月別アーカイブ: 2016年11月

新聞拾い読み:光が見える

小林麻央さんが、今年のBBC「100人の女性」に選ばれた。
乳がんの闘病記をブログ発信し始めてからの閲覧数は、
1000万超えと言われていますが、日本だけでなく世界に影響を与えているのだ。
「影響力を持ち、人の心を動かす 女性100人」。
選出の理由であるが、たしかに、闘病中の経験や思いなどを
包み隠さずブログ発信しており、進行性のがんと対峙している。
本当は苦しい悩みが、押し寄せてくる日々であろう波のうねりに屈せず、
葛藤の先にたどり着く思い「私が恐れていた世界は、優しさと愛に溢れていました」
そして「明るさこそ勝」と、がんとともに生きる今の心境を伝えている。
ブログ上での明るさは、もうしっかりと自分に俯瞰させていてゆるぎない。
何か、魔物を落としきったようなしなやかさがあって、逞しい。
凄いと申し上げる他ないです。

私の幼少期からの友人二人が、10年前(60歳前後のころ)、
それぞれ乳がん、子宮がんを発症し凄まじい闘病を経験している。
二人とも、治療上の後遺症(リンパ郭清術後のリンパ液うっ滞により
上肢や下肢がぱんぱんに膨張するなど)に影響された苦痛を日常的に背負っている。
二人とも「私のお世話になってきた大切な手足」と、
重量感の増す不自由で疼痛の伴う手足を、愛おしさを込めて丁寧に手当てしながら、
今においても社会的な仕事をしている。
麻央さんのように、お若くて進行性のがんという苦しみとは異なるかもしれないが、
「がん」という絶望的な重さが響く言葉が、わが身に降りかかる驚き、
「なぜ 私?」受け入れがたき言葉への虚脱感(このような表現は、
必ずしも適正なものではないかもしれないが)、
大きなショックを受けストレスが体全体を縛るような苦しみと葛藤で、
しばらくは身の置き場なく悩んだであろう嘗ての日々は、
もう遠く彼方の空に飛んでいったような…。
70歳を超えて、がんとの共存を受けいれて、明るく立派に社会貢献している姿を、
目の当たりにすれば、私の生き方、思想は、軟弱に思えてくる。
否々! ノンちゃん!くたばるな!と私自身に発破を掛けてみることにしよう。

「引きこもり」が続くと不安増大することを、京都大大学院医学研究科の研究グループが、
マウス実験で突き止めたと、23日に米科学誌「セル・リポーツ」に掲載された。
不安を和らげる「認知行動療法」や抗不安薬の開発に役立つ成果ということのようだ。
もう少し詳細に読み進めると、不安や快感などに
重要な役割をはたしている脳内の「側坐核」に着目。
隔離されたマウスの側坐核の働きが低下し、
意欲や気力に関係する脳内物質「ドーパミン」が分泌されにくいことが分かった。
また側坐核の機能低下に特定のたんぱく質がかかわっていることも分かったと。
グループは「社会から隔絶されると不安が強くなることを、
神経科学の視点からも明らかにすることができた。
人間でも同じメカニズムがあると考えられる」と。(11/24付毎日新聞より)

TVや新聞・雑誌などで「ひきこもり」の人たちへの、
様々な社会的・実験的な取り組みがなされているのが紹介されているが、
科学的に「引きこもりメカニズム」が、
こうして次第に明らかさを増して発表されると、うれしい。
現実的に吐露してみれば、「ひきこもり」の人々と容易には接しきれないし,
それゆえ処し方がわからず、理解深まらないままに遠ざかっていく。
遠く存在性を気にしながら、そのままに遠ざかっている(少なくとも、私はそのようだ)。
けれど、このように神経学的メカニズムが解明されてくると、反省的に理解的に、
状況を理解する努力が促されてくる。世の中、明るい光が差し込めてくると感じたものだ。

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日曜日のお話は、ホットな感動物語。

昨日(13日 日曜日)は、午前中の外出から始まり一日の終わり(夜9時わが家到着)
までの間に、(会った、在った、有った)話を致しましょう。

午前中の外出は、ほとんどが超高齢者+若い方々も集っている学びの場所に行きました。
私たち生涯を通して、どれだけ自身のこの命(気づいていない生命力)を
大切にして行動を起こしているか?
それが人間の価値性を高めるという内容と捉えた私は、心の深層にグサッと来た感じ。

さてそのような学びの中に注目の一ご老人(90歳に近い)がいたのですが、
3年来、肺の障害で簡易の携帯酸素ボンベを離せないで、
外出時は相当に重い(お米の5kgを超えているんじゃないかな?)
携帯酸素ボンベをキャリーバック風にして運搬しているのだ。
駅のホームのエスカレーターや遠くに設置されているエレヴェーターへの移動、
乗り物への乗降、目的地までの道すがらは、どう見てもこのご老人には酷な情景である。
にもかかわらず、ご本人は、目的をもって外出すれば多少の困難があっても、
そのほうが私の心が開放できると。
社会経済が豊かな時代、大会社で重要なポストに就き、
長い外国駐在などの活躍をされてきた方なのだ。
それ故かな?とでも言いかわしたい気持ちになる(意味ないんだけど)。
街中という外の刺激を受け、しかも人達との交流を楽しむからには、
相当のエネルギーが消耗されるはず。
焦らず緩やかに悠然と行動されているのだから 参りました~!!
わが身に置き換えてみれば、そのような積極的でなおかつ建設的な意欲は、
到底湧き出しそうにない。と白旗を上げる次第です。

午後からは、「チャリティー ジャズ メッセ」と題して
33年間継続しているコンサートに出かけました。
私は初めての参加でしたが、何らかの障碍者を対象にしたチャリティーということで
大勢の人たちがこれに参加されていましたが、まさに継続は力なりを証明していましたね。
ジャズバンドやボーカルの出演者は定番の方たちですが、もうそれは凄い!
ベテランで場づくりが上手く構成されていて、華美にならず安易さに傾くことなく、
入場チケットは決して高価ではなく、ジャズ・シャンソンが大好きなんですっていう
ミュージシャンの立ち居振る舞いは、相当に楽しめましたね。
二部構成の終わりに、今日の収益を以って、目録にしてお渡しするのですが、お金ではなく、
「その施設にとってニーズの高い欲しいもの」を寄付するという形でお渡ししていました。
会場には施設の人々もご招待しており、22歳のダウン症の男性が代表で受け取られたのですが、
お礼に、なんとその男性が、覚えたピアノを弾くというハプニングがあったのです。
簡単な曲なのかな?と思って聴き始めると、相当に高度な曲を最後まで引き切ったのです。
男性は、「ありがとう、うれしいです」のワンフレーズの言葉を繰り返すだけだった状況からして、
ある種の固定観念の中で、同情に近い感情で捉えていた彼への思いは、もうブチ切れて、
感動に変わりました。こんなにも、こんなに大勢の聴衆を一瞬にして感動させたんですよね。
稚拙な言い方かもしれませんが、想定外のハプニングは33回継続してきて初めてということでした。
何しろ彼は、ピアノが好き というその個性を持つ中で、譜面を読むことはできないから、
いつも音楽を耳に覚えて、指でたどりながらその曲を覚えて弾くというのです。
片手だけ、単音だけ、ではないのです。しっかり両手の指は、左右対称の単調音を弾くのではなく、
和音を形成した左右不対称の指遣いで、一つの迫力のある楽曲を奏でるのです。
真面目に、感謝の思いを込めて、時に指が絡まりそうになりながらも、
前に前にエネルギーを回転させながら、最後まで弾ききったのです。
お分かりでしょう?私には何を言うべきことばのない感動でした。

「チャリティー ジャズ メッセ」が終わり、友人と二人でレストランに向かいましたが、
感動の余波は続いたせいか、二人とも道中何も語ることなく歩き、
ようやく「ここでお食事しようか」と二人して吟味もせず、
イタリアン居酒屋にて食事をしたのですが、それは大いなる失楽を選択してしまった次第。
(;´д`)トホホな食事で今日の一日を締めたというわけです。
これもまたわが行動においては、白旗を上げざるを得ないですね。

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村上春樹さんとアンデルセン文学賞受賞スピーチ考

デンマークでは、
2007年「ハンス クリスチャン・アンデルセン文学賞」が創設され、
村上さんは5人目の受賞者ということだ。
永らくの間、毎年ノーベル文学賞にノミネートされながら、
一向に受賞のお知らせが届かないが、世界では色々な文学賞が創設されていて、
彼はやはり受賞対象者として注目の作家なのだ。
村上文学の熱烈なファンが相当数いるようで、毎年「ハルキスト」と自認する人たちは、
ノーベル文学賞受賞の知らせを、陽気ににぎやかに待っている
(彼らは、受賞に至らなくても感情的にはならず、必ずや受賞する夢を追い続けているようだ)。
それはそれなりに、好ましい光景のニュース映像ではある。
私は、村上氏の作品に、特別熱い感情を持っているわけではなく、
2作品しか読んでないが、身近なところで熱い感想を聞くことが多いし、
結構なヒットを飛ばし続けているのだから凄い。
やはり凄い!! おめでとうございます。

アンデルセン童話は、言わずもがな世界的に有名な童話なのだが、
私は小さいころそれほど馴染めなかった。
必ずしも…そうは言っても…う~んなんで?…戸惑いを持ちながら読んでいたと思う。
心が固まってしまって尾を引いてしまっていたというべきか。
10年ほど前、再度特集していた本を買って読んでみたが、
その本を本棚に置くことなく友人に渡したと思う。
アンデルセンの童話創作活動は、30歳ころから40年間にわたり、
156編もの童話を書いたというから、なるほど結構たくさん私たちの目に届いているはずだ。
「ユーモアとペーソスと機知に富んだ童話集」とは定番の書評で称賛されている。
私はどうも、このペーソスと機知の展開が、すっと受け止められず、
したがってユーモアに繋がっていかなかった感想をもっている。
あの、もの悲しい情緒や哀愁というか、死ぬ結末が多い物語への拒絶観が強かったように思う。
結構私は、不安感の強い悲観的な感性が強かったからかもしれない。
いまだにその余韻が残っていて、意外としつっこい。

ところで村上氏の受賞スピーチは、やはり考察・洞察が凄い。(毎日新聞記事から引用)
「影の持つ意味」と題するスピーチで、主人公の影が一人歩きを始め、
恐ろしい結末につながるアンデルセンの作品「影」に触れ
「「個人だけでなく全ての社会と国家には影があり、個人と同様、向き合わなければならない」
「どんなに高い壁を築いて外から来る人を締め出そうとしても、
どんなに厳しく部外者を排除しようとしても、
どんなに自分たちに都合よく歴史を書き直したとしても、
結局は自分を傷つけるだけ。私たちは辛抱強く、
影と共に生きていく道を探っていかなければなりません」と。(後略)

今年の読書週間標語は「いざ、読書」。いざ!の意気込みの響きに応えてみようか。

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