最近、私の好きな詩・歌に何想う?

数年前、加齢に伴う現象(唾の分泌減少、口腔内筋肉層の衰え、
及び食物の咽頭通過時の交通整理機能衰退など、
むせて咳き込む不手際が起きるようになっていた)にケア対応するには、
喉頭筋を鍛えなくちゃと、2~3年前よりボイストレーニングを受けている。
これは結構効果のある対策と自認できるほどに、
むせて咳き込む症状は改善していて、ほっとしている。

ボイストレーニングはご存じのことと思いますが、
呼吸法、発声法の訓練を受けながら、声を出して歌うというセットになっている。
これまでに色々な歌を消化してきましたね。
詩がすきであったり、メロディーが好きであったりと、
わずか週1回30分のトレーニングながら、
世界の歌曲に自身を無垢に投入させることができるので、
充実感があり楽しめて気分が柔らかくなるという効用感に満足してるってこの頃です。
(自己満足に至るかな?)

このトレーニングを通して、
遠い存在だった作曲家:武満 徹さん(1930~1996)と再会。
彼は、知る人ぞ知る日本を代表する音楽家(作曲・作詩・作詞)なのだが、
私が20代のころ、初めて大阪フェスティバルホールで彼と出会ったのだけれど、
オーケストラ近代音楽への模索というか挑戦というか…??
私には難解すぎて馴染めなく近寄れなかったなぁ…。
ところが、ボイトレの先生、「この歌あなたに合ってんじゃないかしら?」と、
武満 徹さんの作詞・作曲「小さな空」を紹介してくださった。
ピアノで聞かせてくださったメロディーは、
なんとも日本的な曲想で可愛らしく洒落ている。
即!心はしっかりのめり込んでしまったという素敵な出会いがありました。

武満さんの音楽には、人間の根源を伝えるというメッセージ性があり、
合唱曲も多く手がけられているが、なかなか味わえるのです。
人間の存在に語りかけてくるような…。
それは、異なった生活、異なった思想や感情、を持っている
人間への見極めを大切にしている音楽性を創り出しているとうか…。
彼の言葉を引用しますが、
…(中略)作曲家にとって一番大事なのは、聴くってことだと思う。
単に音楽を聴くだけじゃない。命っていうか生きてるものとか自然とかすべて、
それを聴くってことが大事なんだ。…(後略)
「聴く」文化性(感性)は看護においても通じるもの。
人の日常生活動作から、声、皮膚、表情に、静かに温かく、
目を凝らせ手の感触を聴きケアへの一歩を施しながら、
さらに反応から何を聴き読み取り受け止めるのか!
という日常の情景を飽きずに大切にしたいね。

「小さな空」

①青空みたら綿のような雲が悲しみをのせて飛んで行った*(  )
②夕空見たら協会の窓のステンドグラスが真赤に燃えてた*(  )
③夜空を見たら小さな星が涙のように光っていた*(  )

*(悪戯が過ぎて叱られて泣いた子供のころを憶いだした)

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故郷いじわる考:世界遺産の街の滑稽な賑わい

わが故郷 紀伊田辺の高校同窓会は、40代頃から、5年に一回というベースで始まり、
それなりに盛会に行われ、余韻の残り火とでもいおうか、
関東は東京・関西は阪和圏で毎年地区別のミニ同窓会が開かれている。
還暦を迎えたころより物故者が増えてくるに、わが身の身近な問題として感じ入れば、
やはり3年に一回の再開を望む声も多くなり、
今では、地元本家の同窓会が3年に一回開催されている。

さてさて今年の同窓会は、古希を迎えて参加した面々が、
これまでを生きてきた生活臭を漂わせ、大事に磨かれてきた自己の感性を
顔、容姿に漂わせながら、屈託のない再会の喜びを確認し合ったものです。
流石にいつもの常連メンバーの不在に、一抹の悲しみも共にしあったが、
いずれわが身も「不在」となる身と受け止めているかのように坦々としている。
これは年を重ねて生きる中で、肉体が教えてくれる真情のように思われて、
不思議な感覚を覚えたものです。
これなかなかの滑稽な風景と言えないだろうか?

ところで和歌山県は、高野山、熊野古道が世界遺産に認定されて以降、
結構な観光客を誘致して潤沢な経済が巡っているようだ。
道路、街並み、海岸沿線、全てに装い新たにするなど身づくろいを整えていて、
まあとにかく賑やかに過ぎるほどである。宣伝効果高らかにというか、
可視化がぬかりなくほどよく徹底されている。
観光センターなる建物もできていて、歴史表記や道路マップのパンフレット、
看板があって、碑・歌碑や記念館、ご当地ユニホームで観光客をもてなしている。
~いらっしゃいませェー~ 張り切った声でご挨拶いただけば、
活気あり、うるさくもありの複雑な心境になってしまう。

トイレひとつをとってみても、
目につきやすい場所に堂々ときれい化された明るいし、悪臭も緩和されている。
おまけに掃除チェック表も目につきやすい形でぶらさげられていて、
「清潔」維持を誇っているのか、労働監視なのかといった風景に感心するやら驚くやら。
店構えも、新旧入り混じりながらも、現代風に装いを凝らし街並みを整えてもいるが、
コンセプトが分からない派手な色彩の店も目に飛び込んでくる。

こぞって世界遺産、重要文化財などの認定・指定を受けたくて
必死に盛り上げようとする背景は、観光誘致という最強手段を通して、
金儲け主義にはしすぎてはいないかと思ってしまうほど。
経済的潤いは必要だけど、この賑わい方は、危うげな滑稽さも感じ、
もう少し静かな故郷であってもよいのでは?と。
まあ、元県人今他県人なる者が言うことではないっかぁ~。
私の意地悪考でございました。

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