今、このメッセージで喜びたい<あっぱれ!!白鵬>

世の中、何か制するモノがあって、気持ちよくは
<あっぱれ!!白鵬>とは叫べない。

何か制するモノ!? 大変な事件だ。
イスラム国と称する兵士の族???に
捕らわれの身となった後藤健二さん、湯川遥菜さん。
常に残忍な恐怖の映像・メッセージを轟かせ、
即断的に人間の生命を絶滅させているのを、
どう表現し弾劾させていいのか?
政府が、交渉ルートとして、ヨルダンを介して、トルコ政府に頼みの綱を繋ぎ、
積極的に慎重に救出・開放交渉をしているニュースは、
既に私たちの知る範疇にあるけれど、実態の詳細は解らない。
直接的に、トルコではないというところに、日本の政治的思惑があるらしい。
安倍首相がイスラエル訪問中に事件が勃発し、安倍首相は独断で即、
ヨルダンに外務副大臣を派遣していて、政府対応の速さを演出しているのだけれど…?

ご存じのとおり、トルコは一貫して、アメリカの軍事作戦には反対しており、
アメリカと親密関係にありながらも、一線を画している。
その姿勢は、中東にあって軍事行動を回避して
自国民を守っているのだから、すごいと言わざるを得ない。
いずれにせよ、せめて後藤さんの生命だけは、救われてほしいと願うものです。

話は変わって、白鵬の33回優勝はとにかくすごい。
大鵬の32回でさえ塗り替えられる数字ではなかったのに、
彼はそれが尊敬する大鵬への恩返しとばかりの執念により、塗り替えてしまった。
最近の彼のコメントや態度に疑問が提されているが、
一つ相撲協会に物申したい心境が
根強くあるのではないかと思われるのだけれど、どうなんだろうか?

大して相撲に熱心な私ではないけれど、
小さいころから馴染んできた風物なものだから。
そして、あの鍛えられたからだが柔和できれいなのだから、
どうしようもない。
文句なく、白鵬に絶賛!!

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心の平和を求めて…!

今はもうすでに忘れ去っていた感動になっているのだけれど…。
この頃時々、20代に読んだアン・モロウ・リンドバーグ夫人の
著書「海からの贈り物」が、頭をよぎることがある。

海辺に打ち寄せられた貝殻たちの一つ一つから、
自由で開放的なメッセージを悟り受け取りながら、
静かな感動と感謝の眼差しで著者の言葉が私たちに届けられる
(とは、私流の読後記憶になっている)。

波音の中に漂うことに飽きず時をともにしながら目覚めていく。
そして静かに思考を引き寄せて、私たちに思考の波音を届けてくれる。
恒久的な関係などというものはなくて(中略)。
…凡て生きた関係は変化し拡張しつつあって、
常に新しい形をとっていかなければならない(後略)。

決して難しい本ではない。
波打ち際に打ち上げられた貝の一つ一つの
生命力を蘇らせてくれている。
静かではあるけれどエネルギーが周っている。

私は、幼年期を海辺で暮らしている。
幾種類かの貝を集めて、飽かず眺めていたのに、
どんな感動が湧いたというのだろうか?
数多く、種類多く集めたことに悦を感じ入り、
打ち寄せる波と戯れていただけの時を過ごしたというのだろうか?
海に遊ぶ時の反復を意に介せずに…すでに忘却なのである。

そして今、東日本大震災のあの津波の偉大で
不気味なエネルギーの前に、なすすべもなく立ちすくみ、
その後の復興に政治の手は必ずしも丁寧に
いざなってはくれないけれど、そこに生きる、
そこに行きたい懸命の自分たちのエネルギーで、
自由に健気に復興させる生命力がみなぎっている。

今になって、私の心が目覚め働き始めようとしている。
心の平和を求めて…。

阪神大震災から20年の1月17日、
改めて、思いを新たにしてお祈りを捧げます。

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羊の功名・未年の光明

羊=ウシ科の哺乳動物で、繊細な長毛が密生していて、風体が愛くるしい。

こう言っちゃあ羊さんに失礼というものだが、
毛、肉、乳、皮革 と用途多幸(広)な私たちにとっては身近な動物なのだ。

改めまして新年あけましておめでとうございます。
今年も皆さんとともに、元気に楽しく頑張りたく思いますので、
よろしくお願い申し上げます。

新年の天皇陛下のご挨拶は、私なりに心を動かされました。
天皇陛下のお言葉の端々に、厳かな響きをもって、
犠牲となった先人の死に深く思いを寄せて述べられていたのが印象的でした。
「戦争」への思いは、ず~っとぶれることなく
真摯に受け継がれてきていらっしゃるのだと思います。

「戦後70年」をどう受け止めてこの1年を生きようとするのか?
不毛な戦争へと嵌まり込んでいった工程は、
なんとも不可解なまま70年の戦後歴史を認識することになるのでしょうけれど、
後ろ向きにとらえるのではなく「平和」を希求し続けてきた70年ではあると思っている。

ただ、社会とか国家とかの中に群れていることにもなる私たちは、
人間の癖というべきか特性というべきかなんだけど、群れて社会の中に居ると、
横との関係、他と異なる自分に社会(群れ)とつながらないことが不安になり迎合してしまう。
多勢の意見意志に服従してしまうってことに向かいやすい。
異を唱えることは何倍もの勇気がいることなのですから。
「流されてついていくだけの人」にはなりたくないけど、
ある意味心地よいぬるま湯に浸されていると、
引き上げるべき時や善悪の問題意識が分からなくなってしまうのだろうね。
戦争に嵌まり込んでいく工程は、いつの間にかある日突然、
すでにそういう仕組みになっていたということなのかもしれない。
それは怖いことなんですよね。
やはり、この1年、敢えて、戦後70年の歴史を知得して、
価値観・歴史館、世界観の構築に努力しなければならないのだと思います。

羊の長毛の暖かさに浸り優しいお目目に惑わされることなく、
私は何を思う?を問いかけながら、未年の光明を見出さないといけないと思います。

新年早々のご挨拶は、こんな文章から始まりましたが、
皆さん!健康で明るく穏やかな年にいたしましょう。

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寒さに負けず~っ!とはいかず…???

先週来、日本列島大寒波にお見舞われ、TVニュースは、
大雪で孤立した山間部集落を中心に厳しい状況を流し続けています。
山間部だけではなく、国道・高速道などでの車渋滞状況なども中継しているが、
そんな猛吹雪、積雪の現場で中継されるアナウンサー、リポーターも命がけの生中継。
それでなくとも除雪作業中での事故、車中での事故が引き起こされているのだから、
彼ら現場中継する人々にも危険が付きまとっているはずだ。

ただ、年の瀬ということだから?ニュースも半端じゃない。
いろいろ驚き、胸痛むニュースが多く飛び込んでくる。

吾輩は、寒さに負けて、外出もままならず家籠もり、
猫ちゃんと共に暖か布団に丸くなったりしてちぢこまっているという状況だ。

ところでダントツに「へ~っ!」と映像にはまったのが、
インドから届いた猿族の奇跡。
とある町での話。
線路に出てきて遊んでいた野生のサルたちの仲間の一匹が、
線路の高圧線に触れて感電し気絶したのだという。
映像はそこからのものだが、これが驚きなのである。
感電気絶している猿にたいして、仲間のサルが、咬む叩く、体を振り下ろす、
壁にぶつけるも一向にグタッとしたまま意識を回復しない。
挙句の果て側溝の水の中に投げ込み、引き上げたり水中になげたり。
水の冷たさのショックで、ようやく意識を取り戻した(?)のか、
ともかくも目を開き意識回復に至ったのだ。
水中のサルは、蘇生にあたった猿に引き上げられて一命を取り留められたこの一件、
まさに奇跡の生還を果たした気絶猿も然ることながら、
蘇生施術猿の勇敢で必死の介抱ぶりに、人間顔負け!
いや野生の猿なればこその本能的?な感性に伴う救助行動。脱帽!!拍手!!お見事!!

私たち人間社会は、それなりに科学的で工学的で物理学的に整備された
救助マニュアルに導かれて、かろうじて救助活動ができシステムがなりたっていて、
助けられる思いである。
私個人でいえば、そんな場面に遭遇しても立ちすくむに違いないし、
ようやく決心しても恐る恐るにして気弱い依存型の構えだろう。
否、もう少し信じて、緊急場面に遭遇すれば、私の野生が芽生え、
その証明となる果敢な行動を成し得ることであろうと期待したい。

まもなく、クリスマスがやってきて、新年を迎えます。
お年賀状はもう書き終えましたか?
2014年の終わりに、この一年に感謝して、皆様と共に、
今まさにこの時から始まる未来に夢絶やすことなく
健康に過ごすことができますよう、お祈りいたします。

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「主人公はあなた」の呼びかけに…。

どうも投票率の低迷が、テレビや新聞で声高に報じられるけれど、
なぜかどっちらけのしらけムードが漂い続けた衆院選挙。

その間、香港では、学生たちを中心に占拠デモなどで、
一つの大きな主張を展開していた。
しかしまあ、中国の政治の壁は厚く、
容赦しない高圧な当局の治安体制に屈せざるを得ない事態収拾が行われているが、
このように爆発したエネルギーは、近代の日本の若者(主として学生)は成しえない。
香港の若者は、
「日本人にとって、民主主義は当たり前のものかもしれないが、
香港の人々は闘わなければ手にすることはでいない」といい尤もな話なわけである。

日本の若者よ!しっかりせ~い!とでも言いたいが、
日本のバブル時代を享受してきた高齢者が、
もっとしっかり世の中を吟じないと
(若者に向かって、声を出して、未来・希望を語りかけないと)といかんのだろう。
(良い格好して好々爺なることも然ることながら、ちょっと苦言を呈することもね)

本来民主主義を守るには、常に闘っていることだと思う。
でなければ民主主義の核たるところを守ることはできないのではないか?
現に今回の衆議院議員総選挙は、選挙する意味・大義はなく、
首相の専権事項で首相が決定して行われたものだ
(そういう見方をすれば、安倍さんはなかなかの戦略家。現に瞬く間に与党圧勝。
有権者はわけわからん選挙と心得てはいるのだが…。)
闘い処を見据えることのできない空回り選挙。
未来の可能性に駆けることもままならないのだ。
それでも一票を投じなければ、主張する権利があやふやになり、大きなツケが回ってくる。
「未来はあなたのもの、誰かに決めてもらうのではなくあなた自身がきめること」、
だから、私は投票に行ってきましたよ。皆さんはどうですか?

扨て一夜明けて…。選挙の投票率は戦後最低52%前後。
どうなんだろう???
しかしながら、未来への希望を託して前に進もう。
世界を見れば、若者世代(特に10代の人たちが)が輝いている。

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流行語大賞:誰が決めるの?

今年の「ユーキャン新語・流行語大賞」が12月1日に発表されたが、
それはなんと!
「集団的自衛権」と「ダメよ~、ダメダメ」の2語でした。
なるほど…??確かに、今年の世相を反映した言葉ではあるけれど…。

「集団的自衛権」は国民的に流行語ということになるのだろうか?
国民の間にそんなに浸透した議論や話題になっていたのだろうか?
集団的自衛権行使への反対が根強くあり、まだまだ解らない憲法上の問題であり、
戦争に巻き込まれる(戦争に参戦する)ことになるやもしれぬ真剣で深刻な問題なのに…?
なかなか納得のいかない大賞ではないかと思うのですが、皆さんはどう思われますか?

年末に行われるこの流行語大賞には、楽しめる娯楽性があり、
「ダメよ~、ダメダメ」などは、
まさに庶民に浸透した笑いが起こる気楽さがあって賑わしい。
不景気感(あるいは閉塞感)が払拭されきらないままに
今年を締めくくり、新しい年を迎えようとしているのに、なのです。

そして、国民的人気俳優:高倉健さんが亡くなられ、
相次いで昭和の一時代を風靡した菅原文太さんが亡くなられました。
さて、この菅原文太さんって、
窮めて「ありのままの自分」に正直って生き方をしていませんか?
優しくってね。
私はあまり、仁義の世界の映画は見ていませんが、「トラック野郎」シリーズものは、
バス旅行などで放映されるビデオを楽しみました。いやな感じではなかったですね。
可愛い一本気な野郎さんでしたね。
奥様もきっとシャイな可愛い文太さんを大好きだったのでは(?と思いますね)
だから彼とともに、彼に寄り添って生きてきたでしょうし、
奥様はとても良きパートナーだったでしょうね。
奥様のメッセージが、毅然としていて、
菅原文太さんを包み込んでいてお優しい。「彼は、小さな種をまいてさりました」と。

「落花は枝に還らず」とも。
されど 枝に残した一粒の実は、種となって土に還っていったじゃありませんか。
「戦争は やっちゃいけない。原発はいらない 原発なくても良い国つくりはできる。
無農薬有機農業を広め 健康に生きよう」などなど、
小さな種を大切に 熱心に真剣に祈りを持って蒔きつづけながら…。

人生の生き方、虚勢を張って無理しないで、結構自然体だけど細やかな神経を注いで、
やっぱし格好よく逝ってしまわれた映画人のお二人に思いを寄せての呟きでした。

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急に寒くなりました

秋から冬にかけての季節、
高齢者は高齢者の健康対策=難治性の医療関連肺炎の予防対策が
公的に積極的に呼びかけられている。
65歳、70歳、75歳、80歳の高齢者に予防ワクチン接種の公的支援である。
私もご多分に漏れず、保健対策課からの連絡で素直に従って接種した。
する・しないは本人の自由ということでもあろうが、
高騰する医療介護費の抑制対策として、高齢者は高齢者なりに、
そのように健康上の自己管理が必要であり、
日常生活を快適に維持することが重要である。

また、小さい子供たちは子供たちで、
A型溶連菌感染に気を付けないといけないそんな季節の到来なのです。
子育て中のお母様方、ご自身の健康に十分気を付け、
子供たちのちょっとした健康上の異常の早期発見に気を付けながら、
寒さ対策をなさってくださいね。

さてさて、宇宙を仰いでみると、寒空の冴えわたりが美しい。
天体望遠鏡を持って星の世界にいざなわれる人は、
どんな目を持っているのだろうか?
どんな脳の働きがあるのだろうか?と不思議に思う。

七夕の時に時に見える天の河は、七夕よりも8月9月がよくみえるというが、
私には空の変化がまったく解らない。
そしてファンタジーの感動がわからない。
天体のトリップ(ファンタジーを感じる)チャンスを捉えることができないでいる。
あんなに空に近い高い山に登って、夜の星降る空を見てきたのに、
恋の夢物語も語り合ったのに、星たちに思いを馳せることは無くチャンスを失ってきた。
それは、ここ3~4年常に感じる無念さでもある。
飽きることの無い羽ばたきができないのだ。
空気と空の繋がりを感じ取ることができない。

ただ、毎日、ベランダに佇みながら、空を眺め空気を吸い自身の呼吸を感じながら、
少しずつ空とお話をしているこの頃、寒くなってきたこの節、
朝早く朝日を眺め雲の流れを追いつつ、お茶をゆっくり口に運びながら、
呼吸を整え空気を感じているこの頃です。

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「霜降」の節、風邪にご用心!!

先日10月23日は、「霜降」と言われあるとおり、
気温は17℃、ガクッと寒くなった。

まさに冬への誘いの節語ではあり、
暦歴からこのような非日常用語で古来の表現に触れ、
季節感を味わうことができ、秋なのである。

その前々日、私の前職場でご一緒させていただいた上司の主催する、
高齢者に優しい約10キロの里山行に参加させていただいた。
60歳~75歳の老男女のご一行様のお通りである。
ほとんどが刈り取られているものの渋柿・甘柿の
朱生りの木がところどころに散見されつつ、
稲穂の頭たわわにしなる田んぼには、
所々で刈り入れた稲の天日干し風景が見られ、
また大がかりではないながらも整然とした棚田のほとりを歩きながら、
名付けて「葦辺のぬくもり」とでも言いましょうか、
そのような大きな郷愁に誘われたものです。

奈良は私の過ごした第2の故郷。
長閑な浪漫の歴史感漂う奈良里は大好きで、
ここに居住を決めた大きな理由でもある。

そして「霜降」の当日は、
急な寒さに警戒しながら参加した48年前の大学時代の同窓会。
ご想像にお任せするが、相当に高齢者の1泊2日の集いでしたから、
話題は最近の健康状態、不都合な生活行動、
鈍くなり始めた頭脳の回転などのご披露から始まり、
とどのつまりは、若かりし20代前半のとびっきり楽しかった
(失敗もしかり、まじめな研究活動でのエピソードや、その頃のひと模様など)
思い出話に、夜の更けるのも構わず、
時には夜風・潮風に上機嫌の体のほてりを冷ましながら娘に戻ったひと時でした。

さてさて、どれもこれも秋のイベントは、嬉し過ぎて楽し過ぎて、
急な寒さにお構いなく過ごしたからでしょうか、
私は風邪っけの重だるさを感じ始め、咽頭痛・鼻汁の軽い症状に、
やや後悔をしながら、早速クリニック受診。
医者先生は、あァ大したことは無いと軽く流してくれましたが、
私は頭が重く体が重だるいのだァ。

温かい水分を丁寧に補給し、遊び疲れの回復を図り、
免疫向上の薬を飲んでおとなしくしている有様。
家で、TVを見ていると、
なんと50歳の磯野貴理子さんが脳梗塞で治療中との報。
脳梗塞は4時間以内の措置が勝負というのですから、早期発見・早期治療が命。

~そこで、早期発見の観察・異常の早期発見のみどころ・気づきどころ~
FASTに沿う観察
F=Face  : 顔の麻痺(左右差の有無)
A=Arm   : 両手の水平位保持、動き、握力(いずれも左右差の有無)
S=Speach: ろれつ(ラリルレロ・パピプペポが不明瞭)
T=Time  : 発症した時刻、急いで搬送・受診
以上、ご参考にしてください。

皆様、季節の変動時は、何かと健康上のトラブルを引き起こしやすいものです。
気を付けてご活躍くださいね。

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華麗なる宇宙の満月とLEDの英知

8日夜の赤銅色になった満月。これをもって皆既月食という。
3年ぶりの神秘現象が、鮮やかに私たちを堪能させてくれた。
むろん、赤銅色を肉眼でみたわけではない。
肉眼的には満月の輪郭を捉えながら黒い陰影が覆っていく。
満月の光から細い三日月の光へとゆっくり移動させながら皆既現象の完成に至る。
この過程を日本中の多くの人々が共有し、貴重な1時間の流れを堪能した。
短くも長くもなく惜しむことの無い素敵な時間であったと思え余韻に浸る。
何度も皆既月食現象についての説明が繰り返されていたので、知識を承知しつつも、
いざ!満月が現れると、これから始まる現象の論理など吹っ飛び(?)、
天体の華麗なる現象に、静かなる感動のため息がたなびいていた(に違いない)。

註:皆既月食は、見かけ上、太陽よりも月の方が大きい場合に起こり、
太陽の全面が月におおわれる。太陽・地球・月が一直線に並び、
月が地球の影に覆われる=実際は太陽を覆った黒い月=という現象
(参照:中学理科辞典、恩藤知典 編著、受験研究社刊)

その前日7日、ノーベル物理学賞は日本人3人の学者に決まった。
世界が認めた青色LED・科学の光明となる
青色発光ダイオード(LED)の平和的技術の開発で、
科学技術が人類に果たした光の平和的な開発に
貢献したことに対する受賞であると言えそうだが、
3人の学者は、
名城大終身教授:赤崎 勇、
名古屋大教授:天野 浩、
カリフォルニア大教授:中村 修二の各氏。

TVなどでお見かけする限り、陽気で爽やか、
3者3様の秘めた情熱のオーラを感じる(人物のモチベーションが面白い)。
LEDの詳細は解らないが、
【青色LEDが重要なわけは、三原色(赤・緑・青)で「白い光」を
実現させたということであるが、3氏は最もエネルギーが必要な青色を
生み出す素材が見つからなかった課題を追い続け、
窒化ガリウムを使って青色を出す半導体の開発に貢献。
青色の登場で光の3原則がそろい、白を含めたあらゆる色を出せるようになった。】
(【】内は、9日付毎日新聞記事引用)

「光」に因んだニュースの心地よさで思い出すが、
安倍総理は「すべての女性が輝く社会つくり」を打ち出し、
企業に対して数値目標を提起した。
政府主導の後押しがなければ、女性の社会進出は進まないのは寂しいけれど、
ようやく光の当たりにくい硬直した社会分野に光明を導かれることになるのだ。
(ただ、安倍総理の美辞表現は、いつも真実味が感じられないが)。

世の女性たちは、政治の後押しに今こそ奮起して、
持続的な努力と情熱で有効な光輝く実現にむけ
職場進出への挑戦をしていくべきだと思う。

それにしても社会貢献を地道に実践している方々に目がとまる。
NPO法人を設立して、政治の手が届かない
社会問題を担ってのNPO活動は、女性が4割も占めているという。
いつか実を結び光り輝く時が来て、継続性のあるつなぎを可能にしていけば、
未来に輝き、誰もが愛でる光となるのではと期待が膨らむ。
(それをもって社会的遺産とでも名付けようか)。

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「高齢である」をしかと知る!恥ずかしがらずに!ためらわずに!

60歳還暦を迎える、という響きには、
何かしら当事者自身も周辺も華やいでいるように思われ、
お祝いごとの行事も抵抗なく滞りなく
済ませることができるものなんだなあという気がする。

さて、それからの5年、10年というのは、時間通過が速くて敵わない。
要するに健康年齢という概念を思い切り体に感じながら過ごしているのだ。

実際、おしゃべりは緩慢な流れになり、声は張りあがっている。
場の空間の広さや、雑談する人たちと
どのくらいの距離間で話しているのかにはお構いなく、
自分が聞きやすい出しやすい音量でもって始まる。

気持ちの中にはまだまだしっかり人に迷惑をかけないマナー基準を持っていて、
体裁よく身構えて行動しているのだけれど、
どうにもこうにも複数の音が重なり合ってくるとボリュームアップさせているのだ。

近頃息子は、私と一緒に出掛けると、私の歩き方や姿勢を観察したり、
私が左右前後に行き交う人々への気配りを観察したりして、
「わァすごい!お母さん、平衡感覚すごいね」と褒められたり、
「お母さん!急に立ち止まると後ろから来ている人が
急に避けることできないから、気を付けないとお互いに危ないよ」
と注意されたりもする。

息子の辛辣な注意に、時々は腹を立てて抵抗をするのだが、
息子は、私が老けていかないよう、認知度を維持しつづけるようにと
刺激をしているのだという。ありがたい話と受け止めるべしかな?

ま、家族とあるいは親しい友人たちと、忌憚なく喜怒哀楽を表現し合って
日々を過ごせればいいのだな、と思うこの頃ではある。
一つ一つの活動を終えて一段落してみると、
結構なエネルギーを消費しているので疲れを感じるが、実際疲れやすくなってきている。
やれやれと一休みをしたくなって、動作緩慢にゆっくりとお茶を飲む。
一つ一つの活動の区切りをつけながら(否、区切りをつけながらでないと、
次の行動に移っていけないというパターンになっている)、
あァ楽しかった!あァ嫌な時間だった!あァあの人は素敵な人だった!
やれ、きれいなお花だの、おいしいお食事だっただの…
いろいろ思いつくままに味わいつつお茶を飲む。

区切りをつけて次の行動に入るまでの間合いを感じながら、
穏やかに緩やかにスイッチが入るという仕組みになってきている。

このように書いてみると、いかにも元気のない高齢者の域に
踏み込んでいくかのように思われるでしょうが、そうではなく、
「高齢である」をしかと心得ていっているのであって、ゆるゆると、
高齢を受け入れて健康的に時間を大切に使って、
結構、安全に人に迷惑をかけぬよう、恥ずかしがらずに、
ためらわずに生きようとしているのだと解ってほしい。

医療介護の現場に入院・入所する高齢の方々は、認知の症状や難聴、動作緩慢、
視力が弱いなどなど、加齢に伴う症状をいろいろと持っている方が多いと思います。
医療介護の従事は、やはり環境を整えて、
コミュニケーションをしっかりとる配慮をしてくださいね。

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