私の居住地周辺散歩は、以前にも記載したことではあるけれど、日課としては中々の散歩道が多い。
散歩を日課としてとは言うけれど、日々時間割の規則正しさからは程遠く、その日の気分次第・気まぐれ感が優先され、お散歩時間は必ずしも一定していない。
しかし徒然にお散歩するお気軽歩行とは一線をおき、脚力と筋肉への効果性を意識して、脚をしっかり上げて大幅歩行で、4~5Kmを有効的に歩いていて、必ずしも同伴者がいるわけではなく「独り散歩」という自習の慣わしになっている。
時には、夕食後、決まって10歳年上の最高齢域を生きるお婆ちゃまと、腹ごなしお散歩とでもいえば良いかな?
1~2キロ程度を歩いてみることはよくあること。
このお婆ちゃまは、規則正しい生活と言えばよいのかな!
生活のメリハリが抜群の生活の習慣性を誇り、朝8時のラジオ体操が終われば、その場で気の合うお友達と街中散歩に御機嫌よく出かけられるのが日課のようになっているから凄い。
ご機嫌良くという言い方は失礼かもしれないけれど、そのブレの無さ、気力、身の動きの機微の良さには、恐れ入る飛び跳ねるような足軽さで、結構な道のりを歩きに出かけていらっしゃる。
その出で立ちは、そそくさと、活き活きとして、何の苦もなく、にこやかに出かけられ、帰ってこられれば、ああしんど!
もうホントに駄目だわ~と顔全体を嘆きの表情で口にはすれど、決して参っている風ではない(もし仮に、散歩帰り直後、玄関先で今からお散歩に出かけるという方に出くわせば、「私ももう一度行こうかしら?まだ歩けるわよ!」と言いかねない元気の良さをキープしている)
嫌味ではなく可愛さを伴って発信するものだから、どなたにも好かれている最高齢のお方なのです。
この方の足腰の筋肉は立派に育っているかと言えば、失礼ながら身体全体は、やせ気味の小柄なお方で、前述したように、か細い骨川筋子な御御足と見るがそこは強靭な脚腰を誇っていらっしゃる。
いつも、腰が痛いの、足が痛いのとおっしゃるが、心の臓の強さは抜群で
「歩くことは、健康に有効な運動・私に必然な運動」と、ご自分の全身の筋肉の強ばりが招くマイナス影響を根強く意識しておられ、例えば体調が良くない日や何かの御用で散歩しない日は、多少イラつき感を散らしているように思われる時がある。
その正直感が可愛くもあり小意地悪くもあって、ひとしきり嘆きを吐露された後は、「おホホホ~こんなことばっかり言っていたら駄目ですね。歩かなければ身体が硬くなって、あちこちが痛いんですから~もう御年ですからね~!?」などと、目を細めて笑い飛ばしていらっしゃる。
ご自分で、懸命の体力の限りを「もうほんとに、私駄目だわ~」ときれいな笑顔で嘆き節を賜れますが、「調子悪い時はお休みにならないと…!」とお伝えしたところで、彼女の習慣は変わることなくぶれることなく、毎日を滞りなく、お上手に生きていらっしゃる。
日常生活には一途さがあるお方ですから「あなたの思いのままに、お気をつけてお過ごし下さいね」というわけです。
彼女の意志の強さに尊敬の念を以って日々をご一緒に過ごしていると、それはそれなりに、私の気分も押し上げてくれるものだから、面白いなと思うわけです。
そのお婆ちゃまなりのリズムで、膝と踵をしっかりあげて無理のない安全な歩行をされれば良いわけでして、「否否!お怪我をしないように頑張ってくださいませ」と申し上げるしかないです。この方にしてこの日常。
「楽しまずして楽しむ」なのではなく、「どうぞ意のまま気の向くままに、お散歩なされまし~」と他意なく「彼女の微笑ましき日々に乾杯」を以って、優しい見守りを差し上げていこうと思っているのです。
以前にも書き記したかと思うのですが、我が居住する街中の様子は、大幅な車道が東西南北に通っていて、その大道の左右には歩行者専用の道路が安全を期して整備されていて、その要所要所に昔ながらの路地があり、路地の行く先々には、昔、庄屋であったろうお屋敷の路地を散歩できるのが、なんとも艶めかしい奥行になっていて、何回往来してみても飽きることはない小道回廊というわけです。
庄屋屋敷の痕跡残る古びた大家の再生は、最近ではマンションに建て替わることが多くなるなど、その変遷の速さに、歴史や文化を味わうチャンスも跡形もなく消えてゆく…。
まだまだもう少しは、これまでの文化、歴史を感じながら過ごすことができるであろうと思っていて、しっかりこの町をお散歩し尽くしたいと思うこの頃なのです。
我が散歩テク=「大幅歩行」で健康維持!
足腰の筋肉強化のためにも、しっかり足を上げて、この力強く健康維持を図っていこうと思うこの頃なのです。
