭部が大きく丸顔の赤ちゃん体型だけでなく、身体全体が丸形で角がなく、柔らかくて前足が内股という3拍子揃えば、仕草を可愛らしく感じさせる体型になりますわ。
そして、顔づくりの小道具の位置は、目の周りが黒く垂れ目、目鼻が下の方にググッと集まり口元が締まっている、となれば、こんな魅力顔になるものだ!

殊に木登りしてじゃれる姿は、身体の柔らかさが好都合になっているっていうのが、よく解りますよね。木からずり落ちても、ドジなとぼけ顔を見れば、これがまた魅力になるのだからどうしようもない。

パンダは、クマの仲間。肉食のクマと違って竹を主食としているのはご存じのとおり。

パンダにとっての竹の功名巡りを言うならば、竹は、固くて噛む力が必要になる。⇒顎を動かす筋肉が、顔の周りからこめかみ頭頂部まで、発達する。⇒顔を取り囲む様に筋肉が発達することで、結果的にパンダの頭が大きくなり丸顔になる。ということです。

パンダの語源はネパール語で「竹を食べる者」=「ネガリポンヤ」⇒「ポンヤ」⇒「パンダ」 となっているらしい。

野生パンダの寿命は15~20年程度。人間でいうなら、114歳くらいという。

天敵や餌の競争を避けて、中国の山岳地帯の奥地を生息の場とした。豊かな食を確保しにくいが、そこで生きるために獲得したのが、冬でも枯れず、1年を通して豊富に得ることができる竹、笹。10時間以上に渡り、約20㎏食べて生きているのだ。

硬くて消化の悪い竹・笹を実はパンダは、竹を食べるには向いていないという事なのに…。(以上のパンダ情報は、インターネット情報を参照して要約したのですが)

 

パンダは、争いを好まない平和な動物でもあり、パンダの習性は、容姿に合致して可愛く可笑しみあり、その愛おしさが、もうしっかりと単純に定着してしまっている。
パンダは野生の動物と改めて思い直せば、野性なる粗野な部分はどうなのよと思う。野生のパンダの本能は、怒ったり、危険を感じた場合には身を守るために攻撃をする、ということもあるようです。そのように知れば、何かしら日本のパンダを見る限り、獰猛さを知らないだけにふっと哀しみが湧き上がってもくる。

パンダの生息地は、中国の山奥。絶滅の危機に瀕した頃から、中国はパンダ保護観察センターで繁殖に力を入れ、やがて野生に帰す活動に力を入れているのは、私たちの知る所だ。2016年には、生息地の保全活動により、絶滅危惧種から引き下げられていて、一応の成果を出しているけれど、ジャイアントパンダの未来は必ずしも明るくないと言われており、林野の開発による影響、その他多くの課題が残されているようです。

今年は、クマの出没で色々被害が多く出ているニュースがありましたし、野生の猿やイノシシ、シカなどによる田畑の作物被害ニュースが多くありました。野性の動物でなくとも、猫や犬の飼い主による虐待や、野良猫犬への殺傷問題が、数多くニュースに流れました。

 

人間世界でも、価値観の多様性への在り方が、多く問われています。
動物・人間を問わず、生きる者への共存意識、協働意識、等々英知をもって、地球的に宇宙的に大らかに生きる旅の目的を、しっかり持っておくことがより大切になってきているのを覚えるこの頃です。

 

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令和の時(時代)の光芒あれと願う行方は何処に?

先月半ば、奈良公園東大寺の敷地内にある療育病院を訪問しました。この日の暑さを受け入れるには、ちょっと苦しむ暑さでしたが、なんと観光客の多いことか…?外国のお客様たちが多く、やはりある一定の観光客の賑わいは、家族連れや友人同士での鹿たちとの戯れ。人なつこく育っている鹿は、老若男女・幼子などを、恐れる様子は無く、鹿煎餅を持っている人たちを取り巻いて煎餅をもらっている。
その度に歓声が上がるこの光景、平和の証のシチュエーションとしては…、ま、こんなものなのでしょう。

公園の主要ロードに沿いながら、東大寺門をくぐって、さらに横道を辿っていけば、直ぐに療育病院に着くが、観光案内表示板は、必ずしも病院施設を表記していないから、解りにくかったかなあ。この並びに、児童発達障害支援療養スクール舎があり、良き環境の中に佇む風情がこのましい。

さて、私が訪ねた療育病院は、歴史的に凄いルーツを持っていて、落ち着いた佇まいだ。玄関を入ると、受付の事務の方が控えておられ、要件をお伝えしてしばらく待つことになったが、受診を終えての診療清算手続きで待っていらっしゃる一組の患児とご両親が、笑顔で穏やかな会話をしている光景に出合い、私も会話することはなかったが、誘われるように笑顔で見つめていたように思う。

1260年有余年前、聖武天皇とその后の光明皇后は、「悲田院」や「施薬院」を建立されましたが、看護師の皆さんならば、看護学生時代に看護歴史で学ばれた記憶が残っているのではないでしょうか?

この故事により、社会のニーズにも応えるために事業団を設立して、昭和30年、現病院の前身を開設し、平成20年には、重症心身障碍児施設をメインとした「福祉療育園」となって運営されている。この病院の経営・運営は、治療・教育・生活 を3つの柱とした療育病院。しかも重症心身障碍児のための病院施設ということです。改めて、貴重な社会的財産と認識を深くしたものです。

この病院にゆかりある創始者は、天皇・皇后なのですから、由緒深く脈々と皇室の方々の支援を受けていらっしゃる。というのが、心強い限りですね。

そして、教育・療育を担っている施設が付設されてあります。インパクトのある社会貢献をされているのも注目しておきたいですね。

施設のホームページには、こうあります。

『目指すのは、「いまのままでもいいんだよ」からのスタート。
それは、あきらめや放任とはちがいます。
「何かができるから、望む姿になったから、愛してあげる」という条件付きの愛でなく、「そのままのあなたを愛しているよ」という無条件の愛をもらえたとき、子どもはゆるぎない安心感に包まれます。
こどもには、「より良い自分になりたい!」という本能的な欲求があります。』

奈良公園東大寺の敷地内という環境は、自然の恩恵をいただいていて、こんなところで働ける・働いたという経験は、その人の人生観に深味をました成長をさせてくれるように思われます。重症心身障碍の子ども達は、私の想像力を超えた色々なドラマ・生活背景を背負っており、穏やかに療養されているように見受けましたが、そこには、医師・看護師・リハビリ師・事務員・その他の職員の方々の、チーム医療・チームケアを築き、分け隔てなき協働関係を発揮して働いておられ、清潔で静かで、特別ではない普通の生活環境を維持されているようにも思えましたね。

空気が優しく、誰もがにこやかな顔を向けてくださって、そこに立つ私も、違和感を感じることなく過ごさせていただきました。 来たれ!看護師さん!ですね。

 

さて、7月に参議院議員選挙があり、賑やかな選挙戦が繰り広げられました。
注目は、俄かに名乗りを上げた政党に集まったものです。

そして、難病と重度障害を持つ男女(各1名ずつの二人)が当選しましたね。

国会は、受け入れ態勢づくりが急務となり、てんやわんやのようです。とにかくものすごいことが起き、私達も身近にそうした難病の重度身障者の方々と共に意見を交わし合うという、特別なことではない普通の環境にしていかなければならないのです。

これから、共に生きあう命の環境みたいな創造のなかに働きあっていくわけですよね。看護師さんの働く場が、広くなり、健康上・生活上の不都合な方たちと如何に身近で共存していくか想像力を持ち、現実の変化を受け止めていきましょうという話なのです。

 

今年の夏は、爆暑!というか、とんでも酷暑ですね。熱中症を侮らず、避暑グッズなど素直に取り入れて、とにかく元気を奪われることのない気配りの中で過していきましょう!!

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看取りの看護と称する期間とは…それは臨終の間際期?

私は、看取りケアは、敢えてそのように取り上げるべき特別なものということではなく、日々のケアの延長線上にあり、日常ケアの充実が基本となると考えている一人です。
入所時からの関わり、あるいは在宅療養の関わりが、“いつもとちがう”“察知しえる変化”を捉えることができ、だからこそ重要となる。在宅療養中あるいは入所時から看取りを意識した関わりを行うことが,一人ひとりの生きざま、高齢者の希望に沿う看取りケアにつながると考えていて、言うならば ~周終末期看護~ といってみても良いだろうか?

在宅であれ、施設であれ、高齢者の方が人の手助けが無いと生きにくくなっていく、自らの生体の反応に対して、苦痛、不安、戸惑い、喜び、など 心模様の変化は計り知れず、大きくあるように思われる。高齢者の方が、人生上の危機を乗り越えるための伴走者となる医療従事者(とりわけ看護師)たちに、じっくりと気持ちを話すことは容易ではないが、日ごろ、看取りの看護を意識して活動しているのであれば、この状況を確と受け止め、看護活動のニーズ領域を広め、推し進めることにつながっていかないだろうか?

高齢者の日常生活に寄り添えば、そこには心身ともに重要なケアの担い手となる必然性が出てくるからであり、必然性に支えられて、高齢者の希望が静かに見えてくるではないか…。

大阪府看護協会の「看取りガイドライン 自然な死へのアプローチ」を一部引用させていただくと、

『……高齢化の進展に伴い、重度の要介護者や認知症高齢者が増える中、在宅・介護領域における看護の役割が重要になってくる。「ほぼ在宅(施設)ときどき入院」の社会を迎えるにあたり、施設での看取りや在宅・訪問看護での看取りニーズも高まり、地域や施設での「暮らしを支える看護」への期待は一層強くなってきている』
そして、『生きとし生ける者には必ず人生の最終段階が訪れ、ご本人・ご家族・関わるケアスタッフが「命は限りある」と理解し、受け入れることによって不安・恐怖・悲しみを、平穏で感謝に満ちた時間に変えることができる』と。

これは、人が、人生の旅における終焉の希望につなげながら過ごせる事ではないか!

しかし、現実の問題として、考えておかないといけないことがあります。
看取りを行ってくれる医師を探すのが、在宅で看取るための第一ステップとなるのですが、そこの切り抜けが何とももどかしいお話です。

私は、最近まで知らなかったことですが、ご一報をお届けしますね。

一般的に医療保険上の届け出の中に、「在宅療養支援診療所」というのがあり、その診療所は、自宅から半径16km以内にあることが条件になっている。なぜ16kmなのか?
医療保険制度上、何かあった際に飛んでいける距離が16kmと想定され、在宅療養支援診療所は、その範囲でないと医療保険上の加算が受けられない。在宅療養支援診療所は往診による在宅医療を積極的に行っている診療所であるが、すべての在宅療養支援診療所が在宅での「看取り」に積極的なわけではなく、医師が3人以上いることが条件になっている。しかし現実として、医師は夜間対応も多く発生し、スケジュールは休みもなく身体的に相当きつい状態になり、引き受けにくい状態でもあるらしい。そのような診療所でも、医師自ら「終末の看取り」は、病院でということを進めざるを得ない状況にあるのだと。

考えさせられますね。

看護師として、「周終末期看護」と捉えて、私説を展開させていただきましたが、高齢者として生きる私は、このようにケアしていただける看護師さんに出会えれば幸いなるかな!です。

 

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怖いな!!何事も便利と慣れ親しめば危機感の緩み

自動車の進化しすぎるオートマチック化と超高齢化の伸展に伴い、社会的問題となっているのが、近ごろの交通事故の無残さ、悲しみ、が後を絶たない連鎖的な発生状況だ。

便利で広範に味わえる「幸福感」「自己満足感」と「私にもできますこの操作」の手軽にできる安直感がどうも怖い。
ま、このような表現で揶揄したような切り出しで恐縮してしまうが、私なりにはやはり、まじめに最近の状況を考えてみたい。

この間、TVを見ていたら、自動車の生産に関わっている方が、こう言ってました。
「自動車には、AT(オートマチック)車と、MT(マニュアル)車があり、痛ましい事故を防止するというのなら、やはりMTでしょう。」
AT車は、クリープ現象(アクセルを踏まなくても、少し車が進む)により、場合によっては、不慮の事故を起こすことがある。また、自動変速のため、小さいコントロール調整ができず、2速発進ができない。
MT車は、走行状況やエンジン回転数に合わせてギアを自由調整できる。アクセルとクラッチのコントロールが、思い通りにできる(ドライビングコントロール)。デメリットは自動変速できないため、低速走行時は安全防止としてエンジンが自動停止する。
夫々、そのような特徴があるが、何しろ、AT車は運転が簡単すぎて、危険意識を持ちにくい。機械の大きさや複雑さの割に、運転が簡単すぎて、車の危険性を軽んじて恐れないことが一番危険だ。と。アクセルとブレーキの踏み間違いは、ほとんどMT車では無いことだ。と。

科学技術の発展は、効率や快適さの追求を大きく可能にしてきたし、社会システム発展の原動力になっているとの認識が、現代の発展の原点になっているようだ。

しかし、識者は警告もする。便利さに慣れ過ぎると、思わぬ形で報復されることを、経験から大いに知り得ていることだと。
この警告に、素直に従ってみてはどうだろうか?

今年、平成31年の始まりの時、既に5月より新天皇・新元号の「令和」元年を迎ことは決定し周知されていましたから、私の身上、如何なる点を新たにして歩もうかと、考えてみたことでした。
今年=令和元年の6月には、いよいよ後期高齢者の仲間入り。というからには、私はリセットした方が良い事案が頭にのぼってるわけです。

そんなわけで、私は今年1月25日には、運転免許証を返納しました。
「車の免許返納」いよいよこれと向かい合わなくてはならない!まだまだ元気だと思いたい。しかしまあ、寂しくはあるけれど、気が楽になったなということもあり、車の手放しはすっきりして、今を不自由感なく過ごしているということです。

積み重ね行く齢の為せる、不都合な症状、ついやってしまう癖は責任を負いきれなくなる。
また、諸機能の低下による覚束ない行動などは、危険が発生しやすく、他人に任せるべきことと、自覚せねばならない。身体免疫力の低下などは、弱気に考えてしまえば鬱気分にもなるけれど、老い現象を素直に受け止めれば、弱身から強身に転じる方策を施し得るのであり、何もかも持ち得ていた実力を無にするか、弱体化させてしまうかではなく、深刻な社会的迷惑行為を引き起こすことにならない配慮の調整はしなくちゃならない。

自分への傲慢さには、やはり潔くさよならして、自己に叶うあり方をリセットするべしと思う。齢に負けるのではなく、齢に寄り添える柔軟な気持ちの切り替え、即ちフレキシブルの志向を、今一度受けてみるならば、後期高齢を、それほど不自由感なく生き果せていけると思うのだけれど…。

 

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Good~bye  My  Friend  キューちゃん!

昨年来、実は、「ペット・ロスの心づもりはしておくべきだ」との思いを深くし始めていた。20歳の高齢域にある我が友・我が家族である猫のキューちゃんは、ここ1~2年来、

老いへの急激な体調不良の兆候をしめし、度々に看たからである。

想い出せばキューちゃんとのなれ初めは、1999年6月だったと思うが、私の職場の事務長さん(彼はメリハリの整った愛くるしく優しい目をしている)に呼び止められ、
「K(私の事)さんは、猫がお好きか?」
「私は猫が好きなのよ、小さい時にも飼っていてね」なんて話したら、
「もらってほしい可愛い猫がいるんだけどね」ということで進み始めた話。

息子が中学生になった頃、小学生の時に飼っていた子犬のヨークシャーテリアを亡くして1年くらいは経っていた?と思うが、もう動物は飼うこともないと平静な生活を取り戻していた矢先のお声掛けに、戸惑ったのを覚えている。が、息子に話すと「今度は猫ちゃん!それも良いねえ。会ってみたいねえ。くださるのならいただいて育てようよ」と。

その意を事務長さんにお伝えすると、「そりゃ良かった。妻は猫が好きで13匹も飼っているんだ。なにせ我が家の門前に、しょっちゅう捨て猫が置かれていて、妻はすぐ家中に入れて面倒を見ては、譲り先を探すんだよ。可愛いもんだから僕も応援しているんだけどね。一度息子さんと一緒に、我が家に来て気に入った猫をもらってくれればいいよ。」

1週間後の日時をお約束し、息子と二人でお家にお伺いしたところ、事務長さんご夫婦の大歓迎をいただき、家の中へ…。
なんとまあ、上り口から既に、猫たちがぞろぞろグーグー、この世の極楽風体!可愛い!やっ!睨んでいる!へエ~知らん顔して寝てる~!こっちを見上げてるぅ~!エトセトラの可愛い~猫たち。
息子は喜んで、生後1か月も経っていないであろうメスの三毛猫を選び、抱き上げていた。この猫が、事務長さんのお話のあった猫である。愛らしい仕草で動き回っていた赤ん坊の三毛猫は、すんなりなびく様に息子の腕の中に抱かれるのかと思いきや、顔を向けることを避け居心地悪そうに抱かれ、何やらいつ脱出をしたら良いものか…そんな風な構えが見て取れ、素知らぬ顔?息子が目を離した隙には、スルリと軽やかに飛び出す仕草が、たまらなく可愛い。早速「この猫を頂きたいです。大切に育てます」という息子の意向で、三毛猫は我が家の家族の一員となりました。

我が家にたどり着いた三毛は、目をま~るく見開いて家じゅうのあちこちを軽やかに跳び回って探索していたが、まだ生まれたばかりの子猫ながら、その跳躍力には驚かされた。
さて、名付け親になりたかった息子は早速、「お母さん、この猫ちゃんの名はキューちゃんにしようよ」「どうして?」「だってとてもキュートだと思わない?She is so Cute!」  これで決まり!キューちゃんの新しい生活の始まりとなりました。

今は、東京に在住の息子ですが、かつては相棒のキューちゃんと共に暮らし、帰宅の遅くなる母を、彼女と共に待ちわび、話の分かる相棒さんと共鳴し合う仲間として寂しさを紛らわせて暮らしもし、彼女を愛してきたわけです。

月日の経つのは早いもの。キューちゃんは、20歳になろうという2か月前ごろから、急速に体調を崩し、動物病院の先生にもお世話になりながら、食欲の衰えに備え、時には栄養剤の点滴を受けていたわけです。健気にも朝夕の就寝・起床の時間になると、私の傍に来て気丈な声で、私に目を見やりながら寄り添うように語りかけてきてましたね。そんな様子から更に様態が悪化したのは3月21日。そして3月22日AM3:35に天に召されました。
キューちゃんとのお別れの間際に、息子は電話を通して、キューちゃんに語りかけ、「今までありがとう。私たち家族に、私たちの友人に、たくさんの喜びを与えてくれてありがとう」と感謝を伝えお別れできました。

現在、愛するペットを失った悲しみは、ようやく過ぎ去りつつあり、やがて感謝と喜びが呼び起こされてくるのだと思います。無条件で私達を愛してくれたキューちゃん、お互いに正直でありえた私達、20年間を善く生き得た私達、ありがとう!!

人の命のように、永く一緒に暮らしたペットの命もまた、私たちの命に溶け込んでしまったかのように愛おしいものです。最近の出来事ではありましたので、大切な記憶として残しておこうと思い、このブログに書き綴ってみました。

 

明日から、10連休です。大切な代替わりの始めとなる、新天皇に係わる行事が行われ、私達もまた、これからの世に思いを馳せ時代を生きていくことになります。自身の生き方を考え整えてみる良き機会と思いますね。

インフルエンザもまた流行し始めている折、健康に気を付けてお過ごしください。

 

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色とりどりの話

フリージアの花言葉をご存知ですか?
我がベランダのプランターで、フリージアを育てているのですが(と申せば格好いい弁明でして、実は植えっぱなしの一番楽な見守りをしている次第です)
店頭には、お正月花として、既に早くから咲揃えられていますが、我が家の植えっぱなしの黄色いフリージアは、まだまだ蕾が固いですわ。

さてこのフリージアの花言葉、ネット検索で知り得たのですが、花の色で意味が変わるとか。黄・白・赤・紫の4色があり、我が家の花色は黄色。ま、よく目にする色ではないでしょうか?親しみがあって明るくてフリージアらしいでしょ?
全般の花言葉は、あどけなさ、純潔、親愛の情、と紹介されていますが、それって全く私のことではないかしら?と、ほくそ笑みながら、まもなく咲き始めるであろうベランダの蕾フリージアに親愛の微笑みを送った次第です。この花育ては、一番無難で、私でも育てられるとの従弟の妻さんが、種分けしてくださったもので、確かにもう3年になりますから、私にも育てることができますよって言えるかと。

色別に花言葉を紹介しますと、
黄:無邪気さ
白:あどけなさ
赤:純潔
紫:憧れ
とのこと。
花の名前の由来は、原産地は南アフリカに咲く花で、デンマークの植物学者エクロンが、親友のドイツ人医師フレーゼ(Freese)に献名して名付けられたとの由来が載っておりました。

 

さて、話の景色は変わりますが、ユニセフでは、5年前(2014年)から、乳幼児期の子供の発達の大切さを訴える(Early Childhood Development=ECD)世界キャンペーンが展開されていますね。胎児期から小学校に就学するまでの体験が、その後の健康や精神的な幸福、学習能力、さらには収入にまで影響することが明らかになってきており、脳科学や心理学、経済学などの各分野の研究がなされているということです。

ユニセフが抱える課題から眺めてみているわけですが、極度の貧困や発育阻害のために、生まれ持った能力を十分に活かすことができないリスクに直面している子供たちの状況は、胎児から小学校就学前までの、このとりどりの花を咲かせうる能力が実を結ぶことなく、非効果的影響を受けていることに、哀しい現実の悲愴を感じますね。
世界的に出生人口が減少傾向になりつつありますが、この世に生まれてきた赤ちゃんの命。色々な多くの赤ちゃんの笑顔から、私達の笑顔が引き出されるというこの循環作用は、愛おしさと明るさと強さをもらっているという強力なエネルギーは、今さら言う事ではないですが、未来に花開く多様性の幼き命を、改めて眺めてみれば、色とりどり(子供は多様的に花開く未来性を持っている…と私は思うわけです)の愛であえる刺激は、色とりどりの豊かさに刺激されての楽しみがあり、健康的であることも自明の認識です。

以下に、参考として、2014年ユニセフが主催した「神経科学シンポジウム」報告書より、脳の発達、七つの事実に関して、引用しています。

『はじめが肝心 - 脳の発達、七つの事実

  1. 人の脳には、860億個のニューロンと、それをつなぐ1000兆個のシナプスがあります。
  2. 乳幼児期、シナプスを経由し、ニューロン同士が毎秒700~1000個という驚異的スピードで接続していきます。
  3. 脳の重量の87%は、こうして三歳までに出来上がります。
  4. 三歳の脳は、大人の2倍、活発に動いています。
  5. 乳幼児の子どものエネルギーの大半(50%~75%)は、脳の発達のために使われています。
  6. 人は、「脳の可塑性」(外的な刺激や環境の変化に応じてニューロンの働きを最適化する力)が高かったゆえに、生命の歴史の中で進化を遂げ、現在に至っています。
  7. そしてこの可塑性は、七歳までに半減してしまいます。

だから - はじめが肝心

日本の深刻で社会的な児童虐待問題は、このような紙面で論じ難き問題です。ユニセフが直面している課題(リスクに直面している児童の状況)は、貧困がもたらす状況ですが、日本の場合、養育・教育の貧困とでも捉えて良いでしょうか。

子どもたちが其々の親御さんの持つ感性で豊かに育てられ、また社会に在っては、いろんな子供たちと共存して生きあえる(生まれ持っている子ども達それぞれの能力を十分に発揮できる)環境が、とにかく社会的綻びが見つかったその時から、整えられていけるよう私たちの目線が鋭くあり続けるのが大事ですね。

 

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2月の節分が過ぎて、今日はバレンタインデー!!

何を思うか如月の季節。やはり2月は寒い。
今年に於いては、世界的に多少異常気象という現象。大阪・京都・和歌山・神戸辺りは、雪に見舞われることなく…!?って調子ではあるけれど、北海道・東北・関東・時に九州なんて地方は、大雪・吹雪に見舞われているようだ。

3日は節分の日、恵方巻き商戦の賑やかさが、日本中をめぐる。


ここ数年のうちに、過剰な「恵方巻き」の売り込みに呆れながらも、私もつい、買ってしまう。もの珍しさではなく、特に厄除けでもなく、派手やかに巻きずしがそこかしこに並べられていることに、どないに美味しく作ってんだろう? ま、今回はちょっとこれを買ってみようか?ってなことで、買ってくる。食してみれば美味しく作ってある。
節分の巻きずしは、いつもより美味しい。多少高くはあるけれど…と、呟きがてら一応黙して厳かに食べ始めるという所作であります。

一方、TV,新聞のニュースを見れば、商戦の行き着く先は、無残な映像。
モッタイナイに飽くなき商戦は、大量の億単位の食材が廃棄処分となって終結するのだ。翌日になると、あの「恵方巻き」騒ぎは、全く何事もなかったように静かになっている。
平和ボケということではなく、無秩序でアホな…というほかない。わが身も一石投じているのだから、どうしょうもないアホとでも言うしかないかな?
何とかならないの?教えてくださいな!!あっ!そうか!アホにつける薬はないと?

そして、2月7日は、北方領土の日。1855年江戸幕府とロシアの間で、日ロ平和条約が締結されたことに由来して決められたらしい。
北方領土とは、択捉島(エトロフトウ)、国後島(クナシリトウ)、色丹島(シコタントウ)、歯舞群島(ハボマイグントウ)の4島のことで、現状は第二次世界大戦後よりロシアに実効支配されている。
正しい歴史的な認識をもって、見つめなおすことが大切だね。

2月は、何かと忙しく行事が続きますね。
バレンタインデー、確定申告時期、花粉の始まる時季、そして、人生に大きく影響するのであろう入試時期なので~す。
バレンタインデーの商戦も派手やかな賑わいをもたらしていますが、これは食材そのものが長持ちするからか、悲壮な嘆かわしき商戦の終結とはならないけど、若者たちの楽しみ・悲しみの騒動があるわね~(笑・笑 吾輩にとっては、もう今は昔の話)

花粉症は、バレンタインデーの頃から始まるようで、TVでは、花粉症対策が盛んに特集されていますから、ご自分に合う方法で(もち、Dr.にも相談してではありますが)予防してくださいね。

 

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2019年も早や1か月後半を過ぎて…。

2019年の始まりと言えば、何の変哲もないこの1年カレンダーということになるけれど、日本文化というか日本国家という視点で見れば、5月には元号が変わり、書類等をはじめ、これから生まれる子供たちにとって(或いはもしかして召される人々にとっても)、意味を成す今年1年が始まったわけですよね。

それにしてもアッという間の1月下旬。
20日には、お年玉付き年賀はがきの抽選があり、私は、記念切手4枚当たりましたよ。早速郵便局で交換していただいたけれど、記念切手はありがたいね。案外今までも1枚~5枚は当たっているのですから、夫々の年の記念切手を前にしばし思い出を振り返り浸っているという。(前に動かないでそこに留まって、あの時の時代を眺め渡している風景は、ノンちゃんとしてはちょっと面白いかな?)

私は最近、自分の頭の働きに、忍び寄る異変というか認知の切り替えが、困難になってきているのを感じていて、恐怖心さえあるのですよ。
「新年の初夢」なんて、眠っている間の夢を見るどころか、自身を鼓舞する未来への夢の広がりが少なく(小さくor殆ど無く)なってきている。そんな肉体的衰えを感じ入りながらの生活が増えてきているように思えて、思い切ってこのうっとうしさを払拭したいと祈り願っている。

今年は、老朽化した身体を若返らせる!そんな勇ましさをしっかりと組み立てて、この1年を過ごそうとしているわけで、只今は、えいっ!えいっ!や~っ!と張り切っておりますよ。

そ~っと誇らしげに皆様に宣言しますならば、こんなことです。
*9月or 10月を目がけて、3大レクイエムの一つ、モーツアルト・レクイエム合唱曲(ソプラノ)をマスターして、ウイーンのシュテファン大聖堂で歌う。
(実は昨年、ローマはヴァチカン主国の国際音楽祭・ヴァチカンサンピエトロ大聖堂で、ヴェルディーのレクイエム(アルト)をマスターして歌ってきました)
とにかく、体力、記憶力、認知力、の衰え防止として、取り組んでみようかと一念発起を試みているところでございますの。

グローバル化をめざして走ってきた日本の社会、世界は、今度は先鋭的に自国ファースト(自国の利益優先)で、多様性を受け入れない主張をし始めており意見の対立、暴力が横行し始めている。
かつては哲学的な思考、論理的な思考を構築してきて、人と人とのつながりを大切にしてきたのに…と言いたいが、とにかく自分中心で中途半端な不確かさで、強意な発言をもって突破していくのだから、ちょっとあまり良き空気が生まれてるとは言い難い。

ともかく、人の健康・命を対象にする私たちの仕事!
対象となる方々、また交わる人々と共に、医療関係と介護福祉関係の連携を深め、より良いあり方を求めていきましょう!

 

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新年を迎える準備はできましたか?

年の瀬になりますと、やはりなんだかんだの大騒ぎとなるのは、忘年会かな?
年の瀬と云いますと「年末用語」として定着しているけれど、かつては、江戸時代に遡る江戸庶民の年末時に取り立てられる「ツケの支払い」に奔走する命がけの慌ただしい様に発しているようだ。

付け加えて、その語源をネットから引用すると、「年の瀬」は「川の瀬」を表しており、「川の水位が低く浅い部分」を指し、川の流れが勢いを増し、急激に早くなるスポットのことで、川の瀬を渡るには、船ですら困難で、ましてや歩いて渡るとなると「命がけ」となる。「年の瀬」は、このような必死で危機迫るという意味合いの言葉で、その語源は「ツケの支払い」ということになる。

現代に於いては、「必死の支払い」どころか現実感のない(重みの無い)カード払い。
東京オリンピック・大阪万博を前に、既にカード支払いが当たり前の世界からの来訪者が押し寄せてくれば、カード支払が瞬く間に浸透するだろうし、これまでと違う世情風景になるのだろう(ちょっと、どんな世の中になっていくのか、想像難しで解らないワ!!)

今はもう、年の瀬風景というわけにはいかないが、昔はやはり年末・年の暮は、「餅つき」風景がありましたよね。一軒に必ずというか、町内「組」毎に、餅つき用具が備えられていて、杵・臼(御影石・けや木)・臼台(石・木)その他の小道具(もち米炊窯、かまど、餅蓋、他いろいろ)が出そろい、家人や町内(組)会人などが、忙しく働きまわり、大きな掛け声や、杵を振り落す音などが、響き渡ったものです。
コメ離れ現象が起きて、正月には餅を食べる家族も少なくなってきている昨今ではあり、話題にすれば、ちょっとヤバくてダサい話になってくるわね。
しかしながら、私は「おもち」が好き。年がら年中、それなりに、おもちを食べる機会が多くあるかな?(私に届くお餅は、みな福餅なのよ。幸せ餅よ)
今朝(12月21日)もTV朝日で紹介されていたのだけれど、和歌山県は半島の南北津々浦々、結構な市町村で、餅まきがあるの。神社仏閣が多いせいだと紹介されていたが、家を新築するとき、神社での祭事・イベントがあるとき、等々、とにかく何かにつけて餅まきがある。
私は長く和歌山を離れて大阪に居住しているのだけれど、郷里の親族から、いまだに 餅まきがあったからと、ゲットした(ビニール袋に入った)紅白の餅を送ってくれるのです。とにかく餅好きの私。ありがたく頂き、雑煮・焼き餅・ぜんざい・きな粉餅などにこしらえて食べているのである(餅は全然飽きないねえ!)。

さて、今年もいよいよあと一週間。平成30年を生きて、皆様にとっては如何なる平成30年でしたか?2019年からの元号は、まもなく発表されるでしょうが、どんな意味合いをもって、国民に届けられるのでしょうか?
それ程に深い極みを持って情熱をもって、世情・世界を語り論じ合うことの少なくなった平成30年は穏やかではあったけれど、平和的ではあったかな?そう思うけれど、そうではないんじゃない?平成の終わりに、私の平成時代の趨向いまだ定まらずでございますよ。
新年2019年は、新しい元号の始まり。なのですから、いろいろ考えるきっかけにしてみても良いですよね(考えてみるべきですよね)。

この一年間(かれこれ数年になりますが)、稚拙なブログに目を通していただきましてありがとうございました。
ではでは皆様、新しき年に向けて、希望の年でありますよう、そのように祈りつつ、今年に感謝して、平成に幕を下ろしましょうか。
皆様のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。

 

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